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第一幕 泡沫の追憶 ③

〈ライヤ視点〉


 まるでここではない、

 どこかからやってきた人間……


 初めてジュリと出会ったときに抱いた直感は、

 捕縛した彼をお上の元へ引き立てた後に、

『是』であることが証明された。


「おそらくオワリ・ジュリ殿は、かの霊峰にて発生した霊的災害――『神隠し』によって異界より迷い込んだ、『無明人』ですね」


 霊峰の麓にてライヤとジュリが邂逅してから、

 およそ一月後。


 ジュリを検分した監査官のひとり、宮勤みやづとめの星占師などは、文献の中で語り継がれてきた存在を目の当たりにして、興奮し切った様子であった。


 曰く、無明人とは一見した姿形こそ自分たちと似通っているものの、やはり自分たちとは摂理や法則、常識が『異なる世界』で生まれ育った者たちなので、何かしらが自分たちとは異なる、あるいは一線を画している存在なのだという。


 ジュリの例で言うならば、彼には氣を練る、もしくは感応するのに必要な、体内器官が存在しない。それゆえに闘術や陰陽術といった氣を必要とする技術が使えない。一方で霊氣や妖気といったものの影響を極めて受けにくく、初見の際にライヤの殺気を平然と受け流していた理由は、ここにあった。


 代わりに、脳の一部に自分たちには存在しない器官があるようで、それがどのように関係しているのかは定かでないが、彼はその気になれば、あらゆるものたちと『意思の交流』が可能なのだという。


 そもそも、実のところ異界からの来訪者、無明人であるジュリは、ライヤたちと同じ言語を話してはない。


 調査を進めるまで本人も無自覚であったが、彼は当初からライヤたちとは異なる言語を口にしており、当然ながら筆談は不可能。


 それでもライヤたちと会話を――意識の『疎通』ができていたのは、この特異性があってのことだった。


 さらに調査を進めると、この『異能』は式神や精霊、それどころか一部の妖魔にまで適応されることが判明し、この部分だけを見ても、無明人という存在が自分たちとは違う世界の理で存在しているのだと、断ずるには十分だった。


「ですが何よりも重要なのは、文献で確認されている過去の無明人たちは、その知識で、才覚で、異能で、そのことごとくが、歴史の大いなる転換に一役買っていたという伝承であります!」


 ある者はその知識で巨万の富を築き、新たな国を起こしたのだという。

 

 ある者はその才覚で臣下を従え、外来からの脅威に抗ったのだという。


 ある者はその異能で精霊と心を通わせ、荒ぶる神を鎮めたのだという。


 そのいずれもが、

 史実に刻まれるべき偉業である。

 誰もが、疑う余地のない偉人である。


 ゆえに、


「此度の無明人もきっと、何か大きな『事』を成してくれるはずです! 確かに近年、竜脈の活性化によって霊的災害が増えたうえに、大妖級の妖魔どもが見せる不審な動きを受けて、民草は不安に駆られ、みかどは心を痛めていました。しかしこれで、事態が動く! 無明人の現出によって、歴史のうねりが加速していく! ライヤ殿、私たちは今、時代の転換点に立ち会っているのですよ!」


 などと鼻息荒く、星占師は熱弁するが――


(――あれが、偉人?)


 ライヤの脳裏に浮かぶのは「糞漏らし!」「おい糞漏らし!」「臭うて敵わん!」「はよう洗濯せい!」などと対魔武士たちに詰られながら、川原にて半べそを浮かべながら自らが汚した下着を洗う、無明人とやらの姿である。


(ジュリが後の世に名を残すほどの、偉業を成し遂げる人物だと……?)


 にわかには信じ難い。

 だが一方で、期待してしまう自分がいる。

 何故ならジュリには確かに、不思議な魅力があった。


 人に対して怯えはするが、畏れはしない。

 道理に対して疎くはあるが、鈍くはない。

 情に対して厚くはあるが、無闇ではない。

 

 それが無知故の蛮勇であるのか、蒙昧故の煥発なのか、はたまた自分たちにそうと悟らせぬほど巧妙に立ち振る舞っているものなのか、現時点では判断がつかないが……しかし、面白い。見ていて飽きない。興味が尽きない。それは断言できる。


 なにせ当初はあれだけジュリのことを蔑んでいた対魔武士たちでさえ、一週間の旅路を共にした最後には、その人柄に触れて「さらば糞漏らし」「縁があればまた会おう」「今度は褌を引き締めて参られよ」「我らが直々にチェストを教えてしんぜよう」などと口にして、朗らかに笑っていたほどである。


 強者を敬う反面、弱者を見下す傾向があるライヅ武士にとって、それらは通常では考えられない対応であった。


(なれば、(それがし)のとるべき道は――)


 ライヤは静かに心を決める。

 

 そしてあまりに自然に答えが定まったため、そのときは気づかなかったが……振り返ってみればこのときの選択こそが、ライヤが生まれて初めて、自分の意思で何かを選び取った瞬間であった。


