第1章【第5話:記憶を食べるもの】
第5話:「記憶を食べるもの」
ファンタジアランドに巣食う“何か”が、ナオの内側に触れてきていた。
USBは焼き切れ、映像は断たれた。
けれど、**それでも残る記憶の“痕跡”**が、ナオの第六感をじわじわと蝕んでいく。
「ナオ……しっかりして。顔、真っ青よ」
あやめが肩を支える。
ナオは唇をかすかに震わせながらつぶやいた。
「……“何か”が、来る」
ズゥン……
地の底から響くような重低音が、サーバールーム全体に広がった。
明かりが一斉に落ちる。
次の瞬間、壁の端に──“人の形”をした【影】が立っていた。
人間のようで、人間ではない。
顔はなく、全身は煤けたように黒く、目だけが異様に白く光っている。
その目が、ナオをじっと見ていた。
──「……ミサ……?」とナオが思ったその瞬間。
その【影】が動いた。
滑るように、暗闇の中を近づいてくる。
「逃げるよ!!」
あやめがナオの腕を引き、サーバールームを飛び出した。
だが、足元がぐにゃりと揺れる。
現実が──歪んでいた。
壁がざわめき、天井から“記憶の断片”が破片のような形をして降ってくる。
ナオの視界に、次々と“他人の記憶”が流れ込んでくる。
・アトラクションの作業員が泣きながら書いた辞表
・廃棄された「被験者報告書 No.03」
・観覧車の頂上で、誰かが誰かを突き落とす瞬間の視界──
「……誰の記憶なんや、これ……」
「それ、全部“あいつ”が集めてる記憶よ」
あやめが息を切らせながら言った。
「“記憶を喰う存在”──園内の失踪者、意識障害、異常行動……全部、奴が吸い上げてる」
「でも、なんでそんなん知ってんねん……?」
あやめの顔がこわばる。
そしてぽつりと言った。
「……私の姉も、5年前ここで“消えた”の。
最後に残したメッセージに、こう書かれてた。
“人じゃない何かが、記憶の奥に潜んでいる”って」
ナオは凍りつく。
それはまさに──自分が今、頭によぎった記憶そのものだった。
気づけば周囲の空間が、まるで【夢と現実の狭間】のように歪んでいた。
目の前に、再びあの【影】が現れる。
今度は、ナオに手を伸ばしてくる。
指先が触れた瞬間──
──ナオは、自分の幼い頃の記憶の中に引きずり込まれた。
◆
真夏の海。
母親と手をつないで歩いている。
けれど、次の瞬間、母親がふっと手を離し、波の向こうへと消える。
「おかあ……さん?」
声が届かない。視界が塩と光で白く染まる。
その中心に──あの影がいる。
そして、ナオの記憶をひとつずつ、食べていく。
◆
「……やめろやああああああ!!!!」
ナオが叫ぶと同時に、世界がパリン、と音を立てて割れた。
記憶の空間から現実へ、引き戻される。
地面に倒れていたナオを、あやめが必死に抱きかかえていた。
「大丈夫!? ナオ! 聞こえる!?」
ナオは荒く息をしながら、震える声で言った。
「……見えた……あれは、記憶の中に生きてる……“存在”や……!」
何かがはじまっている──
いや、すでに始まっていて、気づかなかっただけだ。
このパークには、“人の記憶”を喰らう化け物が棲んでいるのか。
そして、それを知りながら隠してきた人間たちがいる。
「……ミサだけやない。俺らも、あいつに“狙われてる”んや」
夜の園内に、観覧車の動く音だけが、やけにゆっくりと響いていた。
「ミサは……最後にこの観覧車に何かを残した」
「なんでそんなことがわかるの」
「サーバールームから追いかけてきたのはここに連れてくるため。あの影に少し触れた時に見えたんや。ミサの記憶がな」
次回予告:第6話「観覧車の中の声」
ナオとあやめは、“最後にミサが乗った”という観覧車のゴンドラへと向かう。
そこには、誰も知らない“記憶の残骸”が閉じ込められていた──。
観覧車が頂点に達したとき、ナオは“かつて人間だったもの”と対話する。
そして明かされる、このパークの実験の真実とは……。