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2章の8 李晨風は夢で王星宇となって夢魘と出会う

 どうやら、眠り込んでしまったらしい。

 晨風が目を覚ますと、机に突っ伏すようにして、自分が眠り込んでいるのが見えた。

 正面に回り込んで自分の顔を眺める。よく見ると眠っているのは、少年のころの自分だ。

 なんとなく手を伸ばして自分の頭を撫でてから、これはまた、新しい類の悪夢だな、と晨風は思う。

 自分自身を外側から見る形式は今までにない。じゃあ、自分は誰なんだ?

 ふと顔を上げると、奥に置いてあった鏡に自分の姿が映った。それに映った自分の顔を見て、晨風は思わず声を上げた。


「十郎?」


 ちょうど、目の前の自分より少しだけ年上だ。


「十郎、ちょっと来なさい」

「兄上?」


 部屋の外から呼ぶ声がした。晨風の意思とは関係なく、緊張が走る。どうも自分はこの体に入ってはいるが、自分の意思は反映されず、見ているだけのようだ。


「兄上、その名前はよしてください。父上からちゃんと名前をいただいているんですから」

「だったら、それにふさわしい振る舞いをしなさい。この前の試験で、間違いがあったそうじゃないか」

「申し訳ありません」


 晨風には、自分の体の主が、何かを言い返したい気持ちを抑えているのがわかった。


「星宇。王家の者が、いつまでも子供のような気分でいてはいけないよ。他のひとに決して負けてはならない」

「はい」


 そうだ、星宇だ。自分が会う前だったから忘れていたが、彼に、子供のころに名乗っていた原名があったようなことを言っていた記憶はうっすらとある。それが、十郎か。


(他のひとに、決して負けない)


 晨風の心に、その思いが強く湧き上がってきた。これは、星宇の見ている少年のころの夢か。

 そのときだった。

 ふいに、熱い風に頬が煽られた。髪が乱れる。炎?

 気づくと、晨風は牛車の中にいた。窓を少しだけ開くと、自分がいたはずの星宇の屋敷が燃えているのが遠目に見える。夜の中、煌々と燃えている。


「王、大丈夫なのか?」


 腕の中から声がした。声が、煙のせいか咳が混じり掠れている。腕の中に誰か、子供がいる感覚。


(虎虎?)


 自分が抱えたことのある子供なんて、彼以外に思いつかない。晨風は慌てて腕の中を見る。


「王子、もちろん。私がちゃんとお守りいたします」


(王子? 承王子か?)


 さらりと言った自分の言葉に、晨風は思い出した。

 そうだ。承王子を連れて逃げたと星宇は言っていた。

 言われてみれば、少し英帝の面影があるようにも見える。

 城外に出たのだろう、周囲が真っ暗になってきた。これから、どこ行こうというのだろう。

 夢だとわかっているのに、晨風は緊張で気分が悪くなってきた。

 突然、牛車が止まり、外からざわざわとひとの気配がした。


(追っ手か?)


 星宇の手が、剣に伸びる。そのまま外に出るようだ。

 夜の中、よく見えない相手と対峙している。

 いやな予感が頂点に達する。息苦しい。

 晨風は自分が夢の緊迫感に当てられたのだと思ったが、違う。これは夢を見ている星宇が緊張しているのだ。

 そのときだった。鋭い痛みがして、背後から刺されたのだとわかる。


(星兄さん……!)


 視界が歪んだ。おそらく、自分は倒れているのだ。目の前の車から、承王子が引きずり出されている。何か叫んでいるのだが、声が遠い。どこか、遠くの出来事のような気がする。

 やがて、周囲には誰もいなくなって、真の暗闇が訪れた。いなくなったのは周囲の人間なのか、それとも自分の意識が失われたのかわからない。


(私は託されたことも果たせず、このまま死んでしまうのか? いやだ、いやだ……!)


 自分の胸の中に、焦燥と後悔が湧き上がって渦巻いている。

 これはどういった悪夢なのだろう? 星宇が恐れていたことなのか? 王子と逃亡していたときの記憶なのか?

 そのとき、唐突に声が聞こえた。


『力を貸そうか?』


 実際の声ではない。脳内に直接語りかけてくるような、奇妙な声だ。


『小晨?』


 星宇のかすれた声が喉を通る。

 名前を呼ばれて思い至る。そうだ、脳内に響いている不思議な声は、自分の声だった。

 それと同時に、目の前に自分の姿が現れた。夢の中の星宇は、震える手でそれをとらえようとする。


「小晨。今、私はその男の顔をしているのか? それはおまえが見たい夢だな」


 目の前の自分が、生意気そうな表情で言う。自分では、まるでしたことがない顔だ。


「おまえは何者だ?」

『私か? そうだな。おまえたちは夢魘むえん、と呼んでいる』


(むえん?)


 夢にうなされる、と書いて夢魘。悪夢をもたらすと言われている悪鬼だ。


『私はおまえたちの夢だ。私には形はない。ただ、人間が見たいものを私に見るだけだ』


 星宇が笑った。


「死ぬときに私が見たいものが、小晨か。冗談みたいな話だな」


 笑われた自分の姿をした悪鬼は、あきれたように肩をすくめた。 


「おまえが見たいものに変わるだけさ」


 目の前にいた自分の姿が揺らいで、十郎の姿になった。


『そう、おまえが望めば、少年のころからやり直すこともできる』

「おまえの目的は? なぜ、私に力を貸したいなんて言ってくる?」


 星宇は相変わらずおかしそうに笑いながら、それに聞いた。


『私は死者たちの夢を食らって生きている。だから、誰かが長い夢を見たければ見たいほど助かるんだよ』


(死者たちの夢? どういう意味だ?)


 浮かび上がった疑問に答えはない。そこで、目が覚めた。

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