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転生悪役令嬢。最推しを祝福するために、婚約破棄されました。泣いていいかしら?

作者: 綾野あや
掲載日:2026/01/24


「ロザリンド、君との婚約を破棄させてもらう」


 卒業パーティの舞踏会にて、イリアス様が告げる。

 あぁ、この台詞。何度、聞いてもカッコいい。

 力強く手を広げる様、真っ直ぐな瞳。その全てがイリアス様を象徴するようだ。

 何度も繰り返しみたゲームのスチルを、リアルで体験できるなんて思っても見なかった。

 そして、私は――静かに頷いた。

 

「わかりましたわ」


 私は頷いて踵を返すと、パーティー会場を後にした。


 カツ、カツ、カツ


 ヒールの音が大理石の廊下に響き渡る。

 最初は、落ち着きを払うために優雅な音を立てていた。


 カッ、カカッ

 

 けれど、次第に抑えきれない感情が足を急かす。

 胸がざわつく。かきむしりたいような衝動に耐えながら、私は必死になって、出口へ向かう。

 出立の準備はすでに終えていた。あとは馬車に乗って、国境を目指すだけだ。


 父と母には、朝の段階で伝えてある。18年間、育ててもらったけれど、私が「私」だと気づいてからは1年半くらいだ。

 それでもやっぱり、離れるのは寂しい。

 けれど、これが私の考えた「ロザリンドルート」なのだ。彼女の「命」と私の「幸せ」を混ぜ合わせた結果だ。申し訳ないけれど、娘のわがままをどうか聞いてほしい。


 そして、イリアス様。

 もう二度と見ることができないのだと思うと、苦しくて、痛くて、吐きそうだ。

 どうして、と思う。

 なんで、隣に立っているのが私じゃないのか。他のルートをやっても、貴方にたどり着いてしまうくらい、大好きで、愛しくてたまらない人。

 アクスタも缶バも祭壇を作れるくらいかき集めて、誕生日を盛大にお祝いしたことだってある。

 毎日、考えてた。365日ずっとイリアス様のことで頭がいっぱいだった。


 それくらい――貴方は私の人生なのだ。


「お嬢様、本当によろしいのですか?」


 老執事が、玄関に横付けした馬車のドアを開けながら尋ねてくる。

 私は頷くと、早く扉を閉めるように急かした。

 ギシリと馬車が揺れて、馬の(いなな)きと共にゆっくりと動き始める。

 私は大きく息を吸うと、そのままズルズルと安堵のため息を吐きながら椅子に倒れ込んだ。


「終わった……」


 馬車の中とはいえ、大声を出すのは(はばか)られる。

 けれど、これぐらいは許してほしい。

 緊張感が抜けても、手が震えて止まらずにいる。握りこぶしを作ることで、抑えようとしても上手く制止が効かない。


「もう、いいのよ」

 

 ロザリンド・カヴァニスは、悪役令嬢の役をようやく降りることができるのだから。



 ◆◇◆



 前世の記憶がよみがえったのは、避暑地を訪れていたときのことだった。

 一人こっそり、ロザリンドが川辺で涼を得ていたとき、うっかり足を滑らせて頭を石に打ち付けてしまった。

 打ち所が悪かったのか、そのまま帰らぬ人になりかけた――ところで、彼女と入れ替わるように「私」が目を覚ました。


 周りの反応と鏡をみたときは、驚いて、もう一回、死ぬかと思った。

 だってまさか、ゲームのキャラに転生してるなんて、夢どころか天国かと思ったからだ。

 彼女は、自分が死ぬ直前までやっていた、乙女ゲームの悪役令嬢。そして――最推しのイリアス様の婚約者だ。


「つまり……イリアス様と結婚できる、ってこと?」


 最推しがいる世界に転生、万歳。

 こうしちゃいられない、即、イリアス様に会いに行こう。


 けれど――すぐに気づいてしまったのだ。


 もう、この「ロザリンド」は関係修復が不可能なところまで来ていることに。


「今って、学園生活2年目じゃん……」


 暦を見て、私は絶望した。


 『ファタリテの魔法学園』――通称ファタ学。

 プレイヤーは、3年間の学園生活のなかで育成とイベント回収に励む、王道の乙女ゲーム。だけど、シナリオの破壊力で界隈を震撼させた名作だ。


 ロザリンドは、主人公を追い詰める絶対的な悪役令嬢。

 メインヒーローのイリアス様と仲良くなるにつれて、嫉妬が激化。いじめがエスカレートしていき、最終的には闇落ちして、主人公の命を狙う。他のルートでも、行きつく先は変わらないという不憫なキャラ。


