表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

3章の5 李晨風は王星宇の望みを知る

 気がつくと、晨風は何もない、仄暗い世界を歩いていた。

 どこに向かっているのだろう。それもわからないまま、晨風はただただ前進していた。


「十郎?」


 しばらく行くと、芍薬の香りが漂ってきた。その香りをたどっていく。そうして、膝をついて座っている十郎を見つけた。

 前に行ってその顔を覗き込むと、ぼんやりと、うつろな目つきをしている。


「大丈夫か?」

「小晨……?」


 その言葉と一緒に、十郎は星宇の姿になった。


「星兄さん?」


 晨風は視線を合わせて座り込む。自分のことがわかったのか、かすかに彼は笑顔を見せる。


「よかった、おまえがここに来て」

「星兄さん、聞いてもいいですか?」


 さっきから、どうしても消えなかったいやな予感。


「なんでも」


 星宇はそう言って、笑みを深めた。


「あなたはもう、死んでいるんですか?」

「そう……、そうだな」


 ずきりと、胸に痛みが走る。なんとなく、そんな気がしていた。


「そうだった。思い出した。私はあのとき、父を殺したが結局宮城を守り切れず、承王子と逃げたが、逃げ切れなかった。承王子、お若いのに、私の力不足で、本当に申し訳ないことをした」


 ぼんやりと、記憶をたどるように星宇が言った。

 そのときの彼の気持ちを考えると、晨風はひどくつらい気持ちになった。

 自分の父が、英皇帝を裏切っていたと知ったとき。それでも、彼は父親でなく、皇帝を選んだのか。

 あのとき、彼が自分を地方に追いやらなければ、自分は彼のそばにはいられたのに。もしかしたら、いやおそらく、自分も死んだだろうけれど、それでも、少なくとも彼ひとりに、父親殺しを背負わせることはなかったのに。


「それでは、あなたはなぜ、私をここに呼んだんですか」


 そうだ。自分は彼にここに呼ばれたのだ。十郎が彼の、なりたかった少年の姿だというのなら。


「……なぜ。なぜだろう」


 あどけない子供のような顔で、星宇は考え込んだ。こんな子供のような彼を見るのは初めてだった。


「おまえと一緒にいると、いやなことばっかりだった。いつも、自分が至らない、つまらない人間に思えて……。なのに、死ぬときに思い出したのはおまえだった。わからない。父も兄も、誰の目にも届かないところで、おまえに会えたら、そのときは、私はおまえを憎まずにすむと思って、もう一度、会いたいと」


 するすると、星宇の頬に涙がつたう。それを見て、晨風は動揺する。今までずっと年上の、おいかけるだけの存在だと思っていた彼が、こんなふうに、弱さを自分にさらけ出すのがあまりにも意外だった。


「星兄さん。あなたの望みは、それですか」


 晨風が尋ねると、彼は首をゆるやかに振る。


「違う、私は、おまえと一緒に、承王子を守って、」

「兄さん。私だって、あなたと一緒に戦いたかったんです。でも、私を遠ざけたのはあなたでしょう!」


 堪えきれなくなって、晨風は叫んだ。

 そうだ。別に、彼に本当は疎まれていることなどはどうでもよかった。ただ、晨風はあのときに、都城に自分がいなかったことが耐えられなかった。

 あのときそばにいたのなら、彼の自分に対する気持ちなど気にせず、命のかぎりに彼を守ったというのに。


「そうだな……、小晨。私はあのとき、本当はおまえにそばにいてほしかった」

「星兄さん」


 そんなふうに、今さら弱さを見せてくるのはずるい。もうどうにも、自分が彼に手を差し伸べられなくなってから。

 そっと、星宇の震える手が晨風に差し伸べられた。


「小晨、ここに、私とここでずっと一緒にいてくれないか」

「星兄さん……」


 つまりそれは、自分も死ぬということなのだろうか。

 本当だったら死んだ人間は、この何もない世界に留まらずに、輪廻の輪に戻るのだろう。それなのに、彼はここで悪夢に囚われている。自分も彼と同じように、永遠にこの世界の輪廻の輪から放り出されて、悪夢に囚われるのか。

 ひどく魅力的な提案だった。彼は自分を必要としているのだ。そういう形で、彼を自分のものとして引き留められるのなら、それも悪くはない。

 そもそも自分もとっくに、あの戦いのときに死んでいたと言っていいのかもしれない。その後の人生なんて、死んだのと同じようなものだった。その後はたいしたことを成しもせず、ただただ、死んだように生きているだけで。


「小晨」

「兄さん」


 星宇の両腕が伸ばされた。その腕の中に囚われたら、もうきっと、永遠にこの悪夢から出ることはないのだろう。

 その甘美さに抵抗できずに、晨風も手を伸ばす。

 そのときだった。

 ひらひらと、懐から何かが落ちた。

 赤い羽根。奇余鳥の羽根。


 ──虎虎。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