第8章【第4話:根の下に眠るもの】
第4話:根の下に眠るもの
温室の空気は、まるで水中のように重く、息を吸うたび胸が圧迫される。
黒い花の群れがざわざわと揺れ、その奥から、何かが這い出してくる気配がした。
そして温室の奥、黒い花々の中心には、一本だけ異様に太い茎が伸びていた。
その根元は土に沈み込み、表面は樹皮のように硬くひび割れている。
ナオは膝をつき、手袋越しに茎をなぞった。
触れた瞬間、頭の奥に冷たい何かが流れ込む。
──暗闇の中で、無数の手が伸び、叫び声が地の底から響いている。
黒い茎に触れた指先から、かすかに「帰れない……」という声が流れてきた。
「先輩? 大丈夫っすか」
シュウの声が遠くに聞こえる。
だがナオは目を開けられなかった。
見えているのは、土の下に広がる巨大な影の根──そしてその中心でうずくまる、人の形をした何か。
そいつがゆっくりと顔を上げた。
皮膚は土と同化し、目は空洞。口だけが裂け、笑っている。
突然、温室の地面がずるりと沈んだ。
黒い茎の根元から無数の細い根が生き物のように伸び、足首に絡みつく。
シュウが警棒で必死に叩き落とすが、根は次々に再生し、より強く締めつけてくる。
「先輩、これ……中から引きずり込もうとしてます!」
土の中で、うずくまっていた「何か」が立ち上がるのが見えた。
ナオは息を飲み、低く呟いた。
「……これが、本丸か」
次の瞬間、温室全体の照明が一斉に明滅し、黒い花々がまるで呼吸するように開閉を繰り返した。
地の底で眠っていたものが、ゆっくりと目覚めようとしていた。




