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第三幕 悪食姉妹 ④

〈『皮剥ぎ』視点〉


「……おやまあ随分と、威勢のいい子がいたもんだねえ」


 せっかくの愉悦に水をさされ、

 内心苛立ちつつも。


 余裕の態度を保つ只人(ヒューム)は、

 口から更なる毒を撒く。


「お嬢ちゃんは、あの坊ちゃんの身を、案じたりはしないのかい?」


「いやまあ、ライヅ一門たるもの戦場での死は覚悟の上ですし、今更っスよ」


 平然とそのようなことを宣う黒精人に、

 虚飾の色は見受けられない。


 むしろ侮蔑を瞳に宿している。

 

「というか、ぶっちゃけ本人も、ヘマ打って人質になるようなマヌケは殺してくれって思ってるはずっスから、ジブン的にはあのオジサンのことなんて、どうでもいいっス」


 そうした会話が聴こえているはずなのに。


 オロオロと顔色を変える鬼人も、無言を貫く大男も、否定の言葉を口にしない。


 微塵の動揺も見られない白精人(エルフ)本人の態度から判じても、ブラフではないのだろう。


 なんたる薄情、蛮族文化だと、常軌を逸した価値観に、悪食姉妹の長女は内心を曇らせた。


「でも隠していた手の内を見せたってことは、その『使い道』があるんっスよね? となればアンタらはあの人質を使って、ジブンたちと『交渉』がしたいわけだ。たとえば――そう、たとえば『こちらが不利な条件で戦う代わりに、勝ったときは人質を解放する』みたいな条件っスか? だったらジブン、喜んで快諾しますよ!」


「はあ!? おいコラテメエ、何さっきからペラペラとチョーシこいてんだあ!」


 挑発的な少女の物言いに、

 短慮な『骨喰み』が噛みついた。


「ンな舐めた口効くんなら、お望み通りこのゴルディ様が――」


「お黙りっ!」


 鼻息を荒くする妹分を、

 姉役である『皮剥ぎ』が嗜める。


(この阿呆が、まんまと乗せられてるんじゃないよ)


 内心で毒付きつつ。


 悪食姉妹の長女は、

 少女に対する評価を改めた。


(このメスガキ、相当に頭がキレるねえ)

 

 口の回る黒精人(オルヴ)が語るように、こちらの思惑は的確に見抜かれており、先んじてそれを指摘にすることで、主導権まで握ろうとしている。


 気づかないうちに相手の懐に忍び寄り、巻きつき、締め上げる、蛇のような狡猾さだ。


(だけどまあ、ここで下手に反論すれば、それこそ相手に付けいる隙を作っちまう)


 激昂した虎人(タイガラ)のように、

 ムキになって反論するのは悪手。


 となればここは、

 あえて相手の口車に乗ってやろう。


 先手を取られたのは癪だが、話の流れ自体は概ね、こちらの狙い通りなのだ。問題はない。瞬時にそこまで方針をまとめたベロアは、悪意を宿した笑みを浮かべる。


「そうだねえ。それじゃあお言葉に甘えて――そちらのダンナさん。アンタとうちらで、人質をかけた決闘をしようじゃないか」


「……ッ!」


 ただし主導権は譲らない。


(さっきこのメスガキは、ごく自然に、戦いが『自分主体』になるよう焚き付けてやがった。となると裏を返せばコイツは、誰かを戦いから『遠ざけたかった』ってわけだあ)


 そしてこれまでの言動から。


 彼女が身を呈してでも守ろうとする人間など、たった一人しか思い浮かばない。


「ライヤ・ライヅさんやあ。まさか弟子たちの前でお師匠サマが、雄々しく尻尾を巻くなんてこたあねえよねえ?」


「んなっ……そんな必要、ないっス! この程度のザコに、お館サマが出張る必要はないっスよ!」


「ははっ、クロよ。此度の戦言葉(いくさことば)は、お主の負けじゃのう。精進せい」


「……っ!」


 あちらとしても、身内のそうした意図を、読んでいたのだろう。


 目論見を看破されたことにさしたる動揺もなく、般若面の大男が呵呵として笑うと、少女が悔しそうに左頬の白蛇を歪めた。


「でも――」


「それに先方は、拙者を名指したのだ。ライヅのサムライに、挑まれた戦いを拒む者はいない」


 なおも食らいつこうとした少女の頭を。

 

