第三幕 討伐任務 ①
〈トルクト視点〉
魔生樹とはその名が示す通り、『魔』が『生』じる『樹』であり、この世界においては人々の安寧を揺るがす脅威であると同時に、富や栄光をもたらす宝庫であるともいえる。
大陸においてもっとも長い歴史を誇る宗教、神樹教の聖典によれば、それはこの世界の創世時から存在するとされる『最古の魔生樹』――『魔界樹』が、世界中に拡散する霊脈を伝って種子を送り、土地の魔力を吸収して萌芽させた分身だとされている。
ゆえにその存在理由は、
人類に対する『試練』と『恩恵』。
かの樹が産み出す魔獣は力無い人々にとって大いなる恐怖であるが、しかしそれを打ち倒すことで、踏破者は血肉を糧として前に進み、いずれは魔生樹が生み出した『魔樹迷宮』に挑むこととなる。
そして最奥に待ち構える魔人や、世界最古の魔樹迷宮に座する魔王をすべて討ち倒したときこそ、人類は創造主の正当なる後継者と認められるのだという内容が、神樹教の経典には記載されていた。
大陸の最大宗教によるそうした布教もあって、人々は魔獣という脅威に対する恐れはあっても、魔生樹という存在そのものに対する忌避は少ない。
何せ冒険者などに討伐されて素材として売買される魔獣もさることながら、母体である魔生樹そのものも、特殊な加工を用いることで、強力な魔道具の触媒として高値で取引されることは珍しくない。
もはやそれらは、人類にとって、欠かすことのできない重要な資源である。
あるいは『一定の規模』まで育った魔生樹などは、神樹教の秘奥によって『天聖樹』へと造り替えられることもあるだろう。
そうした教会に管理された聖なる樹は、人類種を新たな領域へと『存在進化』させ、人に従う聖天馬や聖翼獣といった『聖獣』を産み出し、魔獣の侵入を阻む街の広域結界の触媒などに利用されているため、人々の信仰の対象とさえなっている。
斯様な背景があるため、王国から自治権を預けられた各々の領主が、自らの領地に管理可能な魔生樹の繁茂地域を設けることは、当然の施策であった。
保有する『魔樹区画』の規模が大きいほど、それを目当てとして冒険者や商人が集まって、採取される資源で領地が潤う。
反面で、自らの管理能力を超えるほどに魔樹区域が広がった結果、魔獣暴走が発生して甚大なる被害を被った例も、珍しくはない。
ゆえに魔樹区画における魔生樹の管理と伐採は、領主にとっての重要な責務であり、直属の手駒である領主騎士団がその役割を担うことは、当然の帰結であった。
「……ふむ」
と、そのように重要な任務において。
「なかなかに、鍛えられておりますな。皆様方の日頃の訓練が、目に浮かぶようで御座る」
今回の任務には騎士の他にも数名ほど、
見慣れぬ風貌の人物らが混じっていた。
「そ、そうですか? いやあ、貴方がたにそう評していただけると、我らとしても鼻が高い!」
「……え? で、でも、ライ兄様、あれくらいなら、うちの子たちなら誰でも――みぎゃっ!」
「はいハル〜。空気が読めないんだから黙ってましょうね〜。お館サマのジャマは許さないっスよ〜」
「……ううう。だからって、く、クロちゃん。いつもおっぱいを、叩かないでよ〜」
「叩きやすい場所に、デカい的をぶら下げてる方が悪いっス」
「それもうただの、言いがかりだよう!」
「これ、二人とも。静かにせんか」
気安く口を挟んできた少女たちを軽く嗜めるのは、顔の下半分を般若面で覆った和装の大男、ライヤ。
「……失敬。拙者の配下が、お目汚しをば」
「い、いえいえ、どうかお気になさらず……」
引き攣った笑みを浮かべる領主の第二子女、トルクトに謝罪する大男は、領主邸での畏まった装いとは異なり、動き易さを重視した、東風着物に袖を通していた。
何度見ても男らしくない肉厚な巨躯に、
腰に佩いた無骨な木刀。
一方で、後ろで束ねられた烏の濡れ羽色の黒髪は丁寧に櫛掛けされており、こちらからは上品な、男性らしい香油が漂っている。
