4章の2 李晨風は夢の中で虎虎と再会する
星宇の甘美な誘いに乗って、彼の手に触れようとしたそのとき、懐から赤い羽根が落ちた。
晨風はそれを拾ってきた、あどけなかった子虎のことを想い出す。
──虎虎。
なんとなく、険悪な雰囲気のまま別れてしまっている。彼は、自分が帰ってこなかったらどうするだろう。
あの老人と一緒に旅をするだろうか。恋をしているなどと、ずいぶん突飛なことを言っていたが……。
それに目を奪われて足下を見ると、その横にもう一枚、同じような羽根が並ぶ。さらにもう一枚。
上を向くと、空から羽根が落ちてきていた。
赤と、青。
奇余鳥の羽根だ。
晨風は見て、すぐにわかった。なぜなら、ついさっき自分の懐から落ちた羽根と、まったく同じ形をしていたからだ。
少しずつ降ってきていたそれは、だんだんと量が増え、何もない地面を埋め尽くす。
晨風は降ってきた空を見上げる。空は星のない夜のように、まったく何も見えない。
奇余鳥は夜行性なのだろうか。
「兄さあああん!」
そんなことを考えながら見上げていると、突然、天地を裂くような大声が聞こえた。
耳に馴染んだ、よく知っている声。晨風が声のする方に顔を向けようとする前に、一頭の虎が現れると、晨風を押し倒すように飛びかかってきた。晨風は勢いで地面に仰向けになった。虎虎だ。
「兄さん、生意気なこと言ってごめんね! 反省したから、帰ってきて!」
目の前の虎が大声で叫んでいる。恐ろしい顔に不似合いの、情けない声に晨風はふと苦笑を漏らしてしまう。
「虎虎、おまえ、虎の姿で人間の言葉が話せるのか?」
言われて初めて気がついたように彼は首をかしげた。試しにというように吠える。
間近で聞かされる大人の虎の咆吼は、虎虎だとわかっていてもどきりとするものがある。
「どっちもできるみたいだ。なんでだろ。夢の中だからかな? まあいいや。それより兄さん、奇余鳥にたくさん羽根をもらったよ。だから、僕と一緒にここから出よう」
「ああ、おまえだったのか」
晨風は思わず苦笑した。周囲は羽根だらけで、足の踏み場もなくなっている。いったい何匹の奇余鳥から羽根をもらったのか。
「あ、むしってないからね! ちゃんとお願いしました!」
「はいはい」
晨風は微笑んで、虎虎の頭を撫でた。ふさふさの頭に笹の破片が絡まっていて、顔も汚れている。いったい、どこまで行って奇余鳥を見つけたのやら。
「兄さん、あのね。僕、兄さんと一緒にいられたら虎でいいよ! 考えたんだけど、やっぱり僕は虎だし、でも人間だし、どっちっていうのは決められないんだ。たぶん、虎としてやっていっても、人間としてやっていっても、なんかちょっと違うって感じになると思うんだ。だから、兄さんがいやじゃない方でいいよ! だからね、一緒にいよう。大好きだよ!」
「うーん、そうだなあ」
明るい虎虎の声に、晨風は気分が削がれてしまった。すっかり、星宇とここで、心中するつもりになっていたのに。
ぎゅっと抱きしめると、ふかふかの首元から、太陽の匂いがした。あたたかくて、やわらかいもの。
誰よりも慈しんで、かわいくて仕方がなかった存在。大きくなっても、それは変わらなかった。
この生き物を、ひとり遺していくことはできない。
晨風が自分の頭を虎虎の頭にこすりつけると、虎虎はごろごろと喉を鳴らした。
「星兄さん。私は、一緒にここにはいられない。だって、この虎の面倒をみなくてはいけないんだ」
そう言った瞬間、目が覚めた。




