2章の2 李晨風は十郎のまなざしに気づく
「兄さん、兄さん」
繰り返し呼ばれて、晨風は目を覚ました。薄目をあけると、虎虎からもらった赤い鳥の羽根が視界に入る。
その後も頻繁に悪夢を見るので役に立っているのかは疑問だが、虎虎は見つけるたびに届けてくれるので、もらったものは全部そばに置いて寝ている。
横向きで寝ている晨風の左頬に、ぴたぴたと舌が触れている感覚があった。ずっしりと体が重い。自分の上に虎虎が乗っているのだ。
また夢を見ながら泣いていたのだろう。虎虎は、自分が泣いているとこうして頬を舐めている。心配させないようにしたいのだが。
「大丈夫だよ、虎虎」
ぼんやりと半分覚醒しない頭のまま手を伸ばすと、頭を撫でた。
いつものように、ふかふかした手触りがない。人間になっているのだろうか。
「虎虎、気持ちは嬉しいけど、その格好で人間を舐めてはいけないよ」
ときどき、自分がどちらになっているのかわからなくなるのだろう。仰向けに寝返って目を開けると、金に光る瞳と目が合った。
「だって他の人間がいるときは人間でいないといけないって。兄さん言ったよね」
まっすぐにそう言われて、晨風は突然思い出す。
そうだ、自分と虎虎は、二週間前から十郎と一緒に旅に出ていた。客舎の空きがないと床だけ提供されて、一緒に三人でごろ寝していたのだ。
「ああ、十郎は?」
「あっち」
慌てて身を起こして、虎虎が目をやった方向を見る。
そこには、顔を真っ赤にした十郎がいた。
しまった。
ささやくように話していたから、こちらの声は聞こえていなかったようだが、それはそれで困る。虎虎といつもこんなふうに寝床で睦み合っているように見えるし、確かにこれに似たことはいつもしているのだが、それは虎虎が虎だからだ。とはいえ、彼が虎だと十郎に伝えることもできない。
どうしたらいいか気持ちが決まらないまま、立ち上がって衣服の襟元を整えて、十郎の元へと歩く。
「あー、十郎。おはよう」
そう言いながら、なんと言えばいいのかはよくわかっていない。まあ寝ぼけていたとか、そんな風にごまかすしかないのだが。
「お、おはようございますっ。あ、あのっ、李さま、もしお嫌でなければ、私にも触れていただくことは叶いませんか?」
「はい?」
思わず晨風は少年を見る。少年は顔をいよいよ赤くして、彼を見ている。
なんとなく、気になるところはあったのだ。彼はこの旅路で、やたらと顔を赤くして、晨風を見ていることが多かった。まさか自意識過剰だと思っていたのだが、なんの心当たりもないが、この様子はもしや、自分に懸想しているのでは……。
「いっいえ、なんでもありません!」
自分の視線に堪えきれなくなった様子で、少年は外に駆け出していってしまう。
「十郎、ちょっと待って」
晨風は慌てて服を整えて追いかけたが、客舎の外に出ると十郎の姿はどこにもなかった。左右を見ても、街道がただ続いているだけだ。
「どうしたの?」
のんびりと、寝間着のままの虎虎が後ろから覗き込んでくる。