 学園2年目の今は、共通ルートの「いじめイベント」がピークを迎える頃だ。

 彼女は、侯爵令嬢という権威を振りかざして、主人公を学園から追放しようと画策する。それを好感度の高いキャラと打破することで、トゥルーエンドへと繋げていく。仮に目標値まで到達していなくても、ハッピーエンドは用意されているから、問題ない。


(このイベントの時の、イリアス様がハチャメチャにカッコいいんだよなぁ……)


 あのときの言葉が、今もずっと私の支えになっている。


 イリアス・テュフォン・アルビオス。

 国の第一王子で、彼の爽やかさを演出するようなエメラルドグリーンの短髪。普段はオールバックなんだけど、前髪を下したときや王子様風に横に流すだけで雰囲気が変わり、二度も三度も美味しい。

 切れ長の黄金の瞳に少し厚めの唇は、まさに王者の風格。筋の通った鼻立ちと、引き締まった精悍な顔は、ヒーローそのものだ。

 

 そう、イリアス様は『王子様』というより『英雄』のほうがピッタリと当てはまる。

 

 王子様である彼が、なぜ魔法学園に入学しているのか。これにはちょっと重い理由がある。

 アルビオス王家は呪われていて、母親は男児を生むとすぐに死ぬ呪いにかかっているのだ。

 王妃という最高の地位と同時に生贄でもあるという、残酷な話。

 イリアス様は、そのことを気にかけて、解呪方法をずっと探していた。そして、魔法で解決しようと考え、行動したのだ。王宮の魔法使いたちに一任できるのに、自ら学び、奔走する姿に心打たれた。


 主人公は、母親のような大魔法使いになるために入学した。健気にひたむきに努力して、いじめにも屈せず、頑張っている。そんな姿を自分と重ね合わせて、いつしか、心を許すようになっていく。だから、ロザリンドの行動が許せなくて、婚約破棄を告げるのだ。


 好きな人のためとはいえ、プレイヤー自身はパラメーターをバランスよく上げる必要もあるし、イベントもこなさなくてはならない。すると、自然と思い入れも強くなる。

 頑張ったら、頑張った分だけ、彼が褒めてくれる、助けてくれる、好きになってくれる。

 あっという間に、虜になってしまった。


 現実世界は、頑張っても報われない。

 上司には怒鳴られ、理不尽な問題を投げられ、人格否定までされる。

 身体も心も動かなくなってしまった。


『正しいと信じられるなら、お前はお前を見失わない』


 イリアス様が主人公を力強く抱きしめて言う台詞。

 このシーンにたどり着いたとき、ようやく光が差し込んだ。


 そして――『私』の人生を全て彼に捧げようと誓った。


「問題は、私が追放計画を立案しなきゃいけないってところよね……」


 私のことを救ってくれた台詞を生で聞いてみたい。

 けれど、そのためには“悪役令嬢ロザリンド”が必要なのだ。

 

 もしも私――ロザリンドがシナリオを書き換えてしまったら。あのセリフは消えてしまう。

 それは、私が恋した理由を殺すのと同義だ。


「嫌だけど……イリアス様に嫌われるなんて、死んでも嫌だけど」


 大好きな人の未来を、私の欲で捻じ曲げるなんて、絶対にできない。

 ロザリンドと結ばれるエンディングなんて、一番、耐えられない。そんなの解釈の不一致で死にたくなる。

 だったら、彼に嫌われる“悪女”になろう。英雄のための『悪』になる。


 それに、ロザリンドが手を下さなくても、取り巻きは勝手にやるだろうし、イリアス様のヘイトも相当たまっているはずだ。釘を刺してくるかもしれない。


「そうしたら――どうしようかな」


 そもそも、追放計画イベントはトゥルーエンド用だ。無理に立てなくてもいいのかもしれない。

 あの台詞を主人公は聞くことはできないけれど、これくらいは許してほしい。

 だって、私はもう“悪役令嬢”なのだから。

 そうじゃないと、私の恋は報われない。



 ◆◇◆



 二学期が始まった。

 取り巻きたちの貴族御用達の避暑地自慢から始まり、平民である主人公をけなしていく。

 私も適当に相槌を打ちながら、学園の廊下を歩いていた。


「ロザリンド様、殿下ですよ!」


 中庭を挟んだ反対側の通路を歩く、端正な顔立ちの男性。

 若草色の髪が揺れて、鍛え上げられた胸板にスラリと伸びた四肢が映える。

 隣にいる友人と笑い合う様に、彼が生きていることが伝わってきた。


(――歩いてる……笑ってる、息吸ってる!)


