終幕 後日譚
〈クロイア視点〉
「にしても今回は、やらかしまくったっスねえ……オ・ジ・サ・ン?」
「……」
ブルタンク領における、魔樹区域における討伐作戦に、闇ギルドが介入するという騒動から三日ほどが経過していた。
その場に居合わせた……というより事件の一端である……ライヤ一味の助力があり、なんと窮地を脱した獣人騎士団は、誘拐されていた人質を連れて直ちに森を脱出。
無事に城塞都市に辿り着き、領地に止まっていた騎士たちと合流。
事件の関係者は現在その報告と、後始末に追われている。
そうした只中であって、領主の食客扱いであるライヤとその家人らは、事件の成り行きを見届けるため、未だ城塞都市に止まっていた。
そして夜半。
日課であるライヤの入浴と、
付き添い人のハルジオを宿に残して。
それを覗こうとするクロイアを監視がてら外に連れ出した、エルクリフとの会話である。
薄雲が月灯りを曇らせる、夜の細道。
一連の騒動で常よりも静かな裏道を、
二人の精人がてくてくと歩いていく。
ただし一方の頬はいやらしく吊り上がり、
もう一方は不快そうに眉根を寄せていた。
「いやあ〜まさに、策士策に溺れるとはまさにこのことっスね。あんだけ闇ギルドの連中を煽っておいて、あっさり捕まって人質にされるとか、どんだけマヌケだよっつーハナシっスよ。まじウケる〜」
「……だって、仕方がないではないですか。事前に集めていた情報にも、僕が確認した悪党どもの記憶にも、悪食姉妹は存在しなかったのです。あの変化魔法を初見で見破るなんて、不可能ですよ。ええ」
そして不意を突かれてしまえば、前衛職はともかく、後衛職が抗うことは難しい。
そのうえあちらは末端組織への襲撃から情報を得ていたのか、周到に、魔力を封じる眼帯や拘束具の準備をしていた。
ここまで先んじて罠を張られては、
魔力に偏重した魔法使いに成す術は無い。
あのとき犬人騎士に擬態した『皮剥ぎ』に単身で呼び出された時点で、エルクリフは詰んでいたのだ。
「で、そんなブザマな言い訳を、お館サマにも宣うんスか?」
「……」
「まあ件の犬人サンも? かなーりヤバかったそうっスけど、アイツらのアジトから救出されてなんとか一命は取り留めたみたいですし? 人質からも死者が出なかったから、そこまで深くツッコまれなかったっスけど、一歩間違えたら大惨事でしたよ? わかってます? 傍迷惑なオ・ジ・サ・ン?」
「……っ!」
ああ、わかっている。
わかっているとも。
今回は局面が、最終的に上手く転んでくれたに過ぎない。
あの魔宴で生き残った闇ギルドの構成員から情報を抜き出して、速やかに領内のアジトから捉えられていた犬人騎士を救出できたこと。
そのまま残党を一掃して、事件の証拠を確保できたこと。
巻き込まれた人質が無事だったこと。
その全てが幸運の賜物で、薄氷の上に成り立っていることを、エルクリフは痛いほどに理解している。
(途中までは……順調、だったんです!)
領地に存在する害虫駆除に貢献して、
領主の評価を上げる。
さらに魔生樹の討伐にも協力して、あわよくば釣られて出てきた悪党どもを叩き潰して、その評価を盤石にする。
そうすることでライヅ一家の武勇は近隣領地に広がり、やがては大陸全土に知られることになるだろう。
それは数少ない、ライヤの願いだった。
その一翼を、自分が担うつもりだった。
(兄さんの、願い……っ!)