「――監査官殿。たしか(くだん)の無明人はその身柄、こちらの対魔奉行所で引き受けるとのことであったな?」


「は? あ、ええ、はい、その通りでございます。なにぶん貴重に過ぎる人材であります故、その取り扱いには、細心の注意を払って然るべきかと」


「で、あろうな。良し、ならばその護衛の任、このライヅ・ライヤが引き受けよう」


「……は? いやっ、いやいやいやいや滅相もない! いかに稀有な身の上とはいえ、その護衛に、天下の雷刃衆を徴用するなどという愚挙を、お上が許すはずがございません! お戯れを!」


「問題ない。異を唱える者は、某が黙らせる」


「……っ!」


 こうしてライヤは有言実行。


 紆余曲折はあったものの、最終的には貴重な無明人に(はべ)る守護人の任に、無事就くことと相成った。


 そしてその後の日々を共にするうち、自分でも驚くほど彼の人柄に惹かれ、博識に啓蒙され、次々と舞い込む事件に驚嘆して、その都度叩き出される結果に感服した。


「はあ!? なんで!?」「なんでいつも、こんな事になるんだよ!?」「俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに……っ!」


 そうした事件を解決して、評価が上がるごとに、ジュリはそんな弱音を口にするが……


 この頃に至れば、ライヤは全てを理解する。


(きっとジュリには、某には視えないものが視えている。某などとは異なる視点で、世界の理を理解しておられるのだ)

 

 だからこそジュリは、必要以上に周囲を恐れさせぬようにと、普段は道化を演じているのだ。しかしその奥にあるのは、研ぎ澄まされた知性と、綿密な計略、そして何よりも深い、慈愛の心。


 それらに気づいたとき、ライヤは深々と、頭を下げていた。


 二人が出会ってから、半年後のことである。


「ジュリ……否、ジュリ殿。(かしこ)まりてひとつ、某、(こいねがい)いたき議がございまする」

 

 そう、ライヤは気づいたのだ。

 見つけてしまったのだ。


 己が刃を、忠を、魂を捧げるに相応しい、

 主人の存在に。


「な、なんだよ改まって……気味が悪い。っていうかもう、嫌な予感しかしないんだけど……」


「ジュリ殿。某――否、拙者を、貴方様のサムライにして頂きたく候っ!」


「ほらキタ面倒ごと! は? 嫌だよそんなのぜえええええったいにイヤ! ノーセンキュー! っていうかお前、もうこれ以上、俺を変に持ち上げないでくれよ頼むからマジで!」


「……っ! ならばせめて、介錯をば! 拙者、直ちに腹を斬りますっ!」


「最悪の脅迫じゃねえか! オイふざけんなやめろやめろマジでやめろ! ……くっ、力強っ! いいから刀を離せ、馬鹿野郎!」


「では拙者を、ジュリ殿の家臣に……?」


「いやそれは本当に無理。心の底からゴメン被ります」


「ならばこれ以上、拙者に生きる由は無し! お目汚し御免、チェストおおおおおおっ!」


「だからやめろ馬鹿ああああああっ! もう嫌ああああああああっ!」


 そんなこんなの遣り取りを経て、

 半ば強引にジュリの家臣として納まったライヤ。

 

 当然ライヅ家を始め各方面から悶着があったが、

 その全てを実力と武功で黙らせた。


 何せ世は、人心が乱れ妖魔が暗躍する、

 激動の時代。


 後に『妖滅大戦』などと称される乱世において、功名の機会は掃いて捨てるほどにあった。そうした動乱の最中を、ライヤを従えたジュリは、あたかも天に導かれし昇竜の如く、破竹の勢いで駆け上がる。


「殿! 大妖魔の出現を確認、出陣ですぞ!」


「イヤだ死ぬう! 今度こそ死んじゃうううう!」


 北に大妖現れば、直ちに出向いて討滅を成し。


「殿! 民の一揆でございます、ご采配を!」


「無理無理無理! 俺まだ、この前のケガ治ってないんだけど!?」


 南の人心が乱れれば、颯爽とその心を掌握して。

 

「殿! 疫病でござる、奉行所からも救援要請が!」


「あばばばばばばば……」


 東に苦しむ民あれば、身を粉にして救いを与え。


「殿! 殿の計略通り、殿に歯向かう不届者どもが集まっております! まさしく好機、ご決断を!」


「…………あへえ」(ビクンビクン)

 

 西に不穏の気配あれば、指一本動かすことなく、その成敗を完遂させる。


「殿! 殿! 殿!」


「こ、殺せえ! いっそのこと、オレを殺してくれえええええ……っ!」


 ジュリの臣下に認められて一年と余り。光陰の如く過ぎ去った日々は、間違いなく、ライヅ・ライヤという天才剣士の十七年間における生涯において、至福と呼ぶに相応しい日々であった。


 また、そうして天下の安寧に貢献するたび、その威光に触れた者の中から、自身と同じく彼に忠を捧げたいと申し出る者たちも現れた。


 当然、殿の一番の家臣は己であるが、しかし同じ殿を担ぐ、信頼できる仲間というのは心強い。彼らなら安心して殿を任せられる。


 ゆえに、後悔など一欠片もない。


 たとえこの命が、

 夢半ばで潰えたとしても――

 

【作者の呟き】


〈朗報〉ジュリくん、脱糞系主君から勘違い系主君にランクアップ。

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