解放のその後
磯部誠・監禁から6週間が経過。
男たちに拉致されて監禁から6週間を過ぎると、磯部誠の精神にも限界が来ていた。
テレビとラジオは相変わらず点けっぱなしだが、その内容に関わらず常に笑っている。これは完全に自暴自棄になっておかしくなったのかもしれない。
ある日から食事のコンビニ弁当以外に、買ったばかりの新しい下着が3日おきに提供されるようになり、また買ったばかりの新しい衣服も提供された。
この下着を含めた衣類に付いているタグをみると、誰もが知っているであろう全国のあちこちにある、有名な衣料量販店のものだ。
監禁から8週間を過ぎると、コンビニエンスストアで売っているような安い電池式のシェーバーが提供された。
鏡がないので、消したテレビの画面で髭を剃る。そういえば自分の顔を久しぶりに見た気がする。
笑いとともに、どうしようもなかったこの状況に涙が溢れた。
♢
村西明・監禁から6週間が経過。
村西明の精神は、当の前に限界を迎えていた。2週間を過ぎたあたりからテレビもラジオもほとんど見ないし聞かないし、一日中寝て過ごすようになる。
体が痒いということも、あまり気にならなくなっていた。
そして監禁から6週間を境に、毎日お湯の入った洗面器とタオルが提供されるようになった。
そこから買ったばかりの新しい下着が3日おきに提供されるようになり、買ったばかりの新しい衣服も提供される。
新しい衣服に着替えたあと、ふと消したままのテレビで自分の顔を見ると、そこには無精髭が伸びきった一人の老人がいた。
それを見て涙が溢れた。
♢
磯部誠・村西明の失踪からおよそ7週間。
臨時国会にて、あらたに「国内企業政府・機密情報漏洩及び諜報活動防止法」、いわゆる「スパイ防止法」が制定され、即日施行された。
これに歓喜するネットユーザーと、それでも避難を繰り返すオールドメディアとリベラル系の野党。それでもほとんどの国民は好意的な捉え方だ。
ここで、オールドメディアとニューメディアの明暗がくっきりと別れた。
♢
磯部誠の監禁から8週間が経過。
あの監禁された日以来、久しぶりに部屋のドアが開いた。
あのときと同じ、顔全体を覆うマスクに色の濃いサングラスで目を隠した3人の男が現れる。
「磯部誠さん。状況が変わりました。あなたを別な場所に移送します」
あのときと同じボイスチェンジャーの機械的な声で、男たちの感情を読むことは出来ない。
また後ろ手に手錠をされて、目隠しとイヤーカフをされると、たぶん拉致されたときと同じ車に乗せられて車は動き出した。
延々の無言の時間は続く。それでも人の気配だけは感じる。
また数時間走って、車は目的地に到着した。
車を降ろされ、ベンチのような形状の椅子に座らされると、イヤーカフと手錠を外された。
「少しここで待っていてください」
そう言われて頷くと、そこから人の気配が消える。
そこから何時間待っても、男たちは戻ってこない。
「わんっ! わんっ!」
と突然犬に吠えられた。
自分で目隠しを取ると、どうやらここは明け方のどこかの公園のようだ。
老人が小型犬を連れて散歩していた。
♢
その同日・村西明の解放。
ある日、ずっと開くことがなかった部屋のドアが開くと、あの日と同じ3人の目出し帽を被った男が入ってくる。
「村西明。状況が変わった。お前を別なところに移す」
そう言ったその声は、あのときと同じボイスチェンジャーの機械的な声だった。
拉致されたときと同じように、後ろ手に結束バンドで両腕を縛られ、今度はアイマスクで目隠しをされるが、口のガムテープはない。
「あの……」
「喋るな」
口のガムテープのことを聞こうとすると、そう言われた。
またスライドドアの大きな車に乗せられて、車は何時間も走る。
あのときと同じなのは、車内に大音量の音楽が掛かっていることだ。それでも前回よりその音量は小さい気がする。
車はようやく目的地に到着してエンジンを止めた。
少し歩かされて、石でできた椅子のようなものに座らされた。
結束バンドを切られ、両腕が自由になる。
「しばらくここで待っていろ。だがここから動くな」
そう言って男たちは居なくなる。
風があることから、ここが外であることはわかるが、少し暑い。
額の汗を手で拭ったところで、目隠しされていたアイマスクがずれた。
そのずれた隙間を覗くと、外の景色が見えた。ここはどこかの公園だ。
そして明け方のようだ。
立ち上がって辺りを見回しても、あの目出し帽の男たちはいない。
自分は解放された。
♢