呪印に侵され、制限時間を強いられた彼が、根拠もなく信じている、この世界に転生した前世の主君と再会。
そのために愛する男の名を、
世界に知らしめるつもりだった。
誰でもない、この自分が。
「……アンタは、お館サマの『主君』サマにはなれないっスよ」
「……っ、わ、わかっていますよ、それくらい!」
「ええ〜? ホントっスか〜? 怪しいな〜」
「……」
ああ。
わかっている。
わかっているとも。
仮に彼が語る『主君』であれば、此度の事件も、もっと上手く華麗に見事に落着させていたのだろう。
ライヤ曰く、全知全能。神算鬼謀。一を見て十を知り百を見通す絶世の策士。それがライヤの主君に対する評価であり、すなわち彼に『そのような存在』として認められることが、最低限のラインだ。
自分は未だ、その頂に達していない。
道は遠い。
でも、諦めない。
諦めるわけにはいかない。
何故ならそれを諦めるということは、彼の隣に並ぶ資格を、諦めるということだ。
義兄弟として扱ってもらっている現状に不服などあるはずがないが、しかし少年は己の、抑えきれない欲求も理解していた。
成りたい。
彼にとっての、唯一無二に。
彼が盲信する、前世の主君のように。
(そのためなら、ボクは……)
月を覆った雲が、
エルクリフの紅顔を闇で覆い隠す。
「あー、そういえば、前からちょっと疑問だったんスけど、オジサンって、積極的にお館サマの『主君』サマ探しに協力してるじゃないっスか」
「……ええ、そうですね。弟として当然の義務です」
「そこですよ。アンタ絶対に、そんなタマじゃないじゃないっスか。お館サマに近寄る女は蹴散らして、男は踏み躙る、生粋の異常者じゃないっスか」
「酷い評価ですね」
否定はしないが。
「そんなアンタがもし仮に、お館サマが夢中な主君サマを見つけたとして、大人しく黙っているとは思えないんっスけどねえ……何か、企んでます?」
「いいえ、別に。兄さんの幸せこそがボクの幸せ。兄さんが喜んでくれるなら、たとえ奥歯を噛み砕いてでも耐えますよ、ええ」
「こっわあ……そういう発言がサラリと出るあたり、マジ異常者っス。……まあ、そんなお館サマを目の当たりしたら、嫉妬で頭がパーンってなりそうな気持ちは理解できるっスけど」
「でしょう?」
それに……まだ、それならまだいい。
嫉妬で気が狂いそうでも、
寂寥で心がちぎれても、
我慢できる。
してみせる。
問題なのは……
(……もし……もし仮に……今世での『主君』さんが、兄さんの期待にそぐわない愚物だったら……)
人は変わる。
変わってしまう。
良くも悪くも。
幸いにも不幸にも。
もし本当に前世の主君とやらが今世に転生して、奇跡的な再会を果たしたとして、そのとき彼が、ライヤが想い焦がれる人物像のままである保証はない。
その時は、
(兄さんが傷つく前に……ボクが、この手で……っ!)
やがて薄雲が去り、
再び月明かりが世界を照らす。
降り注ぐ月光を浴びた少年の顔は、
わらっていた。
「でも……ちゃんと、祝福、しますよ? ええ、兄さんの大切な、想い人です。家族みんなで、盛大に祝いましょう。そのためにはちゃんと、今回の教訓を活かさなければいけませんね!」
「お、おう、そうっスね……」
「それでは、そろそろ戻りましょうか。兄さんが湯から上がる頃合いです。按摩しないとっ」
そのようなことを語りながら、踵を返し、裏路地の暗闇へと引き返していくエルクリフ。
その背中を見つめるクロイアの頬は、
引き攣っていた。
「……いやあ笑顔、絶対に祝う気なんてないでしょ……」
漏らした呟きは夜に溶けて、
誰にも届くことはなかった。
⚫︎
「……ぶわっくしょい! ……ああ、なんだ風邪か?」
そして同時刻。
ボトルニア大陸の片隅で、誰かが盛大なクシャミを噴き出していたのだが……
それはまた、別のお話。
【第一部 終幕】
【作者の呟き】
というわけで第一部、無事に終了です。
ここまで拙作に付き合ってくださった読者様、ありがとうございました。
ぼんやりとした第二部の構想はあるのですが、それが執筆できるかは、作者のモチベーション次第ですので、もし続きが気になるという方は、評価や感想を投げてくださると、作者はとても喜びます。
それでは長々とお付き合いいただき、
ありがとうございました。
m(_ _)m




