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4章の3 李晨風はあたたかい接吻をする

「兄さん!」


 晨風が目を覚ますと、目の前に人間の姿をした虎虎がいた。だらしなく開いた胸元は、虎の姿から戻って、慌てて適当に服を着たせいだろう。その胸の中に、自分が抱かれていることに気がついた。


「あのね、兄さん。僕はさ、あいつのせいで兄さんが人間がきらいだって言ったよね。でもさ、兄さんが人間がきらいなのって、あいつのせいだけじゃないんだよね。戦いとか、色々あったって、あいつが言ってた。色々あって、仕方がなかったのかもしれないのに、何も知らない僕が生意気だった。ごめんね」


 ひどく反省した様子で、虎虎は言った。あたたかい気持ちが胸に流れ込む。

 晨風は虎虎の首に手を回した。そのままぎゅっと抱きしめる。人間の姿をしているが、夢の中と同じ、あたたかくて、やわらかな存在。

 そのまま、そっと唇を寄せると、その唇に触れる。息をのむ気配が伝わってきた。

 あの死のしるしのような少年の唇とは違う、あたたかい感触。


「兄さん……」

「人間でも虎でも大丈夫だよ、虎虎。ごめん。おまえはおまえだった。いいよ、ずっと一緒にいよう」


 そう言って晨風は虎虎の頬を撫でた。虎虎が何か言おうと口を開いたとき、頭上から甲高い笑い声がした。晨風が天井を見上げると、また赤と青の羽根が舞い落ちてきた。


「地震か?」


 天を見上げて、晨風は思わず口にした。天井の一部がなくなっている。破壊された、とでもいうのか。

 しかしよく見ると、天井のなくなったところから羽根が落ちてきている。まるで、羽根が天井を破壊しているようだ。


「この天井は……?」


 天井を見続けていると、実際に羽根が天井を破壊しているらしいことがわかった。しかしそのわりに、床に被害がない。


「おふたりさん。いずれここも消滅するぞ。怪我はないだろうが、覚悟はしておきなさい」


 突然声をかけられて、声のする方を見る。晨風は初めてその場に、自分と虎虎以外の人物がいることに気がつく。


「おじいさん? それは、どういう?」


 あの、川の近くで出会った人虎の老人だった。手に何か、札のようなものを持っている。


「全部悪夢なんだ。この屋敷のゆうれいの」

「全部?」

「そう、この屋敷だけではない。都城全体が彼の見ている夢だ」


 老人は虚空を見つめている。改めて見回すと、周囲に星宇の姿は見当たらなかった。それでも、誰のことを話しているかは、晨風にもわかった。

 この都も、この屋敷も、あの十郎と呼ばれた少年も、全部が死んだ星宇の見ている悪夢。喪ったものを、そうと受け入れられないあの負けず嫌いの幼なじみの。


「あの、星兄さんは?」

「帰るべきところに帰ってもらった。主がいなくなったこの街は、長くはもたない。もうしばらくすれば、完全な廃墟になるだろう」


 老人が言った。虎虎が晨風の手を引いて立ち上がる。


「兄さん、行こう。村の草堂に帰ろう」


 晨風はもう一度、少しずつ綻び始めた、通い慣れた寝室の中を見回した。

 星宇。いつまでも親に認められたがっていた、あの孤独で気位の高い魂。負けてこの世を去るなんて、彼にはどんなにつらいことだっただろうか。

 せめての慰めに、自分がそばにいなくて、本当によかったのか。


「兄さん、一緒に行こう」


 もう一度、虎虎が強く晨風の手を引いた。

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