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第四幕 雷刃一閃

〈ライヤ視点〉 

 

 かつて――今から十年ほど前に。


 ライヤは流刑された辺境領地の最果てにて、

 奇しくも魔王を名乗る存在と邂逅していた。


【ああ……なんという……なんという、強き、人の子よ】


 正確に述べるならそれは、魔王ではない。


 何故なら魔王という存在は、生まれながらに他と隔絶した絶対強者でありながら、創造主による制約によって、その身が産み落とされた魔樹迷宮から外に出ることを、封じられているのだから。


 ゆえに魔王は、待ち侘びる。

 

 人類未到の地とされる、

 世界最古の魔樹迷宮の最奥で。

 

 冷たい玉座に倦みながら、自らを討ち滅ぼしたる勇者の誕生を、待ち焦がれている。


【ああ……なんと愛しき、我の勇者よ……】


 だがそうした創造主の制約にも、

 抜け道はあるようだ。


 魔王は魔樹迷宮の外に出られないが、その配下である魔人であれば、創造主の制約を超えて外の世界に触れることができる。


 厳密にはそこにも様々な制限があるようなのだが、とにかく魔人の中には魔樹迷宮や、魔生樹の繁茂地域以外でも活動する個体が確認されており、その中でもさらに少数ではあるが、その身に魔王の意識の一部を憑依させている者たちがいた。


 ライヤが遭遇したのは、

 そうした魔人である。


 魔樹迷宮に封印された魔王が地上に伸ばした、根であり、耳であり、目であった。


【ああ……ようやく、巡り会えた……妾の、()()よっ!】


 しかもライヤは当時、

 十七という年齢でありながら、

 魔王の端末を討ち倒してしまった。 

 

 無論ライヤとて、初めて経験した魔人との戦闘に、大きな痛手を負っている。


 身体は満身創痍で、ろくに身動きなどとれず、それでもなんとか前世から受け継ぐ秘奥を用いて魔人を討伐したと思った矢先に、魔人が最後の魔力を振り絞って、魂魄で繋がった魔王の幽体を地上に降臨せしめたのであった。


『何を……戯言を。そもそもヌシは、何者だ? 我らの死闘に横槍を入れるなど、無粋の極み。恥を知れ』


 けれども当時、

 そのような背景を露ぞ知らぬ少年は。

 

 目の前で揺れる美しい女の幻影に対して、

 忌々しく吐き捨てた。


【良い……良い、強き人の子よ。汝、傲慢であれ。尊大であれ。強者であれ】


 それでも魔王は、笑う。

 

 可笑そうに。

 嬉しそうに。

 愛しそうに。


【だが……弱い。まだまだ弱い。その程度の力では、妾に指先すら届かぬ……それは、駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ許せぬ。其方が弱者であることを、妾は許せぬ。其方が道半ばで折れることを、妾は許せぬ。其方が妾以外の者に奪われることを、妾は絶対に、許容できぬ!】


 どろりと、欲が絡みつく。

 

 熱く、暗く、重い情念が、

 女の言霊には宿っていた。


 これまで面識などあるはずのない魔王の、異常なまでの執着に不思議な既視感を覚えながらも、それよりもライヤは、聞き捨てならない言葉に反応した。


『なら……どうするというのだ。拙者はすでに、仕えるべき主君を定めておる。今更ヌシがどうこう喚いたところで、拙者の忠義は揺るがぬぞ!』


【いいや、変わる。変えてみせる。そのために汝に……これを、授ける】


 そのように宣った〈紫〉の魔王がライヤに刻んだのが、摂理を超越した魔王にした扱えぬ、死を覆す魔法の呪印だった。


【さあ……妾の呪印(あい)を受け入れておくれ、愛しき勇者よ】


「な、待て、この痴れも――くっ、があああああああっ!」

 

 本人の承諾など得ぬまま。

 些細な抵抗さえ許さずに。

 

 心臓の真上、胸元に刻まれた呪印は、本人の死を以て発動する、魔王の寵愛の証。


 ひとたびその魔法が発動すれば、大陸のどこであれ、世界に根付く霊脈を通して、即座に呪印から魔王の魔力が流し込まれ、巨大な影の魔生樹が生成される。


 生み出された黒き大樹は周囲の魔力を強奪して、その身を守る大量の黒魔獣を生み出しながら、一方で内に取り込んだライヤの肉体を、魔力を、魂魄を修復していく。


 それは人が長年追い求めた、

 死という理を覆す奇跡。

 不死の魔法。


【いつか……いつの日にか必ず、妾を討ちにきておくれ……妾の愛しき勇者よ……英雄よ……】


 しかし奇跡には、対価が存在した。

 