「……ほらハル。お館サマに余計な気を遣わせてるっス。反省するっス」
「……あ、あいたたたあ! ご、ごめんなさいい〜っ!」
「……クロイアさん、折檻は程々に。兄さんの邪魔になります。それとハルジオさんはもっと男性らしく、慎みを覚えなさい」
そうした大男の背後には、彼の背中を気遣わしげに見つめる軽装の黒精人少女――クロイアと、尻部を抓られて涙目となっている男装の大鬼人少女――ハルジオ。そしてさりげなくライヤの隣に並びつつ、両名に冷ややかな視線を送る白精人の美少年――エルクリフの姿があった。
先日領主邸にて執り行われた親善試合において力を示し、正式に領主の食客として今回の魔樹討伐に招かれた、辺境領地において武勇を轟かせるライヅ一派の面々である。
「あいや寛大なご配慮、感謝致しまする」
家長であるライヤが社交辞令の会釈をすると、トルクトの背に刺さる視線が険しさを増した。
「……チッ。チッ。チッ。……というかあのヒト、ちょっと、お館サマに謙遜させ過ぎじゃないっスか?」
「……ちぇ、ちぇすと、しちゃう?」
「……だから落ち着きなさいというに、二人とも。……もう少し、様子をみましょう」
ぶわあと、牛人騎士の背に汗が滲む。
「い、いえいえいえ! ホント、気にしないでください! ね? ね? だからクロイア嬢もハルジオ嬢も、エルクリフくんもそんな目でこっち見ないで! ね? ね?」
必死に友好的な笑顔を貼り付けつつ、トルクトは内心で、此度の采配を下した実母に内心で何度目になるかわからない恨み言を吐き出した。
(あのクソババア! オレに面倒事を丸投げしやがって!)
何せ立場上、トルクトはそうした部外者を、此度の討伐任務における隊長として率いなければならない。それは領主近衛騎士団の第二分隊の団長である、領主の子息としては当然の務めだ。
ただし母親に似て立派に実った胸中は、まるで手に負えない猛獣の手綱を渡された、調教師の気分である。
(っていうか今、叩いた瞬間が全然見えなかったんですけど……っ!?)
幸いなことに、
討伐任務そのものは順調に進んでいる。
というよりも、順調に過ぎた。
今回の討伐目標とされる魔生樹は、
全部で十二本。
当初の予定では、荷馬車に携帯食や寝具などを積み込み、万全の準備をした三十名からなる騎士団が、一週間ほどを目安に魔樹区域のある森に篭り、順次それらを討伐していく算段であった。
しかし半分以上が、まだ二日目の正午過ぎであるこの時点で、達成されている。
異様な討伐速度は疑いの余地なく、討伐任務に名乗りをあげた、ライヅ一行によるもの。
何せ本来の魔生樹討伐とは、魔生樹の位置を特定して、その成長段階を把握。それを適正な人数で取り囲み、魔生樹が産み出した魔獣と、それを守護する『特別に強力な魔獣』、通称『番魔獣』を討ち取ったうえで、ようやく無防備となった本体を、適切な方法で処置していくというもの。
それなのに……
(魔生樹を見つけた瞬間に即突撃とか、蛮族が過ぎる!)
思わず渋面を浮かべて、
胃の辺りを押さえてしまう牛人騎士。
ほとんど戦闘に参加していないにも関わらず疲労の色が濃い彼女の脳裏には、この二日間で散々と見せつけられた、嬉々として魔獣を狩る蛮族娘たちの姿が浮かんでいた。
【作者の呟き】
おそらく今章には出てこない裏設定。
領主の子どもは長女(執務担当)、次女ブルクト(武力担当)、三女と四女(双子で要領良し)、五女ミルクト(弄られ担当)に、一名の男児を加えた計六人となっております。
世継ぎを残すという点で貴族は男子が求められるので、それまで領主夫妻が頑張った結果ですね。
また姉妹のうち最年少は男の子ですが、この世界では女子より貴重とされる男子なので、姉妹からメチャクチャに可愛がられ、その皺寄せが全部ミルクトにいっているという惨状でもあります。
もちろん娘たちは母親に似て、全員(ナニがとは言いませんが)おっきいですよ!