 今すぐに駆け出して、隣に行きたい。

 そして、足先から頭のてっぺんまで目に納めたいし、何ならビニール袋で周りの空気すら回収したい勢いだ。

 二次元だった彼が、三次元にいる。それだけで、こんなにも世界が輝いて見える。


(無理……無理、無理っ!)


 心臓がギュゥっと締め付けられて、息が苦しい。

 バカみたいに鼓動が早くなって、全身が沸騰するように熱くなってきた。


 わずか数メートル先に最推しがいる。

 決して、触れることなんてできなかったはずの存在が、本当に触れられる距離にいるんだ。

 あまりにも嬉しくて、視界がかすむ。涙がこぼれそうになるのを、奥歯を噛みしめて踏みとどまらせる。


 けれど――。


「イリアス様!」


 華やかに弾んだ声。

 彼に駆け寄っていくのは、本物の主人公だ。

 小柄な少女が、嬉しそうに彼の前に立って微笑む。


 そんな表情に、彼もフッと目を細め、柔らかな笑みを浮かべた。


「ロザリンド様!?」


 その瞬間、私は居ても立っても居られずに、猛然と中庭を突っ切った。

 胸の内に宿ったのは紅蓮の業火。つまり――嫉妬だ。

 彼の笑顔は、本来、私に向けられるべきものだ。返してほしい。

 そんな思いが膨れ上がって、取り巻きが慌てふためくのを無視して、ズンズンと進んでいく。


「少し、よろしいかしら?」

 

「ロザリンド!?」


 怯えた子猫のように身体を震わせた主人公を、サッと庇うようにイリアス様が前へ出る。

 

 あぁ、私もその背に守られたかった。

 

 急激に体温が下がっていく。

 燃えあがった炎は、すぐに鎮静化されて、頭が冴えわたる。

 

 警戒するイリアス様。

 その鋭く尖った眼差しすら、しびれるほどにカッコいい。


 ゲームのロザリンドも、ずっと彼のことが好きだった。けれど、侯爵令嬢というプライドが邪魔をして、素直になれない典型的なツンデレキャラだ。

 でも、彼女になってわかる。呆れるほどに真っすぐな彼に対して、そんな態度でいたら嫌われるのは当たり前だ。自分の使命だけで精一杯な彼に、自分の本当の気持ちをわかってほしいなんて傲慢にも程がある。


 それでも、好きになってしまったんだ。

 わかってくれなくても、惹かれずにはいられない。


 それは、容姿が優れているからだけじゃない。彼の婚約者になってしまった以上、絶対的な“王家の呪い”には逆らえない。その呪いを受ける羽目になってしまったロザリンドに対して、彼はどう接したらいいか困っていたからだ。


