3章の3 李晨風はふたたび夢の中で王星宇となり秘密に気づく
「小晨」
自分から星宇の声がする。晨風はまた、自分が星宇になって夢を見ていることに気がついた。
自分の視線の先に、今よりも若い自分が微笑んで見上げている。
あんな、馬鹿みたいな顔をしていただろうか。どこから見ても、星宇への好意が抑えられていない。
どこか、自分の胸も弾んでいる。また、星宇の気持ちを体験しているようだ。
「星兄さん、また、剣術大会で一位でしたね。すごいなあ」
そう言われて、さらに幸せな気持ちになった。星宇が喜んでいるのだろう。
「おまえだって、よくやっているじゃないか。父上がよく褒めているよ」
そう言って頭を撫でると、目の前の自分はひどく嬉しそうな顔をした。そうだ、当時客省司に勤めていた自分の上司は星宇で、そのまた上司が星宇の父だった。外国からやってくる賓客の接待や朝貢、賜物の管理などをする部署。あのころの自分は、外国にも興味があったし、責任は重かったが楽しく働いていた。
(単純なやつ。まあ、こういうところはかわいいけどな)
ふっと、自分の中に湧き上がるその冷えた感情に、晨風は戸惑う。さっきと同じなら、そう思っているのは、星宇のはずだった。
「そういえば、兄さん。お時間はありますか。ご相談したいことがあるんです」
真剣な顔をした自分に、晨風はいつの記憶だか思い出す。あのときの記憶だ。
これが、間違っていたのだろうか。
「兄さん、最近、光王府とのやりとりが不自然ではないですか」
「どうしたんだ?」
「少し、やりとりが多すぎます。それに、これを見つけたんです」
晨風は、懐から取り出した書類を示す。
「こちらからの賜物の目録が入った箱を定期的に確認していて、不思議なことに気づいたのです。どの箱にも、わずかな疵があるのです。最近のものだけですが、こちらの紙に、箱の疵の位置を記録しておきました。普通、賜物の箱に疵などないでしょう? 光王府あてのものだけです。それに、この位置に、何か心当たりはありませんか?」
「何が言いたい?」
星宇が眉をしかめているのがわかる。たぶん、あのときの彼も同じ顔をしていた。彼は、本当に怪訝だったのだ。
「どうも、宮城内の軍備を示しているようにも見えます」
晨風の声に、星宇が緊張したのがわかった。声がひそめられる。
「まさか。誰かが、謀反を考え光王と通じていると?」
あのとき、自分はずっと心を煩わせていたことを誰かに話すことができて、本当にほっとしていたのだ。ことは重大で、自分ひとりで抱えるには大きすぎた。だから、星宇の表情にまで気が回らなかった。彼は、どんな顔をしていたのだろう。
それは、今でも見ることができなかった。
ただ、どす黒い感情が胸の奥に生まれたのがわかった。
「私の、思い違いならよいのですが」
(確かに、光王府の動きはあやしい。元々、野心が大きい方だ。しかし私が気づいていなかったのに、小晨が気づいたなんて、父上はどんな反応をするだろう? また私に失望するのでは? 違う、最近忙しかったから。時間さえあれば、私だって気づけたはずだ)
ああ、焦りだ。
晨風は、そのときの星宇の感情を理解する。そうだ、彼はいつも一番でいなくてはならないから。
「些細なことでも報告をしてくれてありがたい。万が一のことがあるからな。これは預かってもいいか? 私が、父上にご相談しておくよ」
「ありがとうございます、兄さん」
そう言って微笑んだ自分の顔を見て、湧き上がってきたのはたとえようもない苛立ち。
*
目の前の灯りの炎で、晨風が渡した紙が燃やされていく。
(どうして小晨はいつも、余計なことばかりするんだ? にこにこと笑って私だけを褒め称えていればいいのに。あいつが役に立つと、私は永遠に比べられてしまう──)
伝わってくる苛立ちに、そんなふうに思われていたのはきっとどこかでわかっていた、と晨風は思う。
気づかないようにしていたけれど、いつも星宇は、自分のあとをついてくる、未熟な弟のような自分だけを気に入っていた。
当時から少し、違和感のあるときはあったが、それでも、他の同僚たちと比べたら、かわいがられていたのは確かなのだろうと思う。
「まだ寝ていないのか?」
そのとき、部屋の外から彼の父の声がした。星宇は扉をあけて、父親を迎え入れる。
しばらく仕事や学問の話が続いた後、星宇が父親に切り出した。
「父上、ご相談が」
さきほど、晨風が星宇に話していたのと同じ話だ。
晨風はほっとした。星宇がまさか彼自身の誇りのために、自分が抱いた光王への疑惑を握りつぶしたのかと思ったが、さすがにそこまでではなかったらしい。実際のところ、彼の父親に伝わったのであれば、自分が見つけたのであっても、彼が見つけたのであっても問題はない。
ゆらりと灯りがゆらめき、彼の父親の険しい表情が闇に浮かんだ。
「星宇、誰にも話していないか?」
「いいえ」
ちょっとした違和感。
「我々が光王にお疑いを抱いたなどといったことが知られてはならない。他言しないように」
(まさか、父上が?)
心に浮かんだその言葉は、星宇の疑いだろう。
ああ、そうだったのだろう。
今になると晨風も理解できた。当時の自分はまったく疑ってなどいなかったが、星宇は実の息子だから、もちろん自分よりは思い当たるところがあったのだろう。光王とつながっているのは、自分の父だと。
「もちろんです」
星宇が、まるで何も気づいていないように父に答える。それでも、彼の緊張と不安が伝わってきた。
(あいつが、私以外の誰かに話していなければいいが。まったく、鋭すぎるのは困るな。それにしても、私は鈍すぎる)
父親が寝室を去った後、星宇はしばらく眠りにつかず、ぼんやりと庭を眺めていた。不安と自己嫌悪で気持ちが沈んでいく。やがて睡魔が訪れた。




