第2章【最終話:陽だまりの観覧車】
最終話:陽だまりの観覧車
夏の午後、空にゆっくり回る大観覧車。
その最上部は、パークでいちばん高い場所。
風が心地よくて、どこか別世界にいるような感覚になる場所。
「観覧車のてっぺんで、たまに“誰か”が座ってるって噂、知ってる?」
そう言って、スタッフが見せてくれた写真には、
誰も乗っていないはずのゴンドラに、ぼんやりと少女の姿が映っていた。
ナオはそのゴンドラに乗る決心をする。
「……ほんま。この観覧車には人の想いがいっぱい詰まっとるんやな」
閉園前、最後の一周。
誰も乗らない時間帯に、特別に一人で搭乗した。
ゆっくりと空へ登っていくゴンドラの中。
景色を見ていると、窓ガラスの反射越しに、ふわっと現れた女の子が自分の向かいに座っているのが見えた。
白い帽子に、紺色のワンピース。
その子は、どこか不安そうにナオの顔を見つめていた。
「ここから見たら、家が見えるって……パパが言ってたの」
少女はそう言って、窓の外をじっと見つめていた。
「でも、探しても見えへん。おうち、どこ?」
ナオは黙って、その隣に腰を下ろす。
そして、自分のスマホで地図アプリを開いた。
「ここからなら……きっと、あの川が見えるやろ?川のむこう、ちょっと森があって……その奥に、住宅街。君の家、そこにあったんちゃう?」
少女ははっとして、指を伸ばした。
「そう、それ!あれ、あたしの……!」
その瞬間、彼女の瞳に涙が浮かんだ。
「でも、帰れないの。約束、守れなかったから……」
ナオは、少女の言葉に首をかしげた。
「なんの約束?」
少女は小さなリュックから、古びた手紙を取り出した。
そこには、走り書きのような文字でこう書かれていた。
「今度のお休み、パパと観覧車にのろうね!だいすき!」
「お父さん……事故のあと、ここに来れなくなったんやろな」
ナオはそっと微笑んだ。
「せやけど、君はちゃんと待ってたんやな。えらいな」
ゴンドラが最上部へ達したその瞬間──
遠くの園内にあるベンチに、一人の中年男性が腰かけているのが見えた。
ナオは、少女の手を取り、優しく語りかける。
「見えるか?あそこ。あの人、きっと……君に会いに来てる」
少女の瞳が潤む。
「ほんとに? あたし、ちゃんと……ここで待ってたよ、って……伝わる?」
「伝わるさ。残像でも、影でもない。君は、ちゃんとここにいた。誰かがそれを見て、思い出してくれるなら……それが“生きてる”ってことや」
少女は、ふっと微笑んだ。
「ありがとう、おにいちゃん」
ナオの手から、少女の体温がすうっと消えていく。
それは冷たさではなく、春風のような温かさだった。
観覧車が地上へ戻ると、ゴンドラにはもうナオ一人だった。
だが、スタッフが入口で不思議そうに言った。
「さっき、遠くから観覧車見てたんですけど……。最上部で、なんか、すっごい陽だまりみたいに光ってたんですよ。まるで、誰かが手を振ってるみたいに」
ナオは振り返って、最後にもう一度、観覧車を見上げた。
そこには、誰もいないはずのゴンドラが、きらきらと夕日に照らされていた。
〈シリーズ完〉
「君の残像を乗せて ―陽だまりの迷子たち―」
あなたが忘れなければ、
きっと、彼らはそこにいる。




