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幕間 這い寄る悪意

〈注意〉今回は少しダークな内容なので、耐性がない読者様は飛ばして後書きを確認してください。

 空に陽が昇って朝になれば、

 やがて星が瞬いて夜になる。


 それはライヤがかつていた世界と変わらない、この世界でも通じる道理である。


 そして夜を好んで蠢く者たちの、

 悪辣なる性質も……


       ⚫︎


〈???視点〉

 

 王国内に無数に存在する、地方領地のひとつ、ブルランク領においても、他の領地と同様に、領民の貧富の差による格差があった。


 水が高い場所から、

 低きに流れる摂理のように。


 富める者は治安が良くて衛生的な上流区画へ、貧しき者は治安の荒れた不衛生な下流区画へと、誰かが意図する訳でもなく、いつの間にかそういった棲み分けが成されている。


 そのような、本人の望む、望むまいに関わらず、結果として日陰に属す者たちが多く集まった貧民街に、ひとつの酒場があった。


 治安の悪いスラム区域において、その場所では、質の悪い酒に酔って暴れる無法者などは存在しない。


 何故ならそこは、この街に巣食う闇ギルド〈不吉の月〉が管理する物件であり、そこに手出しをすることは、組織に歯向かうことだと周知されているためだ。


 王都に本拠を構え、この街にあるのは地方支部のようなものだが、それでも城塞都市においては最大勢力である闇ギルドの酒場には、ギルドメンバーの証である『月に齧り付く骸』の刺青(タトウー)を刻んだ悪党たちで、今日も賑わっている。


 そうした闇の住人たちの巣窟である酒場の、さらに下。


 組織の人間たちの『必要性』に応じて、

 用意された地下室に。


 呑気な鼻歌が、響いていた。


「〜〜〜♪」


 壁際に灯された蝋燭だけが光源の、

 狭く、湿った、薄暗い室内である。


 陰気な部屋に不釣り合いな陽気さで旋律(メロディ)を奏でるのは、黒いフード付きの外套を被った人間だった。


 まるで、闇に紛れるように。


 面貌はフードの影に隠れて伺うことはできないが、口元から漏れる声音は、二十代の後半といったところ。性別は女性である。


「〜〜〜♪」


 ぞり、ぞり、ぞり……


 軽妙なリズムに乗って、黒外套を纏った人影の手元が小刻みに動く。


 手に握るのは、使い込まれた短刀。


 椅子に座った人物は前のめりとなって、

 手元を注視した『作業』を行っていた。


「……でもまあ、うちの組織も見事に、舐められたもんだよねえ」


 ぞり、ぞり、と。


 手慣れているのか。

 

 一定のリズムで作業を続けながら、

 黒外套の人物は滔々と語る。


「いくらこのあたりで一番デカいといってもお、所詮は片田舎でチョーシこいてるだけの、ボンクラどもってことかねえ。ふらっとやってきた外者(そともの)たちに舐められて、ああも好き勝手にナワバリ荒らされるなんてえ、組織のメンツ丸潰れだよねえ」


 闇ギルドが詳細を調べていくと、どうやらその人物らは、このブルタンクを治める領主一族との面識があることが判明した。


 近々執り行われる領主の責務。


 城塞都市の西側に存在する森における、魔生樹の討伐任務に参加することからも、両者の関係性に疑いの余地はないと言える。


 そのため組織は、荒れた。


 あくまで報復を訴える強硬派と、今は様子を見るべしとする静観派で、ナワバリを荒らしたくだんの者たちへの対応が、見事に分かれてしまったのだ。


「……ぷっ。ぷぷっ、ぷふふふふくふっ、あっはははははあっ!」


 紛糾する幹部会議を思い返して。


 女はさも、可笑しそうに嗤う。


「いやあバッカだよねえ、アイツらみんな。下手に権力を手にしちゃってるせいか、それを失うことにビビっちゃて。アタイらのような悪党は、少しでも舐められたら終わりだってことお、忘れちまってんのかねえ〜」


 ぞり、ぞり、ぞり、と。


 こびりついた『肉』を削ぎ落とした後は、特殊な配合をした『防腐液』に、しっかりと『それ』を漬ける。


 液体が浸透するのを待っている間に、丁寧に短刀の血を拭った女は席を立ち、コツコツと足音を響かせて、部屋の中を移動した。


 燭台の明かりが届く場所から。

 