 優しくしすぎると、自分が辛くなる。

 突き放すと、ロザリンドが傷つく。


 あまりにも誠実すぎるのだ。

 割り切って付き合えばいいのに、そんなことはできないと彼の正義感が悩ませる。


 そんな彼だから――ロザリンドは心から愛しいと思ったのだ。


「イリアス様。何度も申し上げましたが、庶民と親しげにすることはお止めください」


「……挨拶くらい、いいじゃないか」


「品位が下がります。それに貴女も――いい加減になさい。いくらイリアス様が寛大な方とはいえ、気安く声をかけるなど、思い上がりも甚だしいわ」


 ビクリと揺れた小さな身体。

 がっくりと肩を落としながら「申し訳ございません」と涙声で謝罪する。

 庇護欲をそそるような仕草に、イリアス様の目は苛烈さを増した。


「いくらなんでも言い過ぎじゃないか。いくら、俺が王族とはいえ、学園の生徒だ。生徒同士が仲良くしても問題ない――」


「えぇ。ですから、私も考えましたの。言っても聞かないのであれば、諦めます。彼女には、もう愛想がつきました」


 イリアス様の言葉をさえぎって、私はため息交じりに大きく肩をすくませた。

 予想外の反応に、彼も困惑するしかない。


「……どういうことだ?」


「彼女に関わるのを一切やめますわ。イリアス様も勝手になさってください。それでは、失礼いたしますわ」


 優雅に微笑んで一礼。

 私は華麗にターンを決めると、教室へ向かうことにした。

 ざわめく周囲からの視線を跳ね除けるように、私は悠然と歩いていく。

 そうして、曲がり角を折れると、ほんの少しだけ息を吐いた。


(上手く……できたかな)


 この先どうしたらいいか、ずっと作戦を考えてきた。

 ロザリンドはどのルートでも断罪される。たいていは、闇魔法にとらわれて飲み込まれてしまうのだ。暗闇のなかを彼女の魂だけが彷徨い続ける。考えるだけでも、ゾッとする。

 そうならないためにも、まずは闇落ちしないことが絶対条件だ。だから、いじめをやめて、主人公には関わらない。


(イリアス様は……遠くから眺めよう)


 画面の向こう側にいたときと比べたら、全然、気持ちが楽だ。

 だって、静止画や表情差分にはない、彼の微細に変化する顔だって拝めるのだ。

 これほど栄養になるものはない。生きてるって素晴らしい。


 次に、ロザリンドが生きるためのルートの確保だ。

 イリアス様が幸せになるためには、主人公とのハッピーエンド、もしくはそれに準ずるものが必要になる。なぜかというと、主人公の母親が作った秘薬を、イリアス様が飲まなければ解呪されないからだ。だからある程度、主人公と仲良くなくてはならない。

 イリアス様の好感度は上がりやすいので、無理に主人公をアシストしなくても問題ない。逆に手助けをし始めたら、シナリオが破綻する恐れもある。なので、いくつかプランを考えておく必要性があった。


(あの様子だと、好感度は高そうだから、プランAでいこう)


 婚約破棄から留学ルートを目指すことにした。

 剣と魔法のファンタジー世界だ。魔法を極めるために、学術研究都市がある。侯爵令嬢の特権を使って、無理やり留学させてもらう予定だ。せっかく魔法学園にいるのだから、魔法を極めるのも悪くない。


 そうして、主人公はガン無視で。イリアス様のことは陰からこっそり見守る予定――だった。



 ◆◇◆



 最終試験の日、事件が起きる。


 イリアス様の絶体絶命の大ピンチだ。

 

 試験の内容は、魔獣が生息する森に向かい実戦すること。

 森には、低レベルの小物ばかりしかいないので、心構えや度胸をつけるのが目的だ。

 日々の研鑽のおかげで、私は中級から上級魔法まで使えるようになった。たまに、イリアス様の親友ポジションである、リナルドにちょっかいかけられていたけれど、それは無視した。

 だって、眼鏡キャラは苦手なのだ。嫌味なところがいい、というけれど、実際に聞かされると腹が立つ。


(って、そんなことよりも、イリアス様だ!)


 私は急いで広大な森を駆け抜ける。

 試験は、1人ずつ時間差で森に入っていき、最奥の遺跡にある合格メダルを受け取ればクリアとなる。帰りは、転移魔法陣で入り口に戻るだけ。

 途中でどれだけ魔獣に出くわすかは、人それぞれだけど、イリアス様は最悪なことに、この森のボスと遭遇してしまう。


 グリラックベアー。

 大型の肉食魔獣で、熊のような巨体と高い俊敏性を誇り、出会ったら最後、そのスピードと強大な力で人間を襲い、食い殺す。


 イリアス様も必死に応戦するのだが、吹き飛ばされて血まみれになり、瀕死の状態になりかける。

 そこへ、主人公が現れて、何とか二人で撃退して、絆を深めるのだ。


(そう……最上級にして最高のイベント。だから、邪魔はできない。できないんだけど……)


 杖を強く握りしめて、襲い掛かってくるスライムを薙ぎ払いながら、イリアス様を探す。

 あのときの、心底辛そうな顔を思い出すだけで、胸が張り裂けそうに痛くなる。

 髪はぐしゃぐしゃ、服も顔もドロドロ、満身創痍の身体に鞭を打って、主人公を庇いながら敵に立ち向かう。


 なんて、最高のヒーローなんだろう。

 ありふれたシーンなのに、史上最高の英雄にしか見えない。

 画面の向こう側にいた私でも、一緒に杖を握りしめて、魔法で戦い勝った記憶がよみがえる。

 勝利したときに見せた、まぶしい笑顔を、ずっと、ずっと忘れない。


(だから――)


 グォォォ!!!


