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第十七章:危険な訪問者

第十七章です。


どうやら、少しばかり

とんでもない方に目をつけられてしまったようです。


前章で「今までで一番気に入っている」と言ったばかりですが、

その直後にこれを書くことになるとは思いませんでした。


たぶん今までで、一番“危険”な会話かもしれません。


どうぞ、お気をつけて。


ギィ――


資料室の扉が、開いた。


ヴァンは、振り返る。

『関係者以外立入禁止』の札がかかっている部屋。

誰が、ここに入ってくるのか。


入ってきたのは、白亜の軍服を纏った女性護衛。その背後に佇む、蒼白い貴公子。


「……誰だ?」


ヴァンの問いかけに、護衛の女が冷徹な視線を向ける。


「第二軍団長、ルキウス・ソル閣下の御前である。頭が高い」


殺気が肌を刺す。だが、貴公子――ルキウス・ソルは、優雅に手を掲げてそれを制した


「よいのです。突然お邪魔したのは、こちらですから」


彼は、まるで旧友に会うかのように、目を細めて微笑んだ。

柔らかく、礼儀正しい声音。

「あなたが、ヴァン・ラーク様ですね?」


「……ああ」


ヴァンは、警戒を込めて答えた。


「私は、ルキウス・ソルと申します」


蒼白い男は、目を細めて微笑んだ。


だが、その瞳には、何の温度もなかった。


「先ほどの戦術、拝見しました」


ルキウスは、ゆっくりと室内に入ってくる。


「実に、興味深い」


「そして、素晴らしい」


彼の声は、心から感心しているように響く。それに対し、ヴァンは冷ややかに吐き捨てた。「お前たちが、頭を使わないだけだ」


お世辞を言う気はない。


「ははは」


ルキウスは、笑った。

優雅に、上品に。


「確かに、その通りかもしれませんね」


彼は、一歩近づいた。


「ですが、ヴァン・ラーク様」


ルキウスの声が、僅かに変わる。

微笑みは、そのままだ。


「規則を無視し、戦争の道徳や倫理も顧みない」

「あなたのような方が、もし間違った陣営に立てば」


彼は、言葉を区切った。

「非常に、危険ですね」

「ですから」


ルキウスの瞳が、細められたまま――

だが、その奥に冷たい光が宿る。


「リスクは、事前に排除するのが最善かと」


ルキウスは、そう言いながら、わずかに、瞳を開いた。


(……試している?)


ヴァンの背筋に、冷たいものが走る。


その瞬間、ブワッ!

女性護衛の全身に、魔導回路が浮かび上がった。


青白い光が、室内を照らす。

ヴァンが、一呼吸する間に。


彼女の姿が、消えた。


次の瞬間には――

背後。

冷たい魔力が、首筋に突きつけられている。


ヴァンの肌が粟立ったのは、首元の冷たさのせいではなかった。

「……動かないのが、賢明ですね」


前方。


ルキウスは、一歩も動いていない。


魔力を放っているわけでもない。


彼はただ、優雅に紅茶の香りを愉しむように、微笑んでいるだけだ。


それでも、息ができない


首元の刃など、ただの金属片に過ぎない。

本当の『恐怖』は、目の前に立っている。

まるで、深淵を覗き込んだような底知れなさ。


微笑みの仮面の裏に、感情というものが一切存在しない空虚さ。


護衛が動けば、死ぬ。

だが、本気になれば、消える。


そんな、理屈を超えた絶望的な格差が、部屋の空気を重く押し潰していた。


「……っ」

ヴァンは、動かなかった。


それは、本能で理解していた。


「そんなことをすれば、政治的な評判が悪くなる」


ヴァンの声は、冷静だった。


「あんたは、第一軍団長と軍の実権を争っている」

「こんな下手な真似、するわけがない」


ルキウスは、変わらず微笑んでいた。


「……続けてください」


「俺が思うに」


ヴァンは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あんたが確認したいのは、俺がどちら側に立つか、だろう?」


「不――」

女性護衛が、口を開きかけた。

「不遜なっ!」


だが、ルキウスが、手を上げた。

「構いませんよ」

「戻りなさい」


女性護衛は、一瞬躊躇した。


だが、命令には逆らえない。

スッと、彼女の姿が元の位置に戻る。


「あなたを殺すのは、確かに惜しい」

ルキウスは、変わらず穏やかに言った。

「ですが――」

彼の瞳が、僅かに開く。

「できない、というわけでもありません」


(……賭けるしかない)


ヴァンは、深呼吸した。


「理由を言おう」


(もしこれが本当に殺意なら、俺は死ぬ)


