第5章【第9話:ゴースト・カート(後編)】
第9話:ゴースト・カート(後編)
ナオがカートに乗っているその頃。
しおりが働くショップに、シュウが巡回で立ち寄っていた。
「お疲れさまです」
何気ない挨拶を交わしながら、しおりは聞いた。
「ナオさん、今日はもう上がったんですか?」
シュウは肩をすくめる。
「いいや、今はゴーカートで走ってる。……たぶん、また“誰か”を助けようとしてる」
その一言で、しおりの胸がざわついた。
「何があったんですか?」
「さぁ?事件っすかね」
「ゴーカートって言えば……確か……」
しおりが口を開き、静かに話し出す。
数年前の夏、連日の猛暑が続いたある日。
一人の少年がゴーカートで全力疾走していた。
もう少しでゴール、というところで熱中症に倒れ、そのまま意識が戻らなかった。
少年はその後病院で息を引き取った……。
「……最後まで勝ちたかったらしいんです。でも、それは叶わなかった」
以来、夏の夜になるとコースを走るカートの目撃談が何度か報告されているらしい。
「俺は見たことなかったっすけどね~……」
「……ナオさん」
「あとは色々閉めるだけっすよね。やっとくんで行ってください。その事件のこと、伝えてあげてくださいよ」
そう言われ、すぐにしおりはゴーカートへ向かっていった。
しおりがコースに着いたとき、ゴーカートは二台並んで走っていた。
先頭にはナオが全力でハンドルを切っている。
その後ろを小柄な影が乗ったカートが追いかけていた。
エンジン音が夜の静けさを切り裂き、タイヤが地面をこする音が響く。
「君……ただゴールしたいんやないやろ!」
ナオが叫ぶ声が、風に乗って届いた。
「ナオさん……気付いてたんだ……」
「本気で勝負したいんやったら、子どもと言えど手ぇ抜かへん!俺を追い抜いてみろ!」
次の瞬間、少年の影がぐっとアクセルを踏み込む。
速度が上がり、二台の間の距離が詰まっていく。
コーナーの立ち上がりで、ナオのカートがわずかに膨らむ。
その隙を突いて、少年のカートが横へ並び、インコース、そして前へ出る。
──その時
ナオの耳に、はっきりと息を切らす声が届いた。
「……よし……抜ける……!」
生前、全力で走っていた時の熱い息づかいだった。
少年はそのままゴールラインを駆け抜けた。
その瞬間、少年の影は笑顔を浮かべた。
それは、勝負に勝った者だけが見せる誇らしい笑みだった。
光の粒となって、夜空に溶けていく。
しおりはナオに駆け寄った。
「負けちゃいましたね」
しおりが優しい笑顔でナオの横で呟く。
ナオはヘルメットを取り、額の汗をぬぐいながら笑った。
「本気やったんやけどな……。完敗や」
コースの片隅には、小さなヘルメットだけが静かに残っていた。
「次、リベンジまたさせてくれな」