 獣の雄たけびが上がった。

 まぎれもない、グリラックベアーの叫び声だ。


 魔法の炸裂音が鳴り響いた方向へ走れば、イリアス様と主人公の姿が見えた。


「貴方たち!」


「ロザリンド!?」

「ロザリンド様!?」


 私が突然、現れたので気をそらしてしまったのだろう。

 それを見逃さなかったグリラックベアーが、一気に、距離を詰めにかかる。

 

(そうはさせなくってよ!)


 杖をふるい、土魔法で彼らの前に壁を作る。

 驚きもたつくところを見計らって、さらに、火球を三発ぶつける。

 ターゲットが、私にロックオンされた。


 チラリと見れば、すでにイリアス様はズタボロ状態だった。


「お前のことは絶対に許せなかったのよ! よくもイリアス様をボコボコにして!」


 最高のシーンだったけれど、大好きな人が傷つくのは見たくなかった。

 爪で引っかかれたせいで、頬も腕も血だらけになり、吹き飛ばされたせいで、土ぼこりにまみれて泥だらけだ。


 彼の背後には、守られるように怯えた小さな姿が見える。ほんの少しだけ成長した、主人公。

 でも――イリアス様と一緒じゃなきゃ勝てない弱い女の子。起死回生のチャンスをうかがっているようだけど、ここまでイリアス様を汚れさせた罪は重い。


 私の英雄は、私だけのものだ。

 だから、この主人公には渡さない。

 あの笑顔を他の誰かにくれてやるものか。

 

「其は、ゆるしなき煉獄(れんごく)、咲き誇れ、あけ徒花(あだばな)――すべてを灰に還せ!」


 特大の火球をグリラックベアーに投げつける。

 たちまち火柱が立ち上がり、絶叫をあげて、もだえ苦しむ。私の苦しみはこんなものじゃなかった。

 すぐに助けたくても、助けられなかった、あの悔しさを全部、ぶつける。


 やがて炎が消えると、丸焦げになった敵は、ぐらりと大きな音を立てて地に伏した。


「っ、はぁ、はぁ……」

 

 魔力を一気に消費したことで、身体が急激に重くなる。けれど、イリアス様に治癒魔法をかけて治さなきゃいけない。

 と、杖をあげたところで、主人公と目がかち合った。

 この後、治癒魔法をかけて彼を看病するのは、彼女の役目だ。私が行ってしまったら意味がない。

 ゆっくりと腕をおろして、背を向ける。これが正しい選択だ。


 呆然とする彼らを尻目に、私はゆっくりと森の奥深くを目指す。

 道なき道をただひたすらに、たった一人で歩いていく。

 涙があふれて止まらない。でも、悪役令嬢の“プライド”が、嗚咽を殺して足を動かしてくれた。



 ◆◇◆



 翌日、イリアス様が治療室にいると聞きつけて、様子だけでも見に行こうかと悩んだときだった。

 ちょうど、主人公が部屋から出てきたところに遭遇。一瞬の沈黙が流れた後、彼女は深く頭を下げてきた。


「ロザリンド様! 昨日は助けていただき、ありがとうございました!」

 

「……別にイリアス様が傷つくのは嫌だっただけよ。貴女はそのついで」

 

「でも、助けていただいたことには変わりありません。その……あのあと、イリアス様も気にされてました」


「そう。でも何も言ってこないのね、あの男。別にいいわ。勝手にしてちょうだい」


「あっ、ロザリンド様!」


 私はくるりとスカートを翻して、足早に部屋を離れる。

 

(嘘つき。本当は感謝してほしかったくせに。だから、イリアス様のことを見に行ったんだ、未練ったらしい)


 ざわりと、別の誰かが私に囁く。

 それはまるで暗い影が、私をドロドロとした嫉妬や憎悪の沼に落とし入れていくようだ。

 彼に守られるのも、彼の隣に立つのも、彼と共に歩むのも、本当は「私」だったはず。


 憎い、憎い、憎い!