【……でなければ永遠に……汝は、妾のものだ!】


 ライヤにとっては死よりも悍ましい代償が、

 命の天秤に載せられる。


【絶対に……今度こそ……永遠に……妾のもの……あは、あはははは、あはははははははははははははははは――っ!】


 そうして、狂ったように笑う魔王との一方的な契約から、およそ十年後――


「……ぬう」


 ――かつての記憶。


 過去夢の揺籠から目覚めたライヤは、徐々に知覚し始めた己の五感を確認する。


(耳は……聴こえる。目はもうしばし、時間がかかるか。指先に力は籠る。鼻も問題ない。舌は……はてさて、どうであろうかな)


 であれば、動くことに問題はない。


 ひとつ、深い呼吸を挟んでから。


 飛び起きたライヤは、即座に跳躍した。


『ブルルルウ!』『シャアアア!』『キチキチギチッ!』『ウオオオン――ッ!』


 自分がたった今まで横たわっていた地面を目がけて、突貫してきた猪型魔獣を避けつつ、さらなる追撃を仕掛けてきた蛇型魔獣の噛みつきを躱し、直後に放たれた蜘蛛型魔獣の毒粘液を掻い潜ったのちに、唸り声をあげて牙を剥く狼型魔獣を蹴飛ばしておく。


「毎度のことだが、目覚ましにしては騒々しい!」


 ライヤが目覚めたのは、

 闇に覆われた世界の中心。


 今やその姿を消滅させた、

 黒き魔生樹の根本だった。


 母樹の喪失に、子獣たちは怒り狂い、その気配を感じる人間を略奪者と断じて、本能的に襲いかかってきているのだ。


(母を奪われた子の、哀れなものよ)


 しかし母の核は、魔晶石は、魔王の呪印にてライヤの心臓と一体化している。


 申し訳ないが易々と、

 くれてやるわけにはいかない。


「……お館サマ!」


 魔獣たちによる怒涛の攻撃を回避し続けていると、耳朶が、覚えのある声を拾った。


 そちらの方向に手を向けると同時に、

 高速で飛来する物体を察知。


 視線を向けずに掴み取ったそれは、

 手に馴染む木刀であった。


「でかしたぞ、クロ」


 ヂッと、なんの変哲もない木刀が光を帯びる。


 それはライヤが前世から引き継いだ力の発露であり、この世界においては稀有とされる、雷属性の魔法の発露。


「南無三――チェストッ!」


 紫電一閃。


 バチバチと唸る強烈な光を帯びた木刀が円弧を描くと、その軌道上にあった魔物が、十数メートルに渡って両断される。


 雷魔法による刀身の延長と、熱を帯びた切断力は、たった一振りにて無数の黒魔獣を屠りさった。


 それを二度、三度と繰り返すうちに、蟻のように群がっていた魔獣たちが、見る間に数を減らしていく。


「……あ゛あ゛あ゛……お館ざま゛あ……痺れりゅうううう……」


「……く、クロちゃん大丈夫っ!? よ、よだれを、拭いてっ……」


 遠くで弟子たちが何やら騒いでいるが、

 どうやら無事に生き残っているようだ。


 さらに後方には見覚えのある結界が張られ、内部には獣人騎士たちと、人質だった子どもたちの姿も確認できる。


 どうやら彼女らは、渋々ながらも、

 上手くやってくれたらしい。


(あとで頭でも、撫でてやらねばな)


 どれだけ周囲から持て囃されようと、所詮自分は、斬ることしかできない刃。


 そう、自らを定めている。


 ゆえにあのとき、人質を無事に救出する算段を見出せなかったライヤにできることといえば、命を賭した時間稼ぎ程度のもの。


 そして混乱に乗じた隙さえ作り出せば、

 あとは優秀な弟子たちが何とかしてくれる。


 託される側からすれば迷惑極まりない信頼であるが、そうした家長の我儘に、今回も家人らは応えてくれたようだ。感謝しかない。


(とはいえそれも、ひとまずここを乗り切ってからか)