 大男がガシガシと、

 乱暴に撫でることで黙らせた。


「……っ! んもう、ホント、そういうトコっすよ、お館サマ!」


「頼むぞ」

 

 諭されて、これ以上の言い争いは無駄だと判断したのか、不服そうに下がっていく黒精人と入れ替わりに、般若面の大男が進み出る。


 上質な和服の袖を風に揺らして。


 腕を組むその立ち姿に気負いはなく、それどころか言葉通りに、黒曜石の瞳には好戦の色すら浮かんでいた。


 気に入らない。

 全くもって気に食わない。


 どれだけ腕に自信があるのか知らないが、それを一枚一枚、引っ剥がしてやる。

 

「……そうかい。ご快諾いただいて結構。ただうちからの条件はあ、まだ終わっていないんだけどお?」


「うむ、聞こう」


「じゃあまずはあ、その腰に佩いた物騒なモノを、捨ててもらおうかあ」


「……む。これをか?」


 大男が手を添えたのは、腰元の木刀だ。


 一見してただの木刀に見えるが、

 念には念を。


 魔道具かもしれない可能性を排除しておく。


「はあ? 剣士に剣を捨てろって、それ正気っスか? ちょっとビビり過ぎてません!?」


「うっせえよメスガキ、姐御に口ごたえすんじゃねえ!」


 またしても少女が口を挟んできた少女に、ゴルディが反応するが、今度は止めない。


 ベロアの静止がないとわかった『骨喰み』が、獣牙を剥いて、悪意の笑みを浮かべる。


「だいたい男に、ゴ立派な剣なんて分不相応なんだよ! どうしてもっつーんなら……ほれ、これでも握ってろ!」


 根っからの女尊主義者である虎人が投げ渡したのは、その場で拾い上げた、なんの変哲もない小枝であった。


「なっ……テメエ、ふざけんな! ぶっ殺すぞ!」


「……ぶっ。あ、あははは! どうしたい愚妹、アンタにしちゃずいぶんと、気が利いているじゃないかあ!」


「お? そうだろ、姐御? がはははは!」


「うぷぷぷっ。ホント、バカ虎ちゃんはときどき、お利口さんになりますね〜」


 意味を理解した黒精人が殺気立つが、

 悪食姉妹は意に介さない。


 邪悪に嗤う。


「たしかトーホーの達人は、武器を選ばないんだってなあ? だったら仮にもメスガキ囲ってお山の大将気取ってるんだ、用意してもらった武器に、イチャモンつけんなよなあ、オイ!」


「成程。相解った」


 自らに向けられた嘲笑に対して、

 大男は迷うことなく首肯する。


「……あ゛?」


「ならば此度の戦い、拙者はこれを使わせて頂こう」


 提案したものの、こうもあっさり了承されると思っていなかった虎人が、間抜けな声を漏らした。


「……っ。このヤロウ――」


「――まあ落ち着きなよ、愚妹」


 それからすぐに、侮辱されていると思った『骨喰み』の顔が憤怒に歪むが、それをベロアが片手で制した。


「あちらさんが条件を呑んでんだあ、これ以上とやかく言うのは、野暮ってもんさねえ。言い加減、話を進めさせてもらうよお」


「うむ。そうして頂けると助かる」


「そうかいそうかい。それじゃあお次は、アタイの準備だ」


 言いながら『顔剥ぎ』は、己が装備する青銀の重装鎧。

 

 魔道具特有の魔力を帯びた魔鋼鎧の胸部に貼り付けられた、人顔を模した趣味の悪い装飾――否、人間の人面仮面(デスマスク)を手にして、観客を前にした舞台俳優のように、胸を張って朗々と告げる。


「さあさあ、とくとご覧あれ。世にも珍しい〈祝福〉の、本領発揮だよお!」


 

【作者の呟き】


 獣人種、虎人族、『骨喰み』ゴルディ。


 半裸でムキムキの女尊至上主義な巨女。


 悪食姉妹の長女曰く、短所は弱者を見下す点で、長所は強者に絶対服従な点。


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