第2章【第9話:影のトンネルをぬけたら】
第9話:影のトンネルをぬけたら
パークの裏手にある、ほとんど使われなくなったトンネル。たまにその存在を知っている人が休憩で行く程度の場所。
古い装飾が剥がれかけているそのトンネルは、スタッフのあいだで**“影が増える”**という噂が立っていた。
「ひとりで通ったはずなのに、出口で自分の後ろにもうひとつ影があったって話、知ってます?」
ナオはその噂を聞いて、昼のうちに現地へ向かった。
トンネルは短く、10メートルほどの半円形の通路。
だが、入った瞬間から空気が変わった。
光が吸い込まれるような、異様な静けさ。
ふと、ナオの横を風が通り過ぎ──
次の瞬間、誰かの足音が、ナオのすぐ後ろに響いた。
(誰か、おる……)
ナオは一歩下がり、振り返る。
でもそこには、誰もいない。
ただ、自分の影のとなりに、もうひとつの影が並んでいた。
その影は、明らかに少女のもの。
おさげ髪が、ゆらりと揺れている。
ナオはトンネルを出た。
その瞬間、影はふっと消えた──と思ったが、視界の端に、女の子の姿が見えた。
「……ついてきてたんやな」
少女は8歳くらい。制服のような服を着て、手には色あせたパスケース。
名前が読める。「ゆづき」と書かれていた。
だが、その顔はナオの方を見ていない。
目線の先には、ベンチに座る父親らしき男性がいた。
彼はパンフレットを見ながら、ポツンと独り言をつぶやいていた。
「……ごめんな、ゆづき。約束、守れへんかったな……」
ゆづきの身体が、ぴくりと揺れる。
ナオに小さく語りかける。
「行きたかったの。わたし、ほんとは……いっしょに、来たかったの」
「ゆづきちゃん。それ、貰ってえぇか」
ナオは、父親に歩み寄ると、そっとポケットから出したパスケースを渡した。
「これ、たぶん……娘さんの、ですよね」
父親は驚いた顔をしたあと、震える手でそれを受け取った。
中には、小さなメモが挟まっていた。
「つぎにここへ来たら、いっしょにトンネルくぐろうね!」
父親の頬に、涙がつーっと伝った。
「ゆづき……お前、まだ、ここにいたんか……」
その言葉に応えるように、少女の姿がナオの横に浮かび上がった。
そして、ゆっくりと父親のほうを向き、微笑む。
ナオには、彼女がうなずいたように見えた。
──次の瞬間、彼女の姿は、光の中に溶けていった。
ナオの足元の影は、ひとつだけだった。
その場を後にする。
「また一緒においでや」
次回:最終話「陽だまりの観覧車」
テーマパークのいちばん高い場所。観覧車の最上部で、少女の“最後の願い”が浮かび上がる。
ナオがそこで見たものとは──




