第3章【第1話:バルーンを離した日】
【第3章:午前11時の境界線】
第1話:バルーンを離した日
夏休みのピーク。テーマパークは家族連れでにぎわっていた。
片桐ナオは、ふだんの巡回業務に加え、「こども案内」の応援に駆り出されていた。
汗をぬぐいながら園内を歩いていたその時──
観覧車の前で、小さな女の子がしくしく泣いていた。
「……ふうせん、いっちゃったの」
手には、ほどけたリボンのついたバルーンの紐。
どうやら誕生日に買ってもらった特別なバルーンを飛ばしてしまったらしい。
「お母さんとはぐれたん?」
ナオが声をかけると、女の子は首を振った。
「……おかあさん、いないの。おそらにいるの」
ナオはハッとする。
女の子の背後、陽炎のように揺れる空気の中に、白い日傘をさした女性の残像が見えた。
(あかん……この子、誰かに呼ばれてる)
ナオの第六感が、静かに警鐘を鳴らす。
バルーンは“偶然”ではなかった。
空へと放たれたのは、少女の“気持ち”そのものだったのだ。
「ほんとはね……きょう、来るはずじゃなかったの。
でも、夢でおかあさんが“おいで”って言ったの」
ナオはしゃがみこんで、目線を合わせる。
「そのふうせん、君の気持ち、ちゃんと運んでくれたと思うで」
少女は、不思議そうに首をかしげた。
「バルーンって、そういうことできるの?」
ナオは笑ってうなずいた。
「せやで。心がこもってたら、空に届くんや。
……そやからな。君の“想い”も、きっと──」
その瞬間、ナオの肩に何かがふれたような感覚。
振り返ると、白い日傘の影が、すっと揺れて──消えた。
「……いま、ママが“ありがとう”って言った気がする」
少女は、ぽつりとつぶやいた。
ナオは小さくうなずき、少女の手をそっと握る。
「バルーンはな、“おかえり”の合図かもしれへん。
もう大丈夫や。ほな、いこか」
その手は、まだ少し震えていたけれど──
ナオのとなりで、少女は確かに前を向いた。
次回:「第2話:赤いレインコートの子」
晴天の遊園地に、突然現れた“雨具姿”の子ども。
彼がずっと探していたのは、過去に“置いてきた何か”だった──




