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第四十三章:極秘

調べれば調べるほど、

話が大きくなっていく時ってありますよね。


最初はただの裏取引のはずだったのに、

気付けば「なんでそんな所まで繋がってるの?」みたいな。


今回の話は、まさにそんな感じです。

完全に手詰まりだった。


軍の購買ルートも、納品に対応した担当者も、永遠に口を閉ざした。

(残された糸は、一本だけか)


オグラ。

だが、あのネズミ系の亜人は、すでに帝都から跡形もなく姿を消している。


(——なら、奴が『何を』知っていたのかを洗うしかない)


ワイルドと別れた後、ヴァンは足早に路地を抜け、軍情局の資料室へ向かった。




薄暗い資料室の奥。

ワイルドが、脚立に乗って埃っぽい書類棚を整理していた。ヴァンの姿を認めるなり、揉み手で近づいてくる。


「へへっ、旦那。また何か面倒な——」

「オグラの経歴書を出せ」

「へえ」


ワイルドは即座に棚の奥へ向かおうとしたが、分類番号の印字を見てピタリと動きを止めた。

振り返ったその顔には、いつもの卑屈な笑みがなく、露骨に困惑が浮かんでいる。


「——旦那ァ」

「何だ」

「これ、最高レベルの機密指定でさァ。持ち出しには局長直々の許可か、さもなくば部長クラス二名の合議署名が必要な代物でしてねェ。普通の事務員が手を出せるようなもんじゃないんですァ」


(……最高レベル?)

ヴァンの眉が微かに動いた。

(ただの闇商人が、なぜそこまでの指定を受ける? ノストラ関係者か、あるいは——)

考えるまでもない。ここまで来たら、中身を確かめるしかない。


「そうか」


ヴァンは懐から、『特別監察官』のバッジを取り出した。


「俺が署名する。正規の手続きは後で補完してやる」

「事後承諾、ですかァ?」

「オグラはすでに逃げた。悠長に書類のハンコ待ちなんかしていたら、奴がどこまで逃げおおせるか分からん。急いだ方が局のためだ」


ワイルドはバッジとヴァンの顔を交互に見比べ、大げさに肩をすくめた。


「……へひっ、わかりましたァ! 仰せの通りにいたしますァ!」


貸出簿の署名欄に、ヴァンが迷いなくサインを書き殴る。


「俺はここに長くは居られない。薬の調合も急いでやらねばならん」


ワイルドが「へ?」と間抜けな声を上げる間に、ヴァンは振り返らずに言い放った。


額に、脂汗が滲んでいた。


(——チッ。ここに来て、か)

右腕の奥で、限界突破した『高圧魔力』の残滓がドクンと嫌な脈を打っている。

魔力が回復しきっていない回路に、

修復の追いつかない過負荷が牙を剥き始めていた。


「極秘資料は後で俺のところに持っていけ。俺は先に戻ってる」




ヴァンは足早に資料室を後にした。

裏街の薬屋で鎮痛剤と魔導回路の修復材を乱暴に買い漁り、自室へと急ぐ。途中、シンカクを頼ろうとしたが、宿はもぬけの殻だった。


(……探す手間すら惜しい。自分でやる)

恩師である魔薬部のクリーグから叩き込まれた知識だけが、今の綱だった。


ビリィを連れて、アイリの見舞いに行ったか……

あるいは、また記憶データのことでどこかを飛び回っているのか。


あいつの行動範囲は読めない。探す手段もない以上、今は放っておくしかない。


(しばらく外を動くなら、声をかけておきたかったが……仕方ない)


ヴァンは一人で自室に戻り、調合を始めた。




小鍋の中で、どろりとした薬液が静かに煮立っている。

ヴァンは素材をすり鉢で刻みながら、頭の中で情報の断片を繋ぎ合わせていた。


魔導器。オグラの急な逃走。口を塞がれた購買担当者。

——どこで繋がる?

かき混ぜるたび、液体が毒々しい橙色に変わっていく。


バンッ!!

不意に、部屋の扉が乱暴に蹴破られた。


「——旦那ァァァッ!!」


ワイルドが文字通り部屋に転がり込んできた。

息はゼイゼイと上がり、外套はボロボロに引き裂かれていた。だが、その両脇には分厚い書類の束がしっかりと抱えられていた。そして——一滴の血も流していなかった。


「どうした」

「どうしたじゃないですよォッ!」


ワイルドは血走った目で部屋の中を確認すると、慌てて扉を閉め、厳重に鍵をかけた。


「資料室を出たところで——シュタイン部長が、武装した部下をゾロゾロ連れて待ち構えてましてですァ!」




ヴァンは小鍋から目を離さず、淡々と問う。


「待ち構えていたのか、たまたま鉢合わせたのか」

「あっしには判断つきかねますがねェ! とにかく、殺気立っててヤバいと思いましてですァ!」

「それで」

「全力で逃げましたァ!」

「機密極秘資料を抱えたままか」

「へえ、旦那の命令ですからねェ!」


「それにしても旦那、あれは絶対に待ち伏せでしたよ!」


(……またシュタインか)


ヴァンは無意識に眉をひそめた。


(偶然か? それとも——俺と近しいワイルドを標的にしたのか?)


