3章の2 李晨風は冷たい接吻を受ける
なんだか、とても悪い夢を見た気がする。
目を覚ました晨風の前に、十郎が立っていた。どうも自分は星宇の膝にもたれかかるように眠っていたらしく、その姿を見られるのは気恥ずかしい。
それにしてもこの少年は、いつの間に部屋に入ってきたのだろう。しかし、ちょうどいいところに来たとも言える。
星宇は、相変わらず目を覚ましていないようだし、寝ているところを起こして何かを話しても建設的な話はできなさそうだ。今日はもう、客室に案内してもらう方がよさそうだった。
「十郎、ごらんのとおり、きみの主人は今夜は起きそうにない。悪いが、私もここで眠らせてもらおうかと思うから、部屋に案内してもらえないか」
星宇の屋敷が今までどおりなら、客室がそう離れていないところにあるはずだ。そう思って彼が少年に声をかけると、少年は物憂げな表情で晨風を見た。
「私と彼、どちらが主人でしょうね」
ぼんやりと、彼がそんなことを嘯いた。
「十郎?」
ちらりと自分を見た少年のまなざしに、いつになく物騒なものを感じて晨風は緊張する。思わず、目の端で室内におかれた星宇の剣の場所を確認した。この十年、ほとんど剣を手にせず暮らしてきているので、まともに扱える自信は全くなかったが、本能的なものだった。
なんだろう、彼から感じるこのいやな気配は。
あんな夢を見てしまったから?
(あんな夢?)
すでに記憶からこぼれ落ちていく夢の断片をかろうじて受け止めて、晨風は整理しようとする。
「十郎、おまえは、……星兄さんじゃないよな?」
「そうともいえるし、そうでないとも」
「どういうことだ?」
「あなたがさっき夢で見たとおり、私はこの男の夢にすぎない。素直にあなたを慕うひとりの少年になりたかったという、この男の願望」
微笑んだ少年の手が、晨風の腕を握った。
そのまま強く腕を引かれて、均衡を崩して彼は少年の方に倒れ込む。一瞬少年の唇が、晨風の唇に触れた。ひどく冷たい。
「これもこの男の望みのひとつだ。それでは、次の望みへ」
願望? 望み? 素直にあなたを慕うひとりの少年になりたかった?
耳にした言葉に混乱する。そんなことを、彼が望んでいるわけがない。
そう思ったが、それについて深く考える時間はなかった。晨風はじっと少年に見つめられて、ひどく眠気に襲われていることに気づいたからだ。さっき目を覚ましたばかりなのに、おかしい。
ここで、眠ってはいけない。頭では理解しているのに、抗いがたい、泥のような眠気に襲われる。
『小晨』
名前を呼ぶ声がした。星宇の声だ。懐かしい声。
でも、そちらに引きずられてはいけない。懐かしさに混じって、何か不穏で、恐ろしく禍々しいものの気配がする。
そう思ったが、意識は失われた。




