吸血鬼は熊と対峙する
あらかた自分の能力を確認できたところで、現状確認をしよう。
今いる場所は森の中であり、とりあえずここは剣と魔法の異世界である。周りには俺以外誰もいないね。さてと、ではここで問題です。
俺の夢もとい野望とは何でしょう?
男性なら分かると思うんだけど……。
はい、答えは『ハーレム』をつくるでした。
美女を侍らせるのは男の夢……。そうだとは思わんかね?
生憎、前の世界ではそんな機会は与えられなかったけど、この世界だったらいけんじゃね? だってこういう類の小説の主人公は皆、ハーレムを形成してるし。
閑話休題。
さて、いつまでここにいても物語は始まらない。
「森をでて、人里に向かうか」
このままここにいても、野望は成就しないし。そうと決まればさっさと抜け出そう。そう考え、歩みを進めたときだった。
―――――俺が馬鹿でかい三つ目の熊と出会ったのは。
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俺の身体のおよそ五倍くらいの大きさの熊は三つ目で俺を睨んできた。犬歯を剥き出しにして、低い唸り声をあげているこの熊が魔物というものなのだろう。
初めての魔物との対峙。常人ならば、冷や汗をかき足がすくんでいることだろう。元の世界で感じたことのない重圧に当てられて、思わず身体が震える。あぁ――これが、殺気か。心臓が早鐘のようにバクバクと打ちつけてくる。歯が噛み合わさりカチカチと早く鳴り響く。そんな状況だというのに……。
楽しい、と俺は感じていた。
それと同時に不思議と身体の震えは収まる。何故、この程度の相手に恐れをなしていたのだろうか、と疑問に思うくらい俺は落ち着きを取り戻していた。
俺は、今までの俺じゃないんだ。今は、吸血鬼としてここに存在している。ならば――。
「ここからは、誇りを持とう。闇の王、ヴァンパイアとしての誇りを!」
熊が三つ目で威圧してくるが、俺には効かない。
「ククク……丁度良い。俺のウォーミングアップの相手になってもらおう」
俺は口調をボスキャラっぽくしてみた。(当社比三倍)
だって、このほうが吸血鬼っぽいじゃん?
「グルルルルルァァァァァァァーーーーーーーーッッッッ」
三つ目の熊の咆哮で戦いの幕が開かれた。
熊はまず、その木の幹より太い腕で俺を潰しにかかってきた。なかなかのスピードだ。だが、俺はそれを難なく避ける。後ろの木に当たり、木はメキメキと音を立てながら倒れた。
「ガァァァァ!!」
「喚くな、うるさい」
今まで、この攻撃を避けたられたことは無いのか熊は一瞬驚いた表情をするが、直ぐに逆の腕で追撃を仕掛けてくる。
「遅いな」
俺はそれを見切り避ける。
「グァァァーッッ!!」
熊は今度はぶんぶんと腕を振り回して攻撃を仕掛けてくるが、俺にあたるはずが無い。
その熊の攻撃は……おもちゃを買って貰えずに怒る子供みたいに思えた。
思わず顔の筋肉が緩まる。それを熊は好機と見たのか、先ほどよりスピードの速い突きを繰り出してきた。
それは――おそらくこの熊の今出せる最高の攻撃だった。ならば、俺に誇りを、覚悟をくれた熊に敬意を表して本気で受け止めてやる。それが――俺の今できる最高の恩返しだ。
その熊の突きを俺は右手で止めた。
「ガッツ!?」
「“魔眼”開放」
そうして、目に力を込め三つ目の熊を睨みつける。
するとどうだろうか、先ほどまで好戦的だった熊から力が抜けその場に倒れこんだ。三つの目からは恐怖の感情が読み取れる。
“魔眼”強いな……。先の副将軍の印籠みたいだな。
「お前は愚かにもこの俺に勝負を挑んだ。相手の実力を見誤ったな。殺されても文句はないであろう?」
だが、と俺は続ける。
「お前は俺に、誇りと覚悟を持たせてくれた。それに免じて、お前を赦そう」
熊は答える代わりにコクコクと頷く。俺はふっ、と笑って熊に近づく。
「これは、臣下の証しだ。お前は俺の初めての恩人だ。困ったことがあれば、俺を頼るがいい。俺の力が必要になった時、俺の事を強く念じてこの印を触れ。必ずお前の元に俺は現れるだろう」
右手の人差し指に黒炎を纏わせ、熊の右頬に×印を書く。
「さぁ。これで良し。」
俺がそう言うと、熊はのそのそと立ち上がり、森の奥へと姿を消した。
はぁ……。結構疲れた。この身体と能力に慣れるのには時間がかかるだろう。もっとも、その為の努力は惜しまないつもりだがな。
あ……そういえば、異世界にきたら言ってみたい台詞があったな。過去の自分との決別の為にこの台詞を言うか……。
「おい、いつまで隠れているつもりだ」
元の世界でこれを行ったら確実に頭の病院を紹介されるだろうな。
ふぅー。満足、満足。これで、今現在から俺は吸血鬼、如月修也だ。
ガサガサ。ん? 近くの茂みから音が・・・。
後ろを振り返ると、三人の人間が武器を構えて俺を睨んでいた。しまった――――フラグだったか、あれは。
次回、ヒロインの登場です。
三月五日 文章改定