第1章【第1話:消えた悲鳴】
【第1章:メモリーパーク】
第1話:消えた悲鳴
遊園地の閉園時間というのは、まるで夢が終わった後の世界みたいや。
アナウンスが終わり、明かりが徐々に落ちていく。笑い声や叫び声の残響が、どこか遠くへ流れて消えていく。
片桐ナオ、30歳。
仕事はテーマパーク『ファンタジアランド』の巡回員。退勤後はその裏側を帰宅へ向けて静かに歩く時間が好きだ。かれこれ10年くらいはここで仕事している。
とはいえ、ちょっとした“裏の顔”も持っている。
──人やモノに触れると、たまに「感情の残りカス」が見える。そのせいか人じゃない者も見えるようになった。
それが第六感と呼べるかは知らん。でもこれがあるおかげで、パーク内の“変な出来事”にはよく巻き込まれる。
この日も、そうだった。
午後9時12分。閉園後のことだった。
ナオは「マジカル・フォレスト」エリアの巡回中、奥のアトラクション『迷いの森』のあたりから奇妙な声を聞いた。
──「やめてっ……!」
一瞬だった。でも確かに、生々しい少女の悲鳴やった。
周囲を見渡しても、客はもうどこにもいない。スタッフも閉園作業で他のエリアに行ってる。
ナオはゆっくりと『迷いの森』の扉に近づいた。このアトラクションでは1ヶ月前に失踪事件があった。警察が長めの期間で操作で立ち入ることになり、そもそも老朽化もしていたため、その時から休止中となっている。中には誰も入れん……はず。
ギィ……。
鍵は、かかっていなかった。
中に足を踏み入れた瞬間、空気がピリついた。
湿った木の香り。造花の森。誰もいないはずの空間に、妙な気配だけが漂ってる。
ナオは足元に何かが光るのを見つけた。
それは、小さな銀の指輪やった。名前も刻まれてる。
しゃがんで拾い、そっと親指でなぞる──。
次の瞬間、視界が歪んだ。
──真っ暗な通路。走る少女。
──誰かが追っている。「返して」……女の声。
──何かが、割れた音。悲鳴。闇に消える影。
「……こら、アカンやつやな」
ナオは息を吐いた。
これは単なる落し物やない。
何かが、このパークで起きた。
しかもそれは、今も続いてる最中かもしれん。
そのとき、背後で木の枝が「バキッ」と折れる音がした。
振り向くと──そこには、誰もおらん。
……いや、ちゃう。
足元に、確かに少女の足跡が、濡れた床に残っていた。
まるで今さっき、そこに立っていたかのように──。
少女の足跡は5歩分ほど続いていたが、アトラクション内の壁の手前で消えていた。まるで途中で溶けるように。
「気配だけ残して消えるんは、ほんま厄介やわ」
ナオは拾った指輪をポケットにしまい、館内の緊急インカムで警備室に連絡を入れた。
「……すまん、片桐ですけど。『迷いの森』で、不審音と落し物。あと、侵入の痕跡あるかもしれへん」
『またか』という沈黙のあと、女性警備員の声が返る。
「……了解。そっち向かう」
その声の主──警備員・三田村あやめ。
30代前半。元警察官で、パークの安全管理チームに途中入社してきた異色の存在。
しばらくして、懐中電灯を片手に、あやめが到着する。
「例の“霊感センサー”が反応したってやつ?」
「せやな。今回はビンビンやわ」
ナオが状況を説明しながら、さっき視た残像を口にすると、あやめは軽く眉をひそめた。
「落とし物って、これ?」
彼女が指輪を受け取り、警察風にビニール袋へ。
「捜索記録に載せるわ。……でも、閉園後に侵入ってのは気になるわね。そもそもこの施設、1ヶ月前の事件以来ずっと閉鎖中のはず」
ナオの目が細くなる。
「事件って、あれやろ。スタッフの“行方不明”事件」
「……社内では“急な退職”扱いだけどな」
あやめは低くつぶやき、館内を懐中電灯で照らしながら歩き出した。
「私はあの件、納得してない。誰かがわざと記録をごまかしてる。データが途中で飛んでるんだよ」
ナオはあやめの背を追いながら、自分の手のひらに残る「少女の記憶の感触」を思い出していた。
そのとき、館内のスピーカーが「ブツッ」とノイズを立てた。
《……たすけて……》
二人は顔を見合わせた。
「今の、聞こえたか?」
「……ああ。録音やない。今、この建物の中に“誰か”おる」
ナオの指先がまた震え始めていた。
その震えは、第六感が何かに近づいている証拠だった。
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次回予告:「第2話:消えたスタッフと、夜の来訪者」
ナオとあやめは、過去の失踪事件と今回の声の関係を追い、かつて『迷いの森』で働いていた元スタッフの家を訪ねるが、そこには予想外の証言と、「指輪に刻まれた名前」に関する驚くべき事実が待ち受けていた──。