第7章【第5話:沈黙の喝采】
第5話:沈黙の喝采
開幕当日の夜、サーカステント前は異様なほど静かだった。
満席の観客席には、まるで時間が止まったように固まって座る人々。
目だけが、中央の舞台を凝視している。
舞台の幕が音もなく上がる。
そこに立っていたのは、全員が白い仮面をつけた団員たち。
その動きは、まるで昨夜見た“無音の作業”の延長のように規則正しかった。
だが──一歩ごとに、観客たちの首が微かに同じ方向へ傾く。
ナオは観客席の端から様子を見ていた。
ふと、隣にいたシュウが小声で言う。
「……先輩、あれ……全員、呼吸してないっす」
確かに、胸の上下がない。人間ならあり得ない静けさだった。
その時、舞台中央の団長らしき人物が一歩前に出た。
仮面には赤い線が二重に刻まれている。
「ようこそ、“第一幕”へ」
声はスピーカー越しではなく、直接脳に響くような低さだった。
団員たちが一斉に客席へ手を伸ばす。
観客は抵抗も叫びもせず、糸で引かれるようにゆっくりと立ち上がる。
次の瞬間、仮面の奥から黒い霧が溢れ出し、観客の顔を覆っていった。
ナオは駆け寄り、舞台へ飛び上がる。
団長が片手を振ると、空中に細い糸のような影が走り、ナオの動きを封じる。
だが、ポケットに忍ばせていた団員の仮面を取り出し、その赤い線を指でなぞった瞬間、糸が一瞬たわみ、観客の何人かが座席に崩れ落ちた。
「……なるほど、それが“鍵”ですか」
団長が愉快そうに首を傾ける。
次の瞬間、舞台全体が黒い霧に包まれ、視界がゼロになった。
霧の中で無数の手がナオの腕や足を掴む。
その指先は冷たく、だが確実に“こちら側”へ引き込もうとしていた。
「幕はまだ閉じない……これは、ただの始まりだ」
耳元で囁く声と同時に、テントの外から突風が吹き込み、霧を切り裂いた。
気がつけば、舞台も観客も、跡形もなく消えていた。
残っていたのは、中央に落ちた一枚の仮面──赤い線が、三重になっていた。