 より闇の濃い、

 部屋の壁側へと足を進める。


 むわりと血臭が漂ってきて、

 黒外套の人物は、笑みを深めた。


「やほやほ、やっほーい。まだ生きてる? 生きてるよねえ?」


「……ヒュー、ヒュー」


 暗闇に埋もれるようにして。


 そこには喘鳴を漏らす人間がひとり、存在していた。


 身体の起伏から察せられる性別は女性であり、俯いた口元からは、浅く弱々しい呼気が、断続的に漏れている。


 椅子に拘束された手足の先には爪がなく、傍に置かれた机の上には、五十枚を超える爪が散らばっていた。爪を剥がし、治癒魔法で生やしては、また引き抜く、拷問の結果である。


 露出した肌には、青痣と、無数の朱線。


 足元には大量の、

 赤黒い液体が広がっていた。


「ん、生きてるなら返事ー」


「……っ!」


 反応の薄い女性に、

 黒外套の人物は手にした短刀を一閃。

 

 身体に新たな朱線が刻まれて、

 女が声なき悲鳴をあげた。


「よしよし、ちゃんとまあ〜だ生きてるねえ。まだ死んじゃダメだよ〜? せっかく二人きりなんだあ、意識が飛びそうなら、アタイと楽しくお喋りしましょうよお……って、そうか。そうだね。そうだった。ごめんっ! もうあんたの『舌』はとっちゃったから、お返事できないんだった! ほんとにほんとにごめんねえ、あひゃひゃひゃひゃ!」


「……ヒュー、コヒュー」


 すでに抵抗する気力がないのか、黒外套の理不尽な行いにもそれ以上の反応を示さずに、浅い呼吸を繰り返す女。


 力なく項垂れる女の姿を尻目に、彼女をここまで痛めつけた拷問者はふたたび部屋を移動しながら、あくまで陽気に語り続ける。


「でもさ、でもさあ、この街のボンクラどもは、とってもラッキーだよねえ! そしてイキちゃった外者(そともの)たちは、とおっ〜ってもアンラッキー! なにせ、なにせだよお? このアタイが、こんな辺境領地じゃなくて、あの王都で名を挙げたこの『皮剥ぎ』さんがあ、ちょうどこっちに飛ばされたタイミングで、こおんな事件を起こしてくれるなんてさあ! とっても嬉しいサプライズだよお! いや〜あ、なんの面白みもない街って聞いてたけど、中々に気が利くじゃないかあ。わくわく、超張り切っちゃうぞお!」


 独白でテンションを上げる黒外套の人物は、先ほど防腐液につけた『それ』の状態を確認。


 しっかり防腐液が浸透していると判断すると、中身を取り出して、ぴっぴっと液体を振り払いながら、女のほうへ近づいていく。


「きっと外者(そともの)たちは討伐に参加することで、領主との繋がりをアピールしたかったんだろうけど……ざあ〜んねん。その程度の駆け引きにビビるようじゃ、王都で悪党は名乗れないんだよねえ」


 手がけた『作品』を自慢するように。

 

 椅子に拘束され項垂れた女の前に、

 黒外套は堂々と『それ』を広げた。


「ねえ、見て見て。ちゃんと見てえ。まだ目玉は『片方』しか取っていないんだから、記念にちゃんと見ておきなよお。こんなの、滅多に見られるもんじゃないんだしさあっ♡」


 女は俯いた顔を上げない。


 カタカタと、身体が小刻みに震えている。

 

 物言わぬ女のそうした反応に、

 にやあ……と。

 

 影に覆われた黒外套の口元が、

 三日月のように裂けた。


「ちゃあ〜んと上手に剥げているでしょお、キミの『お顔』おっ♪」


 ガタガタと震える血に塗れた女が着ているのは、この街では領主の護衛騎士を意味する、獣人騎士の鎧であった。



【作者の呟き】


〈要約〉悪い人に、獣人騎士が拉致られてるよ!


       ⚫︎


 これにて、第二幕が終了。次話より第一部を折り返して、起承『転』結の第三章を開始します。


 また、ここまでで拙作が面白いと感じてくださった読者様は、応援や評価、星をいただけると作者の励みになりますので、気が向いたらどうぞよろしくお願いいたします。


 m(_ _)m

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