3章の4 王星宇は別れを告げる
次の瞬間、晨風は違う場所に立っていた。一面の芍薬に囲まれた庭の中。
月のない、ひどく暗い夜。彼に相談して、幾日も経たない夜だった。
「小晨、おいで」
晨風が、今まで何度も見ていた悪夢だった。最後に、彼とちゃんと話したときの夢。
あのとき以降はほとんど、たいした会話はしていない。
「なんですか、兄さん」
何も知らずに呼ばれて近寄っていく、自分の間抜けな姿に、晨風は落ち込んだ。
星宇になっている自分の心にあるのは、いくらかの苛立ちと悲しみだ。
「これをおまえにやろう」
星宇が手渡すのは、芍薬の大きな頭。
「芍薬ですか」
「只為情深偏愴別……だな」
「なんですか?」
「小晨、花を贈るのはどういう意味だ?」
そのときは、彼が何を言っているのか晨風にもわかった。詩人元稹の、去りゆく友人への別れを悼む歌。
別れの際に贈るのに値する花は芍薬だけだが、それでも友との別れに思いを募らせるべきで、花の美しさに心を奪われてはならないという。
「去っていくひとの魂がここに留まり、ふたたび帰ってくるように。でも兄さん、私はどこにも行く予定はありませんよ」
ひたひたと、悲しい気持ちが漂っている。
(おまえは、私のそばに置くにはいつも賢すぎるよ)
そう、星宇の心の声が聞こえて、晨風は腑に落ちる。あのとき、彼はもう、自分を遠くにやることを決めていたのだ。
このすぐあとに、自分は身に覚えのない誤りを犯したとして、突然地方に左遷された。きわめて単純な、言いがかりとも思われるその噓をついたのは、星宇なのだと同僚から聞いた。
もちろんそのときは、何が悪いのかまったく理解できずに、星宇にも、彼の父にも訴えたが、まったく聞いてもらえなかった。
その後すぐに、あの光王が光帝となる戦いがあって、都城にいる人々が大勢死んだ。王家の一族も、誰ひとり残らなかったという。でも、自分は遠く離れたところに住んでいたから、その知らせを受けたのも、だいぶ後のことだった。
そのあとに立った噂が、王家の親子は元々光王とつながっていたという噂。それで、てっきり星宇も彼の父親も光王とつながっていて、それに気づいた自分は、それが本当の理由で遠ざけられたと思っていたのだが。
もしかして、星宇は、自分を巻き込まないようにしたかったのではないか。
そんな想いがふと、胸をかすめる。再会した彼もそんなことを言っていた。ふざけているような口調で自分は信じなかったし、もちろん、彼は自分と比べられるのがいやなだけだったのかもしれないが。
「小晨、いつかまた、」




