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2章の6 李晨風は王府に誘われる

 夕方になっても虎虎は帰ってこなかった。晨風は心配になって、街の中に出た。夜間外出は禁止されているので、日没になると市内の各区域の門が閉じられてしまう。そう遠くに行っていなければよいのだが。

 飲食店街を抜けると、そのまま宮城だ。それにしても宮城も、以前とまったく変わりないように見える。あれから十年で、あのころと同じ城が建つとは思えないのだが、ずいぶん多くのひとが再建に関わったのだろうか。

 まるで何事もなかったかのような光景に、自分がいつの時代にいるのかもわからなくなりそうだ。


「十郎?」


 見覚えのある衣装の少年が、晨風の前を通り過ぎた。まるで、少年のころの友人のような後ろ姿に、晨風は声をかける。虎虎が星宇を十郎と呼ぶのもわからなくはない。年齢以外はよく似たふたりだ。


「李さま?」


 呼びかけられて、少年が振り返った。


「きみもここに来ていたのか。無事に着いていたのなら何よりだ。迷惑をかけたね」

「いえ……」


 少し顔を赤らめた十郎に、虎虎が言っていたことを思い出して晨風も恥ずかしくなる。そんな、少年のように照れるような年齢ではないのだが。


「虎虎に会ったかい?」

「いいえ。ご一緒ではないのですか」

「こちらに着いてから、喧嘩をしてね」


 それを聞くと、十郎は考え込むような表情をした。


「李さま。あの、王さまが会いたがっておられます。会いに来られませんか」

「昼に客舎で会ったよ」

「それを、後悔されているようです。あなたときちんとお話ししたいと」

「でも、夜禁が、」


 ──あいつに恋してたんでしょう。


 さっき、虎虎が言っていたことを思い出した。そんなことはない、と心の中で虎虎に言おうとして、そうなのかもしれないと思う。

 初めて会ったころからずっと、星宇は自分より一歩大人で、ずっと、認められたいと思っていた。浮いた話の多い男で、自分と彼とは具体的な何かがあったわけではないけれど、それでも彼にはいつもかわいがられている自覚はあって、それが自分でもいやではなかった。

 王子が生きているなどと、聞いた話も突然で、さきほどはあまり、今までのことを振り返る余裕がなかった。それでいいだろうか。彼の言っていることが本当であれば、もう二度と、今度こそ彼に会うことはないだろう。その前に、彼へのわだかまりをすべて言葉にしておいたほうがよい気がした。


 ──兄さんは、あいつのせいで人間が全部きらいなんだよ。


 あんなふうに言われてしまうのは、自分がちゃんと、彼と向き合う機会がなかったせいだ。


「お泊まりになればよろしいのでは? 準備はさせておきますよ」


 そうだ。夜通し語ったり飲んだりして、彼のところに泊まった夜は珍しくもない。

 ちらりと虎虎のことを思い出す。いずれにしても、今日はもうこれ以上は彼を探せないだろう。

 客舎には手紙を置いてきた。

 もしかしたら、街の中ではなくて、元来た川の近くの、あの老人と戯れていたところまで、行っているのかもしれない。虎の姿をしていたら自分より相当足が速いから、そんなことも考えられる。

 それに、今の気持ちのまま、虎虎のさっきの言葉に反論できるとも思えなかった。


「そうだね。お伺いしようかな」


 十郎は微笑むと、慣れた様子で道を歩き出した。

 すぐに、自分も歩き慣れた王府への道が現れる。

 ひさしぶりに訪れた彼の屋敷は、やはり今も、芍薬の香りが漂っていた。

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