第2章【第3話:空席のメリーゴーランド】
第3話:空席のメリーゴーランド
2025年7月15日 火曜日
そのポニーだけが、うつむいていた。
園内のメリーゴーランド「サンライトキャロセル」は、今日も音楽に合わせてゆるやかに回っていた。
子どもたちの笑い声、保護者のシャッター音。太陽はきらきらと地面を照らしている。
だが──
ナオは、その中に「動いていない一頭のポニー」があることに気づいた。
束ねた糸で作られた金髪のたてがみがふわりと風に揺れている。
だが、まるで心を閉ざしたように、首をかしげたまま静止していた。
「整備ミス……ってわけやなさそうやな」
メリーゴーランドは全体が機械制御されている。
一頭だけ止まるなど、本来ありえない。
ナオはアトラクション担当の人に少し声をかけ、中に入ってそのポニーにそっと手を触れた。
冷たい、けれどやさしい空気が、彼の指先に流れ込んだ。
──子守唄が、聴こえた。
【♪らーらー おやすみ、まわるおうま】
【♪わらって のって またね って】
声は小さな少女のものだった。
切なさの混じった、けれどどこか穏やかな歌。
ふと、ナオは足元に目を落とす。
そこには、古びた小さなヘアピンが落ちていた。
バックヤードに戻ると、ナオはパークの「落とし物データベース」を開く。
そして見つけた──
3年前、メリーゴーランド周辺で拾得された“うさぎのヘアピン”。
届け出をしたのは来園者の「春野 るい(当時6歳)」。
「……また3年前や」
春野るい。記録上は「保護者とともに退園」となっていた。
けれど、その後の連絡先が空白になっていた。
ナオは再びポニーの前に立った。
そこには、誰も乗っていないポニーに──
小さな、少女の幻影がうずくまっていた。
「……ごめんね。ままがね、わたしをおいてねさきにかえっちゃったの」
声は震えていた。
「でも、わたし、こわくなかった。おうまさんが、いっしょにいてくれたから」
そのとき、メリーゴーランドがほんのわずかだけ揺れた。
動いていなかったポニーが、一瞬だけ首を上げたように見えた。
ナオはそっと、ポニーのたてがみにヘアピンをはさむ。
「……るいちゃん。あんた、がんばったな」
少女の姿は、風にふわりと溶けていった。
次の瞬間、止まっていたポニーが音もなく他の馬たちと同じ速度で動き出した。
子どもたちの声が、再び響き渡る。
次回:第4話「ショータイムの裏で」
昼のメインステージで、演者たちが何かに“見られている”という異変が続発。
その視線の正体は、ある“未完成の演目”にまつわる哀しい記憶だった──。




