魔法使いは王に会う
昔、こんな話を曾お婆ちゃんから聞いたことがあります。
“吸血鬼は昔はとても高貴で気高く神聖な生き物だったんだよ”
その言葉は私にはとても信じられないものでした。だって、今吸血鬼と呼ばれている魔物は駆け出しの冒険者でも勝てるくらい弱く、知能も低い魔物であるのですから。
私が曾お婆ちゃんにそのことを言うと、曾お婆ちゃんは何かを堪えるような表情をして、こう言いました。
“それはね、私達魔法使いが彼らの王を封印しちゃったからなんだよ”
昔は吸血鬼を統べるとても強い吸血鬼の王がいて、彼によって吸血鬼たちは、知識を得て、力を手に入れ一時期は魔物の中で一番強い種類だったらしいです。
しかし吸血鬼たちは人間と敵対することは無かったようです。
人間に勝るとも劣らない知能を手に入れた吸血鬼たちは無駄な争いを避けるため、人間との共存の道を歩んでいたといいます。
人間にとって、それは非常にありがたいことでした。何故ならば魔物のなかで最強と謳われる吸血鬼を敵に回さないばかりか、吸血鬼が自分達のことを護ってくれるというのですからこれを喜ばない人間はいません。
吸血鬼を統べていた王はとても優しい性格で、人間からも吸血鬼からも愛されていたといいます。
しかし、この共存の道も長くは続きませんでした。
ある人間の王はこう考えたのです。
この賢く強い吸血鬼を何とか従順な駒にかえられないか、と。
そして王は閃いたのです。
吸血鬼の王を倒せれば、吸血鬼が駒になるのでは、と。
王はすぐさま、国中の優秀な魔術師達に命令を出します。今から森に行き、現れた吸血鬼の王を封印せよ、と。
その後、王様は森に吸血鬼の王を呼び出しました。吸血鬼の王は何も疑わずにその森に出向いたそうです。そして……。
吸血鬼の王は、魔法使い達に奇襲をかけられ、その森に封印されてしまったのです。
すると、どういうことでしょうか。今まで気高く高貴だった吸血鬼たちは、知能も力も失い、弱くなってしまったのです。
こうして、かつて気高かった吸血鬼は今のようになってしまったのです。
……そのときは、曾お婆ちゃんの話を私は信じていませんでした。しかし、今の私になら、この話が真実であるということが分かります。
だって私は――――――――。
有り得ない力を持った吸血鬼に出会ってしまったのですから。
ランクSS指定のサードベア―を容易く退けた目の前にいる見た目十五、六位の少年。初めは人間だと思っていましたが、長い耳と赤い目を見てその考えは変わりました。
この少年は吸血鬼であると。
さらに少年は、通常の吸血鬼の何十倍以上の殺気を出していました。
何者かを訪ねた私達に彼は自分の名前を答え、その後に不敵な笑みを浮かべこう言い放ちました。
「初めまして、だな」
突如として膨れ上がる殺気。言葉に包まれて放たれた憎しみや侮蔑の感情が私達に襲い掛かります。
私は強烈な眩暈や吐き気に襲われ、立っているのもやっとの状態でした。しかし、それによって私は直感しました。彼こそが吸血鬼の王なのだと。
私には聞こえませんでしたが、剣士のオルガさんと銃士のレンさんが彼と話をしていました。しかし、オルガさんの話を聞いた彼が呟いた言葉ははっきりと私の耳に聞こえてきました。
「よもや、吸血鬼がここまで馬鹿にされるとはな……」
彼が何を考えていたのかは私にはわかりません。
ただ、深い悲しみに打ちひしがれているということだけは彼の表情から窺えました。
「質問に答えろーーーッッ!!」
殺気に当てられて気が狂ったのか、レンさんは銃のトリガーをひきます。そして、その銃弾が彼の頬を掠った所で彼の気配が変わりました。
私が魔法を放ってから後はもう覚えていません。恐らく、現実離れした光景に脳が追いつけなかったのでしょう。
気づいたときには、オルガさんもレンさんも地面に倒れていて彼の顔が目と鼻の先にありました。
整った顔立ちと、赤く燃え滾るような瞳に一瞬私は見とれてしまいました。
「どうした? 恐くて声も出せないか?」
殺気を出しながら私に問い掛ける彼。私の脳は完全にフリーズしていましたが、ある質問が私の口から紡がれます。
「あ、あなたは……もしかして(吸血鬼の)“王”ですか?」
その問いに彼はニヤリと笑い答えます。
「そうだな……今は王ではないが、いずれは王になるだろう」
―――あぁ、やっぱり。
その言葉を聞き、私は意識を手放しました。
パル視点です。
主人公をパルがどう誤解したのかが分かってもらえれば幸いです。