第10章【第9話:絶望と影の中の光】
第9話:絶望と影の中の光
「えぇか、もし影に包まれても自分の記憶を見失ったらあかん。俺との記憶もや」
「ナオさんとの遊園地デート、楽しかったですから。絶対に忘れません。あの記憶が、私の記憶……!」
闇の巨大な影は、二人を逃がさず、黒い腕で完全に包み込んでゆく。
ナオはしおりを庇い、影の触手を腕で払う。
しかし、その腕が触手に呑み込まれ、両手足が動けなくなってしまった。
「逃げろ!とにかく走り続けろ!」
「で、でも……」
それは不可能だった。しおりの脚もすでに影の中に沈んでいた。
二人は、最早なす術がなかった。
触手が絡みつき、黒い霧が二人を覆う。
その瞬間──
無数の記憶が一気に二人の頭に流れ込んだ。
事故の瞬間、園内の笑顔の裏、影の研究の記録、消えた子供たちの声……頭が破裂しそうなほど痛む。
身体中に何かが入り込むような感覚が走る。
「うっ……くっ……!」
ナオの声は裏返り、目の奥が白くかすむ。
しおりも、意識が霧のように薄れ、身体の感覚が遠のいてゆく。
──意識が保てない……。
──動けない。このまま呑み込まれるしかない……。
──その瞬間、突如として世界が白く輝いた。
鋭く眩しい光が二人を中心に広がり、黒い霧と触手を押し返してゆく。
「ナ……何ゼダ……!?」
光は冷たくも熱くもなく、柔らかく身体にまとわりつき、全身の痛みを押し流すように優しく包み込んだ。
痛みと恐怖に震える心が、ゆっくりと呼吸を取り戻していく。
その光は二人の影を、黒い恐怖の腕を、ねじれた瓦礫の間から引き離し、押し返す力を持っていた。
「これ……光……なのか……」
ナオは目を細め、光に包まれる感覚を全身で感じた。
しおりもまた、冷たく重かった身体が少しずつ軽くなっていくのを感じ、恐怖で固まっていた手足をゆっくりと動かせた。
──絶望の中に差し込む、温かくも鋭い光。
それは、闇を祓うだけでなく、心の奥に残る記憶と意志を守る光だった。
「何が起きた……?」
視界に入ったのは──光の中心で立つ人物。
「助かったな、二人とも」
その影は、他の影と同じ存在のように思えた。
しかし、一つ違う。その影は他の真っ暗な影とは違い、輪郭が白く眩く光る影だった。
そこにいたのは──
「な……お前は……」
「ナオさん、この方って……?」
「三田村……あやめ……!!」
そこに居たのは間違いなく、あやめだった。
去年、黒瀬のAI人格による計画を命懸けで止めてくれたあやめ。
「ふっ、まさか、忘れてないよな?」
あの日の言葉は今でも記憶に残っている。
──「ねぇ、ナオ……私のこと、思い出してくれる?」
「当たり前やろ、約束したからな」
──「忘れるわけない。“お前の記憶”は、俺がずっと守る」
「だな。だが、そのおかげで、私の残像はまだこのパークに残されてた」
「縛りつけてもうてたみたいやな……」
「それで良かったんだ。この時のためにもな」
あやめは忘れられていなかった。
その幸せな残像による光が絶望の中で二人を救ったのだ。
影は光に押されて後退し、園内に黒い塊が散らばる。
二人は膝をつき、呼吸を整える。
「あの……ありがとう……ございます……」
「気にするな」あやめの影が答える。
痛みと恐怖の余韻が残る中、あやめの姿が光の中で揺らぐ。
「まだ終わってない……でも、今は生き延びた。ほんまに感謝する。……ありがとうな」
ナオとしおりは、光に守られたことで再び立ち上がる。




