第4章【第5話:廃アトラクション“鏡迷路”の中で】
第5話:廃アトラクション“鏡迷路”の中で
夜の園内。古いアトラクションの一つ「鏡迷路ーミラーハウスー」は、塗装の剥がれた壁面と割れかけたガラスが月明かりに鈍く光っていた。
立入禁止の札は風に揺れ、かすかな金属音を響かせている。
「……ここ、もう二度と来たくなかったのに」
しおりは呟き、足を止めた。
ナオは振り返る。
「知ってる場所なのか?」
彼女は頷き、視線を逸らした。
「……3年前、私……この中で迷子になったことがあった。でも、それだけじゃない。どこを進んでも同じところに戻ってきてた。友達どころか周りに誰も居なくなった」
声が震える。
「そして出口を探してたとき、ガラスの向こうに……泣いてる子を見たの。助けを呼ぼうとしたけど……私、逃げた。私、怖くなって……」
ナオは息をのんだ。
それは単なる記憶ではなく、罪悪感として彼女を縛り続けてきたものなのだろう。
二人が一歩足を踏み入れた瞬間、扉が背後で音を立てて閉まった。
館内は闇に包まれ、かすかな光が複雑に反射している。
足元から冷気が這い上がり、鏡に映る自分たちの影が、奇妙に歪んで揺れていた。
進むたび、ナオは違和感を覚える。
パークが少しずつ写し出されていた。
鏡の中のパークは……昼間の喧騒ではなく、誰もいない廃墟のような姿を映している。
折れた観覧車。枯れた花壇。沈黙したメリーゴーラウンド。
息を呑んだそのとき、鏡の中の自分が、動きを止めた。
「……おい」
呼びかけても、鏡の中の“ナオ”は反応しない。代わりに、ゆっくりと口を開いた。
『ここは、もう一つのパーク……忘れられた方の世界だ』
耳の奥で、誰かの笑い声が響く。
あの青年の声だった。
脳裏に映像が流れ出す
──黒瀬がこのパークの責任者になった時の姿
──黒瀬が責任者になる前のファンタジアランドの設計図
この設計図は……あのコースターの場所に観覧車がある。
黒瀬が観覧車の場所を変えた。実験のために。
鏡の中の背景が変わり、火に包まれる園内が映し出された。
その炎の中に、しおりが姿で立っている──泣いている──。
──ごめん、ごめんね、大人の人呼ぶからね
──迷路は火に包まれいく。
──熱い。暑い。あついよ……。白いワンピースの女が燃えていく。
──火事をきっかけに地下から逃げてきた何人かの子どもや白いワンピースの女。
……どの人も目が無い。
──壁にぶつかり、血を流しながらやみくもに火の中を逃げ惑う子どもたち。
しおりが見たのは、この時逃げてきた白いワンピースの女やったんか。
そうか……。今までも何度か見た“目の無い人”。
あれは───
全部……逃げられへんくするように、目を取られてた被害者やったんや。
──痛い……痛いよ……
「……やめろおおお!」
ナオが鏡を叩くと、景色が波打ち、闇が迫ってきた。
気づけば、彼は元の鏡迷路の中で膝をついていた。
だが、足元には灰が一面に散らばっている。
天井から、あの日の火事の匂いがする気がした。
しおりは、蒼白な顔でナオを見ていた。
「……見たのね、あの日を」
その時、鏡の奥から、小さな手がガラスを叩いた。
泣き声が、はっきりと聞こえる。
しおりの顔色が変わった──。




