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2章の3  虎虎は老人に出会う

「虎虎、十郎がびっくりしていなくなったみたいだ」

「十郎が?」


 言われて虎虎は鼻をひくひくさせた。


「本当だ。どこにもいない」

「わかるのか?」

「うん。十郎の匂いが消えたから」


 虎虎は生真面目な顔でそんなことを言った。動物だから、鼻がいいこともあるのだろう。

 その時だった。

 ふたりの目の前の街道を、大きな荷物を抱えた、道士風の風貌の白髪の老人が歩いていた。晨風は慌てて声をかける。


「運びましょうか。どちらまで行かれますか?」

「ああ、すまんねえ。船着き場まで頼めるかい」


 老人はふたりを振り返ると、嬉しそうに晨風に荷物を預けてきた。虎虎はと見ると、目を丸くして老人を眺めていた。瞳孔が小さくなっている。虎のときも、たまにこんな表情をしているな、と思う。驚いている表情のようで、そんなときは、ぴくぴく耳を動かしたりする。


「虎虎、おまえはここで十郎を待っていなさい」


 晨風が声をかけると、虎虎は我に返ったように首を振った。


「僕も行く! 兄さん、僕にも持たせて」

「大丈夫だよ」


 追いかけてくる虎虎に微笑み返して、晨風は歩を進める。

 虎虎がついてきたいのなら、それでもいいか。

 船着き場まで四半時もかからないし、自分たちの荷物もそのままだから、十郎も客舎に戻ってきたなら自分たちを待っているだろう。逆に、川まで歩いてみたら、出会えることもあるかもしれない。

 虎虎は飛び跳ねながらそばについてきた。


「おじいさんは、都城から来たんですか?」


 大きな荷物はそのせいに違いない。かつての都城は商業も盛んだった。かつてのように再興したなら、色々と買うものが多そうだ。


「都城?」

「ああ、旧都でしたっけ」


 十郎は都城と呼んでいたが、彼らが向かっている先は、旧都と呼ぶ人の方が多いようだ。かつては隣国領だった、現在の都城と混同してわかりづらいからだろう。


「いやな雰囲気があったから、寄らなかったよ。ふたりとも旧都に向かうのかい?」

「そのつもりですが」


 晨風が答えると、老人は首を振る。


「悪いことは言わない。今すぐ帰った方がいい」

「どうしてですか?」


 行くか逡巡していた自分の心を見抜かれた気がして、晨風は尋ねた。


「あそこは不吉な気配が漂っている。死の気配が強い。なんだか、誰も生きていないような、がらんどうな空気がある」


 晨風は虎虎の顔を見た。行くか行かないか悩んで、行くと決めてここまできたのだ。

 しかし虎虎は、だしぬけに関係ないことを言った。


「ねえおじいさん、おじいさんは虎でしょ?」

「やっと気づいたかね」

「?」


 その声にびっくりして晨風が振り返ると、そこには美しい白い毛の虎が立っていた。


「やっぱり!」


 虎虎も嬉しそうに飛び跳ねて、虎の姿に戻ると鼻先を押しつける。どうやら人気のないところまで、聞くのを我慢していたようだ。

 川の手前の草原で、二頭の虎はしばらく嬉しそうにじゃれあっていた。

 そういえば、都城に行くと決めたときも、彼が気にしていたのは仲間に会えるかどうかだったのを思い出した。

 彼にとっては、初めての仲間だ。

 晨風はぼんやりと二頭を眺める。もしかしたら虎虎は、こんなふうに仲間と暮らすのが一番いいのかもしれない。自分は書堂に通わせたり、人前では人間の姿から変わるなと教えたりしてきたが、もしかしたら、そんなことはみな彼を人間にしようという自分の押しつけだったのか。


「兄さん!」


 四半時はじゃれあってから、虎虎と老人が戻ってきた。

 虎虎は名残惜しげに、老人に抱きついている。


「おじいさん、元気でね」

「なあ、虎虎──」


 晨風が口を開くのと、老人が口を開くのは同時だった。


「どうだね、坊や。わしと一緒に来ないか。虎は群れるもんじゃないが、おまえはまだ若いし。どうやって生きていけばいいか、困ることもあるだろう」


 虎虎はばっと顔を上げて、老人を見た。


「おじいさん、ありがとう!」


 明るい虎虎の声に、胸に痛みが走る。

 しばらく一緒にいて、虎虎に愛着はある。かわいいし、手放したくないのは事実だ。だが、自分のために彼を縛ってはいけない。


「でも、行かない。僕は兄さんと一緒にいたいから。また、会えるかな?」


 老人はちらりと晨風を見る。


「人間と旧都に行くのかい」

「うん。兄さんが行くところなら、どこでも」


 老人は軽く肩をすくめた。


「そうか。坊や。また、いつでも呼んでくれ。ほら、これをやろう」


 老人は懐から紙片と筆を取り出すと、何かを書きつけた。紙片がそのまま蝶のように舞う。


「……?」


 晨風は思わず目をみはる。道士のような雰囲気がある老人だったが、本当に術を使うのか。ずいぶんと人間らしい人虎だ。

 虎虎はぱっと跳躍して手を伸ばすと、それを捕まえた。

 その紙はとらえられた蝶のように、虎虎の手の中でばたばたとしている。


「すごい、動いてる!」

「それを離したら、わしのところに帰ってくるからな。困ったことがあればそれでわしを呼びなさい。気をつけてな」

「ありがとう!」


 笑顔の虎虎は、残りの船着き場までの道のりに、老人の荷物を運び、船着き場で姿が見えなくなるまで手を振っていた。


「なあ、虎虎。おまえは仲間と一緒にいた方がいいんじゃないのか」


 さびしそうな虎虎の後ろ姿に、晨風は尋ねる。さっきの老人は、虎は群れないと言っていたが、虎虎は親兄弟ともほとんど一緒にいなかったのだし、少しは仲間と一緒にいたほうがよいのではないか。


「ううん、大丈夫。会いたいときに、会う方法は教えてもらったから」


 それに応えるように、虎虎の手の中の紙が羽音を立てた。

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