 今すぐにでも、あの女を殺して、イリアス様を私のものにしたい――!

 腰に携えた杖に手をかける。ここから上級魔法を放てば、彼女を消し炭にすることだって簡単だ。

 ホルダーから杖を抜いて、あとは言葉にするだけ。軽く息を吸ったときだった。


 “正しいと信じられるなら、お前はお前を見失わない”


「あっ……」


 凛と響く声。

 いつだってそうだ。どんなにどん底でも、彼がいたから頑張れた。彼がいるからこそ、私は私でいられるんだ。

 あぁ、だからこそ、イリアス・テュフォン・アルビオスは、私の最高の推しなのだ。


 そうして、日々は駆け抜けるように過ぎて、彼はゲームのシナリオ通り、ロザリンドに婚約破棄を告げたのだ。

 それは、イリアス様がイリアス様のまま、ヒロインを救う立派なヒーローになった瞬間だった。


 馬車は、闇夜の街道をひた走る。

 王都からは随分と離れた。


 ここから先は、“悪役令嬢ロザリンド”じゃなくていい。

 

「っ、ふっ、うぅぅ、あぁぁ、あぁぁっ!」


 タガが外れた。


「イリアス様、イリアス様ぁぁっ!」


 大好きだった。誰よりも、何よりも、愛しい、愛しい人。

 貴方は私の太陽で、ずっとこの先も照らし続ける、唯一無二の光。

 こんなにも、好きで好きでたまらないのに、どうして、告げることができなかったんだろう。前世の私を恨むべきなのか。

 違う、そんなことはない。

 イリアス様に出会えたこと、それが何よりも奇跡だ。数多あるゲームの中で、たった1人、私に生きる意味をくれた人。

 これが運命じゃないとするならば、運命そのものに意味はない。

 

 画面の向こうでは、何度も、好きだって伝えてくれた。愛してるって、照れ臭そうに微笑んでくれた。

 それなのに、現実になった途端、世界で一番遠い人になってしまった。決して届くことのない、けれど、確かにここにいる人。


「うっ、うぅっ……」


 だから、ちゃんと見てきたじゃないか。

 イリアス様が笑ったり、怒ったり、魔法を華麗に放つ姿や豪快にご飯を食べるところまで。見ることができなかった一面を、たくさん知ることができた。同じ世界にいたからこそ、彼が生きているのだと、実感することができたじゃないか。

 それだけで、もう、充分だ。

 触れられない人に触れることができたこと、それが何よりも私の「幸せ」だ。


「愛してます、イリアス様」


 ずっと、この先も、一番愛している人は変わらないだろう。

 だったら、それでいい。それが、私が「私」を見失わない最大の理由だ。


 それから数日、留学先へ向かう港まで、移動しながら宿に泊まり。

 ようやく学術都市へ向かう船まで、たどり着いた。

 その船便で、予想外の人と出会った。

 

「あら、リナルド様。ここにいらっしゃるとは思ってもみませんでしたわ。いかがされましたの?」

 

 私にちょっかいをかけていたリナルドだ。

 彼は眼鏡をクイッと持ち上げると、嬉しそうに微笑む。


「イリアスに婚約破棄された、貴女の顔を見てみたくて。きっと、酷い顔をしてるだろうから」

 

 だから、嫌いなんだ。ドSキャラ。

 彼は私の顔をマジマジと見ると、面白くなさそうに、呟いた。


「……全然、平気じゃないか」


「そうよ。案外、スッキリしているの」


 私は、そう言ってリナルドに微笑んだ。

 彼は「なら、いい」と苦笑する。

 

 泣いて、泣いて、泣き止んで。

 私は一生、この傷を抱えながら生きていく。

 

 それでもいつか――彼が幸せになった世界で、私も笑ってみせるのだ。



Fin.




読んでくださり、ありがとうございました。

☆やリアクション、または感想をいただけるととても嬉しいです!


別作品ですが、長編が完結いたしました。

『アイドルオタク女子』が、異世界音楽革命を起こします!合わせて読んでいただけると、とても幸いです。


「お飾り聖女、光の魔法使いに転職します!~輝くステージで世界を照らす~」

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