 思考と切り離された肉体が、光刃を振るい続けた結果、波濤のように迫っていた黒魔獣たちは沈黙していた。


 戦場に血風が満ちる。

 見渡す限りに散らばる骸。

 魔獣の死骸。血の華。闘争の証。


 自分の居場所だ。


「……ふう」


 木刀を肩に一息つくライヤの上半身は、いつしか着物がはだけて、逞しい胸部が露出していた。


 偽りの月に照らされた右胸の呪印は一回りほど広がり、顔の下半分から上にかけての侵食範囲を、拡大している。


「……これはまた、面を新調せねばならんなあ」


 ゾリゾリと下顎を撫でるライヤの姿に、

 弟子たちが黄色い声をあげた。


「……えっ……えち、えちちち! うちのお館サマが、ド助兵衛過ぎる……っ!」


「……ら、ライ兄様あ! 胸え! お胸を隠してえ……っ!」


 少女たちが何やら顔を真っ赤にして叫んでいるが、相変わらず、今世での価値観は理解し難い。


(男の裸など見られて、何が恥ずかしいものか)


 そんなことよりも今は、

 客人の相手が優先である。


「さて、待たせたな。御仁」


「ギッ……気ニ……スるナ……強キ、人ノ子ヨ……」


 魔王がライヤに施した呪印の効果は、死からの復活。

 

 対価はその都度に浸食を増していく呪印と、

 母樹を追い求める黒魔獣らの殲滅。


 前者はその侵食が臨界に達したとき、ライヤを人間から魔人に転生させて魔王の支配下に置くという碌でも無い代物だが、後者に関しては、闘争を愛する武士としてはむしろ褒美であるとさえいえた。


 とくに、目の前に佇む黒騎士のように。

 

 おそらくは此度の魔生樹の番魔獣。


 斯様な強者と相見えることは、

 僥倖以外の何者でもない。

 胸が高鳴る。


「それは恐悦至極。オヌシのような強者と巡り会えたこと、戦神に感謝しよう」


「そ……レは……こちラの、台詞、ダ……」


「だがその様子では、時間に猶予はなさそうだ。しからば次の一撃にて雌雄を決したいと考えるが、如何か?」


「……是非も……無しッ! 感謝すル、ゾ……人の、子ヨ……っ!」


 ライヤの申し出に、

 相対する魔人は歓喜した。


 やはり、素晴らしき兵子だ。


 空気に晒された大男の頬が吊り上がる。


「拙者、ライヤ・ライヅと申す者也。おヌシの名は?」


 好戦の笑みを浮かべたライヤが木刀を重心を降ろし、腰元に木刀を構える。居合の姿勢だ。


「〈銀〉ノ……眷属、メダリオン!」


 対する黒騎士は両手で頭上に特大の岩棍棒を構え、膨大な魔力を込めて、大気を歪ませた。


 地に伏す虎と、天より睨む龍が、相見える。


「……ゆくゾ、人の子……ライヤあアアアアッ!」

 

「チェストおオオオオオッ!」


 黒騎士が極大の衝撃波を解き放つのに合わせて、ライヤも抜刀。雷属性の魔力による神経伝達の強化。肉体の活性化。思考の高速化。それら全てが組み合わされた達人による一振りは、音を置き去りにした閃光となる。


 超絶の技巧に、雷撃の破壊力を備えた、技の名を〈雷刃〉という。


 この世界における唯一無二。


 男性の雷刃士が放つ紫電は大気を裂き、衝撃波を割り、その先にある魔人の魔鋼鎧の奥にある魔石を、斬り裂いた。


 パアアアン……と、

 遅れて宙が福音を鳴らす。


 黒騎士に朱線が刻まれ、傾斜して、血の華が咲いた。


「お……見事……」


 そして満足げに、崩れ落ちる黒騎士に。


 雷刃士は目を瞑り、黙祷を捧げるのであった。

 

【作者の呟き】


 只人種、雷刃士、ライヤ・ライヅ。


 希少な雷属性魔力の保有者であり、それに前世の知識と技術を組み合わせた、特異な武術を習得している。


 前世の主君曰く、全才能を武力に極振りした戦闘狂。こんなのがモテまくる世界なんて間違ってるよ、とのこと。

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