一瞬、疑念がちらつく。

だがすぐに、冷徹な理性がそれを打ち消した。


(いや、あの男の風評は「規則第一」。私怨で動く男じゃない。……たまたまだな)


ワイルドは声を潜め、真剣な表情を作った。


「……で、捕まらなかったのか」


「捕まったらここに来れませんよォ! それに——」


ワイルドは胸を張って、息は切れ切れだが続けた。


「もしあそこで捕まってたら、この大切な書類が旦那の手に渡らなかったかもしれない! そう考えたら、あっし、いてもたってもいられずに——必死で逃げ切りましたァ!」

「……捕まったら減給で済んだかもしれないのに?」

「へへっ、減給ごときで旦那の信頼を失う方が、よっぽど怖いですからねェ」


ワイルドは擦り切れた外套の裾を整えながら、ちらりとヴァンの顔色をうかがった。


「それに、あの石頭のシュタイン部長に捕まっても、『規則だから』の一言で終わりです。でも旦那なら——何とかしてくれますよね?」


ヴァンはここで初めて手を止め、顔を上げた。


「シュタインの包囲を、どうやって抜けた」


ワイルドは、引きつった顔でニヤリと笑った。


「へへっ……あっしの強化魔法は『脚部特化』でしてねェ。ちょいと皆さんの肩やら頭やらを飛び石代わりに踏ませていただきまして——あとは塀を蹴り上がって、屋根づたいに一直線ですァ!」


ヴァンは思わず目を見開いた。


「……お前、そんな実力を隠してたのか」


「へへっ、小さい頃から母ちゃんに追いかけられて育ったもんで。逃げ足だけは自然と身についてしまいましてねェ」


ワイルドは照れ臭そうに頭を掻いたが、その目はどこか遠くを見ていた。


(——なるほど)


今まで「逃げ足と索敵だけの C 級以下」と侮っていた男が、部下の肩や頭を踏み台にして跳び上がる姿を、あのシュタインは目の当たりにしたのだ。

(——これで話が一気に大きくなるな)


「で、お前の今の罪状は」


ワイルドの顔が、一気に絶望に染まった。


「……えーと。最初は『書類の無断持ち出しによる謹慎と減給』くらいのハズだったんですがねェ」

「今は?」

「軍情局からの『懲戒免職』、および『スパイ活動の疑い』で、第一級の手配書が回り始めてるみたいでして……」

「そうか」

「そうか、じゃないですよォッ!」


ドンッ!

とワイルドが書類の束を卓上に叩きつけた。


「あっし、しがない公務員の職を失いましたよ! 手配までかかりましたよォ! 嫁と娘になんて言い訳すればいいんですかァ! 旦那、何とかしてくださいよォ! 監察官の絶大な権限で、あっしの手配を取り消してくださいよォォ!」




ヴァンは泣き喚くワイルドを無視し、分厚い極秘資料を引き寄せながら答えた。


「なら、お前は今日から俺の直属の部下になれ。軍情局の規則なんか、俺が全部なんとかしてやる」

「……は?」

「軍情局の給料より、少し色をつけて払ってやる」


ワイルドはピタリと泣き止み、しばらく鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっていた。

やがて、その顔にじわじわといつもの下品な笑みが戻ってくる。


「……へ、へへっ。まあ、捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったもんで——それはありがたいお話ですがァ」


無意識に、両手の指をねっとりと擦り合わせる。


「でしたらァ、福利厚生といいますか……週に一度、美味い酒と高級な回復薬をいただけるとですねェ。加えて毎月、新品の家具か足の速い馬を一頭……いや、いっそ帝都の一等地に住宅をポンと一軒——」

「黙れ」


ヴァンの声が、凍てつくような低さまで落ちた。

ワイルドがヒッと喉を鳴らし、口を閉ざす。




ペラリ、ペラリと、ページをめくる音だけが室内に響く。

ヴァンは特定の頁で手を止め、その文字列を食い入るように読んだ。

もう一度、同じ頁を一文字も逃さぬように読み返す。


部屋の中が、水を打ったように静まり返る。

小鍋の中で、薬液がコトコトと煮立つ音だけが鼓膜を叩いた。


ヴァンはゆっくりと顔を上げた。

そして、青ざめたワイルドの顔を真っ直ぐに見据える。


「——オグラは」


一言ずつ、重い鉛を置くように区切って言った。


「ノストラの大物スパイだ」


ワイルドのへらへらとした笑顔が、完全に凍りついた。


「帝都の裏街を牛耳る闇商人? 鼻の利く情報屋? そんなものは全部ただの隠れ蓑にすぎなかったんだ。奴が集めた軍の機密情報はすべて——ノストラ本国や、他の情報網の人間に横流しされていた」


卓上に開かれた、極秘の頁。

そこに列記されていたのは、オグラが接触していた工作員の名前、資金洗浄のルート、そして膨大な情報の取引日付。


ヴァンは、パタンと静かに書類を閉じた。


「……話が、ずいぶん大きくなりやがった」


襲撃。魔導器の横流し。急死した購買担当者。

自分が踏み込んだのは、ただの軍部内の闘争なんかじゃない。帝国とノストラの戦争だったのだ。

窓の外で、夕暮れの風が街路樹の枝を大きく揺らしていた。




【第四十三章・終】

帝都の裏側で起きていた出来事は、

気付けば国家同士の問題にまで広がっていました。


続きもお付き合いいただけたら嬉しいです。

面白いと感じていただけたら、フォローや★評価で応援よろしくお願いします。

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