1章の4 李晨風は人虎と出会う
雨の日は物想いを呼び起こす。指先は琴の絃に触れているが、気持ちは漂っている。
その日の晨風には、いつもと違う悩みごとがあった。足元でのんきに転がっている、あの子虎だ。楽しそうに自分の服の裾に噛みついたり跳んだりしている。
あのままでは死んでいただろうが、さてどうしようか。
牛の乳を与えていたが、いつまでもそういうわけにはいかないだろう。
肉も、市で買うことはできるだろうが、そのうち人間以上に食べるようになるだろうし、自分は虎に狩りも教えられない。
気軽に連れてきてしまったと反省しながら考える。死ぬしかなかったとしても、自然の理に任せるべきだったのだろう。
家族を失い傷ついた子虎に肩入れしてしまった自分が間違っていたように思うが、今さらこの小さな獣を放置するわけにもいかない。
そのときだった。
突然足元から、幼い少年のような笑い声が響いた。
台の下を覗き込むと、五歳くらいの全裸の少年が座っている。
いったい、この子供はどこから現れたんだ?
目が合った。その瞬間、子供は嬉しそうに立ち上がると、台の下から抜け出した。不思議そうに自分の手足を眺めた後、何度か跳ねると、突然全速力で部屋を回り始めた。
「ちょっと、きみ。走り回らないで。どこから入ったんだ?」
晨風が声をかけると、彼はぴたりと動くのをやめた。
「おいで」
手を伸ばすと、それに反応したかのように、少年は彼の元に寄ってくる。
そのつぶらな瞳が、一瞬金に光る。既視感を覚えた。
「虎虎!」
少年は嬉しそうに言った。はきはきして元気な声だ。いや、それより今何を言った?
「……虎虎?」
晨風が耳にした単語をおそるそる口にすると、彼は頷く。
「虎虎!」
もう一度力強く言われて、足元を見る。そういえばさっきまで足元で転がっていた子虎はどうしたのだろう?
「ちょっと待って。きみが虎虎なのか?」
答える代わりに少年は飛びついてきた。思わず抱きとめると、ふわふわとした手触り。この毛深さは、人間ではない。
晨風が恐る恐る自分の腕を見下ろすと、自分に抱きついているのはさっきまで足元にいた子虎ではないか。
「虎虎、おまえまさか、人虎なのか?」
腕の中の子虎は答えない。その代わり、甘えるように喉を鳴らした。