第10話 受付嬢の企み
「それでは冒険者カードを発行しますね~」
地下一階の訓練場から戻ってきた受付カウンターで、受付嬢のセレカはレクセイナが登録のために記入した紙を受け取る。
受け取りながら、心の中でニヤリと笑みを浮かべた。
魔道具に小さな傷をつけるどころか、破壊してしまったレベルの強さだ。冒険者になったら、大活躍すること間違いなし。
受付嬢としての経験が、そう言っている。
スカウトした私が後輩を顎で使えるような立場に昇進する日も、遠くはないだろう。
「レクセイナさんは結果が良かったので、D級からスタート出来ますね。D級として登録して良いですか?」
登録試験の結果が良かった受験者は、一番下のF級からではなく、E級もしくはD級から始めることができる。
E級から冒険者活動を始められる人は稀にいるが、D級から始められるほどの結果を出せる人は中々いない。
F級で受けられる仕事は、どれも時間が掛かって面倒臭い上に報酬もお小遣い程度の額だ。
だから、どの冒険者も一人前に稼げるような依頼が多くあるC級やD級に早くなりたいのだ。
そしてD級から始められるというのは、冒険者カードにも記載されて箔がつく。
ランクが上がれば指名依頼も増えやすいし、冒険者たちに憧れられるデビューの方法だ。
当然のように、セレカはレクセイナをD級として登録しようと手続きしていた。
だが、レクセイナはそれを断る。
「いえ。私は一番下のランクから始めます。F級で登録して下さい」
「えっ、ですが、そうなるとD級としての箔も付きませんよ?」
レクセイナは訓練場から受付カウンターに戻ってくるまでの間に、セレカからD級から始めることで受けられる恩恵について聞いていた。
だが、D級からスタートするを断るように首を振る。
「それでも良いんです」
受付カウンターにチラリと見えたのは、まだ誰の登録も行われていないF級の冒険者カード。
いかにも安っぽい、痛んだ木材の破片を使ったかのような板。
私は公爵家の娘なのだ。一応、これでも。
一流の職人によって作られた繊細な金細工も沢山持っているし、ルビーやエメラルドが大量にあしらわれたイヤリングや、ネックレスも腐るほど持っている。
お父様とお母様が私に何か理由をつけては、そういった物を押しつけてくるのだ。
きっと、1つだけで伯爵家や男爵家が1年は優雅に暮らせる額になるのだろう。
だが、たくさん私の部屋に転がっている上に、幼い頃からそんな感じなので、大して価値は感じられない。
レクセイナの目には、安っぽいF級の冒険者カードが輝いて見えた。
それにA級やB級から始められる訳ではないのに、中途半端に微妙な“箔”を受け取って、D級からスタートしても面白くない。
一番下のF級から、一気に駆け上がっていく方が遙かに楽しそうだ。
考えだけでも、胸が躍る。
「F級からでお願いします!」
1度決めたレクセイナの意志は固かった。
昇進が早くしたいセレカは、レクセイナにD級から初めて欲しかった。
だが、レクセイナの確固たる瞳を見たセレカは諦めることにする。これは、意志を変えられそうにないや。
冒険者カードが欲しいレクセイナを騙すような若干強引な手段だったが、冒険者登録させれただけで、ひとまず満足しよう。
「うわぁ~っ! 凄い」
木片に自分の名前が刻まれたF級の冒険者カードを受け取って、レクセイナは歓喜の声を上げる。
天井からの照明に、自分の冒険者カードを照らしてみる。
魔導具によって、雑に刻まれた「レクセイナ」という名前。そして「F級冒険者」という一文だけ。
宝石の一つも付いていなければ、金が使用されているわけでもない。だけど、どんな宝飾品や金細工よりも、輝いて見えた。木片の冒険者カード。
やってやろうじゃないか。
魔物なんて、蹴散らしてやる。
ここから、私の冒険者活動を始めよう――。
***
「ちょっと、オルデン! 目立つ行動は止めて下さいって、俺はさっきも言いましたよねえっ!」
「良いだろ、これくらい」
一般的な冒険者の身なりをした2人の冒険者が、冒険者ギルドの入り口へ引き返すように足早で歩く。
若干ウンザリしているベルの制止も聞かずに、オルデンが歩いて行くのはいつもの事だった。
「大丈夫ですよ、あのお嬢さんは! さっき絡まれていた雑魚も、あっさりと返り討ちにしていた!」
「だからと言って、助けない理由にはならない」
初心者の雰囲気を丸出しにして、隙だらけの冒険者というのは雑魚のチンピラに絡まれやすい。
その上、彼女は顔なりが整っているのだから、余計に雑魚が群がる。またチンピラに理不尽なこじつけを付けられたって、彼女も困るだろう。
オルデンはギルドの入り口からは見えない場所で、レクセイナが建物から出てくるのを待ち構えていた男の冒険者たちの背後に、気づかれないように接近。
「えっ」
「なっ?!」
「うがッ」
反撃する機会も与えずに、首の付け根を手拳で強打する。
全員が地面に沈んだ。失神した彼らは当分の間、意識を取り戻さないだろう。
悪意の篭もった視線で、冒険者ギルドの出入りとなっている扉を見続けていたら、俺だって気づく。
冒険者になってから随分と長い経験を積んだオルデンは、チンピラ雑魚がどんな行動を起こそうとしていたか、しっかり把握していた。
意識を失った1人の手には、拘束するのに使うような荒縄があったので、背中を追加で踏みつけておく。
別のことに男たちが使うことが無いように、火魔法で荒縄を燃やしていると、後ろからベルの声ではない、若い女の子の声が聞こえた。
「ありがとう御座います。助けてくれたんですね」
レクセイナは魔法の気配に敏感だった。
ギルドの建物を出て火魔法が使われていることに気づき、そして心神している男たちと燃えている荒縄を見て、直ぐに状況を把握した。
助けてくれたのだろう、深い緑の珍しい瞳をしている若い男の冒険者に声をかける。
その後ろには、若い彼よりも少しだけ年上に見える男の冒険者が、何故かウンザリとした表情で立っていた。
「なにか、お礼を……」
「いや、気にしなくていい。俺は当然のことをしたまでだ」
レクセイナの申し出を迷うこともなく断る彼に、背後からウンザリ顔の仲間に見える男の人がツッコむように声を少し荒げた。
「私は気にしますけどね!!! オルデンっ!」
オルデンとレクセイナは、チラリと2人で視線を混じ合わせる。
「あいつは、あんな奴なんだ。本当に気にしないでくれ」
うるさく言われることには慣れているのか、苦笑しながらオルデンと呼ばれていた男の冒険者は、優しく言ってくれた。
「はい、ありがとう御座います。オルデンさん」
「嗚呼」
外の世界を楽しめる時間は少ない。失神して地面に伸びているチンピラに構っている暇はなく、その場から立ち去ろうと歩き始める。
だがレクセイナは少し歩いたところで、ふと思い直してオルデンの方を振り返った。
「武器屋ってどこにあるのか、尋ねても良いですか……?」




