第10章【第7話:記憶の渦】
第7話:記憶の渦
「これしかないか……」
黒い水面の上で、園内の静寂がナオを覆う。
崩れた観覧車やジェットコースターの残骸が、異形の影に絡みつくように宙に浮かぶ。
「ナオさん……?」
しおりの声は、遠くの水面から反射するようにかすかに響く。だが、ナオには届いていないように思えた。
黒い影がナオを取り囲んでいく。
「ナオさん!ダメ!!!」
空気は重く、粘度のある闇が体を包み込み、やがてナオは影の中に沈んでいった。
懐中電灯がその場に落ちて転がる。
体が宙に引きずられる感覚に、ナオは息を止めた。
──呑み込まれる。
視界は漆黒に変わり、耳には多くの記憶がざわめく。
最初は小さな声。子どもたちの笑い声、そして、スタッフの呼ぶ名前。
次第にそれは重なり、ねじれ、悲鳴や泣き声、怒号の渦となる。
目を開けても光はなく、ただ過去の映像が無秩序に流れ込む。
火事で消えたアトラクションに残る記憶、園内で失われた小物や落書き、誰も気づかない小さな事故の瞬間……
すべてがナオの意識に叩きつけられ、頭の中でひび割れるように痛む。
──これは、影の主の“記憶同期”だ。
自分の意識を消し、影の主の力と記憶を押し込むための器にされている。
ナオは必死に抵抗するが、第六感は警告する。
「意識を持ち続けろ……自分を忘れるな……!」
一方、しおりはナオの落とした懐中電灯を握り、暗闇に光を放ち、抵抗していく。
「ナオさん、何で……!」
光は黒い闇に小さな裂け目を作り、渦の中でかすかに揺れるナオの姿を照らす。
ナオの意識は、パークで起きた出来事の断片を次々と体験していった。
──遊具の下で泣く子ども。声をかけられなかった瞬間の誰かの記憶。
──スタッフとしての失敗や、見過ごしたことで起きた事故。それを見ている誰か。
──長いコートの男が実験を進める様子と、それに巻き込まれた子どもたちの恐怖。
記憶が積み重なり、痛みが意識を揺さぶる。
渦の中心に現れる影の主の姿。
長いコートの男は無表情でナオの記憶の中で笑う。
「すべてを、もう一度……同期させるんだ」
その瞬間、しおりの懐中電灯が光の弾となって渦を切り裂いた。中にはナオの姿があった。
渦の中でナオはわずかに目を開ける。
光の中に浮かんだ、ナオの姿。
しかし、その目は、冷たく無感情。
「……ナオさん……じゃない?」
しおりは震える手で懐中電灯を握りしめる。
影の主がナオの中に居る。しおりにはそれがすぐにわかった。
園内は依然として黒い水面に覆われ、ゴンドラと列車の残骸が宙を漂う。
だが、まだ希望は完全に消えていない
「大丈夫。絶対大丈夫……!」
──ナオさんの意識は、まだ消えてない!