「第一、俺は派閥争いに興味がない」

「だから、あんたにとっては俺を取り込む方が有利だ」


「第二、さっきまでの話は全部テストだろう」

「俺が取り込めるかどうか、確かめるための」


ヴァンは、ルキウスを真っ直ぐ見た。


「そして、第三」

「これが、最も重要だ」

「結果がどうあれ、あんたは俺に手を出さない」


「なぜなら」


ヴァンの声が、鋭くなる。


「俺たちが会ったという事実は、遅かれ早かれ誰かに知られる」

「そして、噂として広まる」

「その時点で、俺は『あんたの派閥』だと見なされる」


沈黙。

室内に、静寂が降りる。


ルキウスは、動かなかった。

ただ、目を細めてヴァンを見つめている。


パチ、パチ、パチ。

拍手の音。


「素晴らしい」


ルキウスは、心から楽しそうに笑った。


「仰る通りですよ、ヴァン・ラーク様」

「聡明な方と話すのは、実に楽ですね」


彼は、優雅に一礼した。


「それと」


ルキウスは、扉の方へ向かいながら振り返る。

「『帝国戦棋:冠位指定』、素晴らしい拡張版でした」

「心から、敬意を表します」


女性護衛と共に、部屋を出ていった。


扉が、閉まる。


ヴァンは、深く息を吐いた。


「……危ない奴だな」


小さく、呟く。

あの笑顔。

あの丁寧な言葉遣い。


全てが仮面だ。


想像したくもない。


「面倒なことになりそうだ」


ヴァンは、窓の外を見た。

空は、まだ青かった。


だが、雲が、少しずつ集まり始めている。




【同時刻――大会議室】


室内は、まだ騒然としていた。


男子学生も、女子学生も。

皆が、兵棋盤の前に集まっている。


「信じられない……」

「こんな戦術、聞いたこともない」

「地脈断裂帯を突破するなんて」


驚嘆の声が、次々と上がる。


リヴィアも、その中にいた。


彼女は、黒板に描かれた矢印を見つめている。


断裂帯からの突破。

快速行軍。

情報戦。


「……すごい」


小さく、呟いた。


リヴィアは視線を落とした。

手が、胸元で握りしめられる。


(兄がよく言っていた)


(正々堂々と戦うべきだ、と)


だが、リヴィアは、黒板の矢印を見つめた。


(これは……戦争なのよね)


そして、難民の部分。


「……」


リヴィアの眉が、僅かに寄せられた。


(合理的。でも)


胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚。


(私は……どう思えばいいの?)


天才。

戦術家。

冷徹な策士。


(ヴァン・ラーク様は、一体)


(どんな方なのでしょう)


会いたい。

でも、怖い気もする。


「……どんな人なのでしょう」


リヴィアは、窓の外を見た。


いつか、会ってみたい。

直接、話してみたい。

そう思った。




【一日後――結果発表】


ヴァンは、大会議室に戻ってきた。


既に、全ての発表が終わっている。

後は、判定を待つだけだ。


「――では、発表する」


次官が、立ち上がった。

室内が、静まり返る。


「ヴァン・ラークの作戦には、議論の余地がある」


次官の声は、厳格だった。


「多くの部分が、博打に依存している」


彼は、指を折った。


「断裂帯を通過中、哨兵や巡回隊に遭遇する可能性」

「通過途中で発見される可能性」

「攻撃した補給隊に、A級の護衛がいる可能性」

「ヴァルケンシュタインに、S級が待機している可能性」

「一歩間違えれば、全てが崩壊する」


ざわ、と。

室内が、再びざわつき始める。


次官は、手を上げた。


「しかし――」


彼の声が、変わる。


「帝国軍官の特性を考慮すれば」

「発見されても、襲撃部隊と見なされる可能性が高い」

「補給隊の護衛を軽視する可能性が高い」

「混乱した情報に翻弄される可能性が高い」


次官は、地図を見た。


「そして」

「もしノストラが、断裂帯方向に増援を送れば」


彼の声が、重くなる。


「結果は、さらに深刻になる」


沈黙。

誰も、何も言えなかった。


「最終判定」


次官が、黒板に文字を書いた。


「ヴァルケンシュタイン攻略は、無効とする」

「だが、」


彼は、振り返った。


「第一級の条件、三つ全てを満たす」

「防衛線の要衝を突破」

「帝国中央予備軍の動員を強制」

「戦略的要衝を戒厳令下に追い込む」


次官の目が、ヴァンを見た。


「成績――」

「第一級」



室内が、爆発した。


「信じられない!」

「本当に、第一級だと!?」

「他の案は、ほとんど第二級だぞ!」


確かに、他の参加者の中で、第二級を取れたのは少数だけだった。

しかも、甚大な損耗を出した上での評価だ。

対して、ヴァンの案は、損耗率が、最も低かった。


「……っ」

ルートヴィヒは、何も言えなかった。

ただ、唇を噛み締めている。

悔しさで、全身が震えていた。




「ルートヴィヒ」


ヴァンが、彼の前に立った。


「……何だ」


ルートヴィヒの声は、絞り出すようだった。


「賭け、覚えてるよな?」


ヴァンの声は、淡々としていた。

ルートヴィヒの顔が、真っ赤になる。


ルートヴィヒは、ヴァンを睨みつけた。

その手は、愛読している『帝国制式戦法教程』を、表紙が歪むほど強く握りしめている。


「……認めんぞ」

彼は、震える声で呟いた。


「あんなものは……戦術ではない! ただの邪道だ!」


「難民を使い、嘘を流し、泥にまみれる……そんな薄汚いやり方が、帝国の戦史に載ってたまるか!」


彼の目には、涙すら浮かんでいた。

悔しさではない。

自分の信じてきた“美しい戦争”を汚されたことへの、子供じみた義憤。


「今回は……貴様の『奇策』に評議会が惑わされただけだ!」


「次は負けん! 正々堂々たる王道の戦術で、その小汚い策を粉砕してやる!」


彼は、ヴァンを指差した。


「勝ったと思うなよ、ヴァン・ラーク! 私は認めない、貴様の戦術など、断じて認めんぞッ!」


捨て台詞を残し、彼は踵を返した。


それは滑稽な負け犬の遠吠えだった。だが、その背筋だけは――痛々しいほどに真っ直ぐだった。


(……やれやれ)


ヴァンは、苦笑した。


「……次は客として来いよ。特別に割引してやるから」



【第十七章・終】

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