第1章【第9話:ナオの記憶】
第9話:「ナオの記憶」
観覧車の17番ゴンドラは、空の闇に溶けるように動いていた。
その中で“影”が語った一言が、ナオの中で渦を巻いていた。
──「ようやく、会えたね」
ナオは制御室に倒れ込み、激しく息をつく。
頭の中で、かすかなざわめきが響き続けている。
それは自分のものではない記憶の波。まるで他人の心が、自分の中に混入しているような錯覚。
「……俺の記憶に、ウソがある……」
ナオはつぶやく。
その時、制御パネルが再び明滅した。画面の奥、セキュリティフォルダにひとつの未開封ファイルが表示された。
──【被験者:No.000──NAO】
震える指でナオは開く。
モニターに映ったのは、病室の映像だった。
白衣の黒瀬弥一が、幼い少年に語りかけている。
>「キミの記憶は、特別だよ。これはテストなんだ。
> “本当に心が記憶を宿すか”、それを証明するためのね──」
少年がカメラに向けて微笑む。
──それは、間違いなく“幼いナオ”だった。
「……なんやねん、これ……俺は……“実験体”やったんか?」
そのとき、背後のあやめが、震え声で言った。
「ナオ……ファイルの中、まだ続きがある」
モニターに再生されたのは、別の映像。
黒瀬がモニター越しに語っていた。
>「記憶を植え付けた存在は、実際の人格を形成するか?
> ナオは“実在した少年”のコピーだ。オリジナルはもう……」
ナオの中で、何かが崩れ落ちた。
──自分は、“誰か”の記憶を与えられた、別の存在。
──この体は本物でも、この心と記憶は、作られたものかもしれない。
そのとき、制御室の天井から、液状の黒い霧が垂れはじめた。
ゴンドラの影たちが、パーク全域に“染み出して”きている。
「やばい……フェーズ3って、これか。記憶そのものを、現実に投影する装置や……!」
テーマパークが、記憶と幻影の境界を失いはじめていた。
園内のあちこちで、人影のような“もう一人の自分”が現れ、叫び、泣き、誰かを探している。
それらは皆──**「誰かの心に残ったまま消えた者たち」**のコピーだった。
ナオは立ち上がる。
「たとえ俺が作られた存在でもええ。
ここにある想いは、全部ウソやない。
……そして、それを壊したやつは──俺が止める」
視線の先、パークの旧エリア「研究区画」への道が赤く点灯する。
黒瀬はそこにいる。すべての始まりが、そこにある。
「行こう、あやめ。俺たちは、俺たちの記憶で終わらせる」
彼女は小さく頷いた。
だがその瞬間、あやめの目が一瞬、真っ白に染まった。
「……ナオ、ごめん。私、今……“誰かの声”が聞こえたの」
「『君も、被験者だった』って」
ナオは言葉を失う。
──あやめもまた、記憶操作を受けていた。
そしてそれは、おそらく自分の姉の記憶を上書きされた。
彼女がここに働きに来たのは、姉を探すためという自分の意志と、ここで働いていた姉の意志が混ざっていたからだろう。
ふたりは、お互いの記憶に“他人の名前”を見つけながら、旧区画へと走り出した。
背後では、観覧車が静かに止まる。
17番ゴンドラが、最後に静かに開いたまま、何もいない空間を見せていた。
まるで、誰かの“空席”を待つように──。
次回予告:第10話「研究区画」
旧エリアに眠る記憶操作装置と、黒瀬弥一の正体。
実験施設の全貌が明らかになる中、ナオとあやめの“本当の関係”も明かされていく──
次回、物語は核心へ!