表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の夢、血の月  作者: JNT
第一章:地上と地下
2/3

地上・01.歪まぬ日常、軋む音


 時計塔の鐘が六回鳴った。


 それは、目覚めの合図。

 それは、日常の始まり。

 それは、変わらない朝。


 わたしはベッドからゆっくりと体を起こす。軋んだ音が背骨を伝って、胸の奥まで響いた。


 「……おはよう、今日も、同じ朝」


 カーテンを開けても、空の色は変わらない。濃い灰色の空には太陽の輪郭さえ見えないけれど、それでもわたしたちは朝を迎える。何が「朝」なのかを、塔の鐘が決める。


 歯車が回る音が、遠くから微かに聞こえる。街は今日も、動き出す。


 白いワンピースを着て、扉を開ける。足元の石畳は湿っているようで、いつも乾いている。昨日も、今日も、たぶん明日も、変わらないまま。



 まず立ち寄るのはパン屋の“ミーナ”の店。


 「おはよう、リリィちゃん! 今日はいい日になりそうね!」


 彼女は明るく笑って、毎朝同じ言葉をくれる。

 わたしは微笑みを返しながら、ミーナの顔をじっと見つめた。


 「そうだね、いい日になるといいね」


 耳にかけた髪、いつもと同じリボン、棚に並ぶパンも変わらない。焼きたての匂いだけが、時々微妙に違って感じられる。それは……わたしの錯覚だろうか。



 次に通るのは花屋の“ユーク”の前。


 「この花、君に似てると思ったんだ」


 彼はそう言って、小さな青い花を一輪差し出した。

 その声も、しぐさも、毎日同じ。


 「ありがとう。今日も、綺麗だね」


 わたしはその花の名前を知らない。

 けれど、どこか懐かしく感じて――けれど、いつまでも思い出せない。



 広場を横切ると、見張りの“ガロス”が目に入る。


 「……市民、通行を確認。記録済み」


「ご苦労様、ガロスさん」


「リリィ、異常はない。今日も平和だ」


 いつもと同じ冷たい声、変わらない警備。

 でも今日は、わたしを見た瞬間、ほんの僅かに“間”があった。


 言葉が遅れた? 動きが鈍った?


 気のせい――そう思って歩き出そうとしたとき、ガロスがこちらを振り返って言った。


 「……リリィ、君はどこから来た?」


 「え?」


 わたしが足を止めると、彼は無言で前を向いた。まるで何もなかったかのように。

 わたしは、歩き出した。足元の石畳は変わらず、でも……なぜか、少しきしむ音がしたような気がした。



 最後に立ち寄るのは、カフェの“ロゼ”。


 「おはよう、リリィ。今日はミルクティーにする?」


 彼女の柔らかい声に、わたしは「うん」とだけ答える。

 ロゼは静かにティーカップを置いたあと、ふと窓の外を見てつぶやいた。


 「……昔も、この時間に来てた子がいたのよ。不思議と、似てる気がする」


 「……昔?」


 「ええ。でも、思い出せないの。不思議ね……」


 笑ったロゼの瞳の奥が、ほんの一瞬だけ曇ったように見えた。



 変わらない日常。

 変わることのない風景。

 けれど、わたしの中の“何か”が軋んでいる。


 それが何なのか、わたしにはまだわからない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