宮下結子の考察・週刊weekly JAPAN掲載文抜粋。
こうして、磯部誠と村西明の失踪事件は一旦幕を閉じた。
磯部誠は東京都内の滞在先のホテルの部屋から失踪して、宮城県仙台市内の公園で見つかった。
村西明は東京都内の自宅から失踪して、広島市内の公園で発見された。
この二人に外傷などはなく、精神的な疲れはみえたが、健康上での問題はなかった。
二人ともそれぞれに三人の男たちに拉致されたが、その素性は警察が追っているもののいまだ不明のままである。
磯部誠は犯人の顔を見てはいたが、それはほんのわずかな時間だった為、憶えていない。
そして、二人を拉致して監禁した者が、果たして本当にこの六人だけだったのかも、甚だ疑問である。
何故なら、この二人の状況を推察するに、他にも協力者がいてもおかしくないからだ。
磯部の拉致についてはカードキーのことから、ホテル内に協力者がいるのではと疑われたが、警察の捜査によりそのような協力者は見つからなかった。
では、犯人たちは何の目的で、この様な犯罪を実行したのだろうか。
彼らは最初に二人を拉致監禁したものの、そのあとは何もしていない。毎日食事を与えて何もせずに二人をずっと生かし続けていた。
こう言ってしまうと、この二つの事件は同一グループによる犯罪と思われてしまうが、類似性はあれどそれは考えずらい。
何故なら、彼ら二組は、いつから拉致対象を監視していて、何故あのタイミングで犯行に及ぶことができたというのが、いくら考えてもわからないからである。
なんとなくわかったことといえば、あの事件をきっかけに世の中の変化の流れが一気に進んだということ。
はっきりとわかっているのは、磯部誠と村西明は明るみになった不貞行為によって、それまでの信用を完全に失ってしまったこと。
それは現在は著名人の不貞行為が許される社会ではないからだ。
そして磯部誠については、新しく施行されたスパイ防止法によって逮捕された。
どうやらずっと噂にあったハニートラップは本当だったようだ。
他にこのスパイ防止法の施行により、わずか半年の間に、国会与党議員が五人。リベラル系の四つの政党の国会野党議員が十二人逮捕される事態となった。
当初は、最初に与党議員の方から逮捕されたために、野党から激しい追及があったが、野党側から逮捕者が次々と出ると、その混乱は終息した。
最初にそれぞれの犯行時に彼らの一人は中国語らしき言葉を話したというが、彼らが某国の人間であるかどうかは不明だ。
そして彼らが二人に突き付けた、銃口もナイフも本物であったのかという疑問も残る。
それでも、あの犯人たちが何者だったのか、未だに謎のままである。
文・宮下結子
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
予告
『ANOTHER RAIN (アナザレイン)』 - 国会議員連続狙撃事件 -
志村けんじ
ある日、東北の県境の山中で鹿狩りをしていた猟友会の4人が、猟銃で撃たれた、すでに随分と前にも腐敗が始まったであろう熊の遺骸を三体見つけた。
ここは一番近い民家まで15㎞以上もある山の中だ。誰がこんな何もしないまま放置したのかはわからない。
本来は、山中で猟銃で仕留められた鹿などの獲物は、その場で止め刺し後に血抜きをして内臓の一部を摘出し、出来るならばそのまま解体して速やかに自宅などに運ばなければない。
現場で摘出した内臓などのも放置せず、その場で穴を掘り埋めて処理するか、回収袋に入れて持ち帰って処理しなければならないのだ。
そのようにきちんと処理をしなければ、見つかればあとで法律で罰せられるのである。
四人は、近くに獲物を運んだソリの痕もないことから、また都会から来た鹿や猪を撃ちたいだけのハンターが、たまたま熊だけを撃ったのだろうと思った。
それにしても、もし都会から来たハンターがよく知りもしないであろう山の中に、帰る時のための目印も付けずに、こんな山の中まで入ってきたものだ。
そして並ぶように生えた木には、熊に向かって猟銃で撃ったときの弾丸の痕が直線状に付いている。
4人はこの現場を見たことで、あとから誤解されて自分たちが罰せられたら困るので、口裏を合わせてなにも見ないことにした。
本当の事件は、ここから約2ヵ月後に起きる。
ある日の湿った曇り空のいまにも雨が降りそうな午後2時過ぎ。
都内を元地方自治体トップの野党議員、米村修一国会議員を乗せた黒塗りの公用車が、交差点の一番前に停車中に何者かに狙撃された。




