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激辛カレーと嘘の勇者

作者: 秋桜星華

しいなここみさまの、「華麗なる短編料理企画」参加の一品です!

「おお、異界の者たちよ。其方らは勇者候補に選ばれた」


 目を開けた視界に入ってきたのは、豪華な玉座、並ぶ家来、そしてエラそーな王様だった。


 ――くそ国家三銃士じゃねぇか。


 俺は毒づいた。


 なんでこんなことに。


 それは、空気を読める社畜、つまり俺が会社帰りの横断歩道を歩いていた時のことだった。


 突然目の前が光に包まれたと思ったら、こんなところに移動していた。


 周りには、俺と同じ立場らしき人たちが並んでいる。


 制服だったり、スーツだったりと、服装はまちまちだ。


 そして、目の前にあふれるくそ国家感。


 ――逃げてぇ。


 そして目の前の王様は「我が国のよさ」について滔々と語っている。


 しらねぇよ、お前の国の農業とか。


 第一、それだけ充実してるなら、「勇者」なんて召喚しなくてもいいのでは……?


 なんて思ったけれど、顔には出さない。


 俺は、空気の読める社畜だからな。


 なんて思っているうちに、王様の議題が勇者のことへと移った。


「其方らの中から、誠実で勇気溢れる者を勇者とするため、選定の儀を執り行う」


 ……選定の儀?何だそりゃ。呼び出した側は選定とかせず、「お願いします」だろ。


「選定の儀では、我が国に伝わる“誠実の器”を用いる」


 王の声にあわせて、給仕のような服装の兵士が一人、盆を持って現れた。


 その盆に乗っていたのは、カレー専門店とかで出てきそうなカレーを入れておく器、グレイビーボートだった。


「誠実の器の中には、”黄金の液体”が入っている。それを飲み干すがよい。其方の勇気が試される時ぞ」


 まぁつまり、黄金の液体っていうのはカレーで、それを飲み干せっていうことか。


 最初の一人が、器を手に取った。


 香りはどこか本格的で、スパイスがきいているようだった。


 一口飲んだ瞬間、男の顔が引きつり、次の瞬間――



 グレイビーボートは手から滑り落ち、床にぶちまけられた。


「不誠実な者は、器に拒まれるぞよ」


 王の言葉に、家来たちが神妙な顔でうなずいている。


 いや、ただ辛いだけだろ。


「辛く感じないことこそ、純粋な証。落としてしまうような辛さということは、心が汚れているということぞ」


 次の挑戦者も、やはりダメだった。


  「うおぉぉおおっッッ!!」と叫びながら床に転げ回り、失神。


  周囲の家来が「あれはきっと、心の闇が深かったのだろう」などと頷いている。


 ――いや違うだろ。


  あの量のスパイスに、胃腸が物理的に反乱起こしただけだって。


 その次の挑戦者は、飲んで、飲み込むまで耐えた。


 でも、そのあと「辛い……」とつぶやいたのがいけなかった。


 王様は「カレーに対して不誠実」と言って、その人は失敗した。


 勇者にさせない理由としてそれはどうかと思う。


 挑戦者はカレーをすぐに口から消し去りたい一心で飲み込んでいる。


 カレーはやはり飲み物かもしれない。


 さらに一人、さらにもう一人と試すが、結果は変わらない。



  顔を赤くして涙目になったやつが「なんで……誠実に生きてきたのに……!」と崩れ落ちた時は、さすがにちょっと同情した。


 ……俺の中で、確信が生まれていた。


 これは、誠実さのテストなんかじゃない。俺が、証明して見せる――


「次、そなたの番ぞ」


 俺は、グレイビーボートを手に取った。


 中には、凶悪な液体――もとい、激辛カレーライスが入っている。


 ここで、「無理です」とでも言えたらな。


 まぁ、空気を読む社畜には到底むりさ。


 ……つまり、選択肢はひとつしかない。


 俺は、カレーを一気にあおった。


 ――ッッッッッッ!!!


 舌が、焼けた。



  口内の神経が「このままでは命に関わる」と判断したのか、感覚が吹き飛ぶ。


  胃も「話が違う」と言わんばかりにリバースしそうだ。


 それでも、顔には出さない。


 間違いなく今、俺の空気読める社畜スキルが発揮されていると思う。


 水も飲まずにすっと器を戻す俺を、王様も家来たちも食い入るように見つめていた。


「……おお……なんということぞ……!」


 王が立ち上がった。


「器が……拒まず……むしろ満足げに……」


 器が満足とかあるのかよ。絶対適当だろ。


「見よ、この者こそ誠実と勇気の象徴……真なる勇者ぞ!!」


 周囲がどよめき、拍手が巻き起こる。「素晴らしい愛国心だ!」なんて言葉も聞こえてくる。


 ……今日この国にきたばかりなのに、愛国心もクソもねぇよ。


 兵士たちは深々と頭を下げ、家来たちは涙ぐんでいる。


 ……そんな盛り上がることか?


 まぁとにかく、俺はこの国の手駒としてふさわしかったんだろう。


 顔に出さないとことか。


 もちろんカレーはただのカレーで、器なんてでまかせだ。


 いや、わかるよ?


  俺が勇者ってことにすれば、この茶番も一応、落とし所にはなる。というか、こんなことをしている時点でそうする気満々だったんだろう。


 ――この国、まじでやべぇな。


 心の中の俺が肩をすくめる。


 自分の国のことを、勇者とかいう存在に任せて。


 人を呼び出した挙句選別して。


 しかも選別では自分たちの洗脳にかかってくれそうな人を探して。


 予想通りくそ国家じゃねえか。


 勇者として前に出ながら、俺は思っていた。


 別に、勇者になりたかったわけじゃない。


 なんてことはない、俺には誰かの下で労働することしかできないのさ。


  あと、権力の傘の下ってなんだかんだ楽なんだよな。


 強いやつに従っておけば、自分の責任にならない。


 どんなことを押し付けられても、社畜生活よりはましだろう。


  そう、会社と同じさ。責任をとる存在となってくれるんだから。


 でも、社畜のほうがお金もらえるからましか?


「この者に祝福を! 勇者よ、希望の光となれ!」


「光とかムリっす……」とは、もちろん口に出さない。


 俺は、どんなことでも飲み込んでへらへらするのが得意なプロ社畜だからな。



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― 新着の感想 ―
そこにいる愛国心に溢れた皆様に黄金の液体を流し込んであげたい。 それはもう、無理矢理にでも。
元の世界でも、社畜って勇者なのかも、と思ってしまいました。この後、どんなクエストが待っているんだろう?
一皿いただきました。 王様による勇者選定の鬼畜の所業、 「褒美におかわりをつかわす」 なんて言われなくてよかった(笑)。 デス激辛カレーですな、米なしナンなし飲み物なしの、まさに地獄絵図・・・恐ろ…
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