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序幕 とある辺境領地の日常 ②

〈冒険者視点〉


「うにゃああああああ!」


「っ、ニャッコに続けえ! 飢えた犬っころの薄汚い牙なんて、男たちの柔肌に触れさせるんじゃないよ!」


「……当然ですー! 滅多撃ちですー!」


「舐めるのも舐めてもらうのも、それはウチらの特権だああああああ!」


 男たちの鼓舞によって、

 冒険者たちの士気は高い。


 ノリスが率いる即席チームにおいては、

 ニャッコが一番槍として飛び出した。


「にゃにゃにゃにゃーっ!」

 

 吠えながら、獣人ライカン特有の俊敏さで平地を駆けた少女は狼型魔獣に肉薄し、繰り出された顎の一撃を躱すなり、手にした短刀ナイフでその首元を掻き切る。転倒するホーンウルフを確認することもなく、軽舞士の猫人キャーティアは襲いくる群狼の隙間を縫うようにして、魔獣の鮮血を宙に散らした。


「うにゃ! 今日のにゃーはキレキレなのにゃ! 死にたいやつからかかってくるにゃ!」


「おいおいクソ猫お、はしゃぐのはいいが、ウチのぶんも残しとけよお!」


「……見せ場は平等に、譲り合うべき」


「黙れ発情処女ども! 無駄口叩く暇があるなら仕事しな!」


 ニャッコに続いて、チームの少女たちも戦線に参加していく。戦斧を振り回す大柄な鬼人オーガンの剛力士が魔獣を豪快に蹴散らし、その背後を狙うホーンウルフを、小柄な精人アルヴの軽弓士が、正確無比な矢で貫いていく。そうした冒険者たちに連携の指示を飛ばすのは、この場でもっとも冒険者ランクが高い只人ヒュームの軽戦士、ノリスであった。


「イーナ、こっちの援護は最小限でいいから、とにかく犬どもを村に近づけさせるんじゃないよ! ニャッコとゴウは前に出過ぎ! もうすぐ魔術士の詠唱が終わるから、一旦下がりな!」


「……はいはーい」「うにゃっ!」「応よ!」


 チーム指揮官リーダーの指示に従って、前線で暴れていた仲間たちが後退。息を合わせて他の冒険者チームも後退すると、入れ替わるようにして、魔獣たちの頭上に、無数の火球が降り注いだ。


 戦線の後方にて魔力を練っていた魔術士たちが一斉に解き放つ、火炎魔法〈火炎矢ファイヤアロー〉である。


『グギャウ!?』『キャインキャイン!』『ギャイン!』


 薄闇を切り裂く紅を浴びて、

 魔獣たちが悲鳴をあげる。


 頃合いを見て、ノリスが片手剣を振りかざした。


「いよーしビビったか犬こっろども、だったらそのままくたばりな! 全員突撃いいいいい!」


「「「 うおおおおおおお!!! 」」」


 先制攻撃にて相手の出鼻を挫き、

 魔法で戦意を削いでからの、

 最大戦力による突貫。


 魔獣を相手取る時の定石セオリーであるが、今回は上手くはまってくれた。冒険者たちの波状攻撃によって、群狼は次々に地に伏し、大地を血で染めていく。


「にゃっ! 見ててくれるかにゃ、ニャーレくん! あにゃたのニャッコが大活躍にゃ!」


「おいこら待てクソ猫! ナーレくんはウチに気があるんだ! 横槍入れんな殺すぞ!」


「……二人とも、馬に蹴られて死んで。彼はあーしが、予約済み」


「にゃっ!?」


「ああん?」


「……は?」


「おいおい、浮かれ処女ども、しょうもないケンカは後にしな! 次来るよ次!」


 第一波を凌いだことに生まれた弛緩を、

 経験豊富なリーダーが一喝する。


「いいかい、これはただの魔獣討伐じゃない! 魔獣暴走オーバーランの鎮圧依頼(クエスト)なんだ! 一回や二回魔獣を撃退した程度で、気を抜くんじゃないよ!」


 魔獣を産み出す母体の『魔生樹』は、大地を巡る地脈や魔力濃度の変化などによって、ときに爆発的な勢いで魔獣を産み出すことがある。そして産み出された魔獣は本能に従い、出産により疲弊した母体に栄養を与えるために、普段よりも凶暴性を増して近場の生物に襲いかかる。


 こうした一連の流れが魔獣暴走と呼ばれる魔力災害であり、現在この開拓村が晒されている脅威であった。


『グルルルウ!』『ウオオオオオオオン!』『ガウッ!』『ガウッ!』


 ノリスの読み通り、一度目の襲撃から間を置かず、群狼の第二波が森から姿を現した。


「ほい来た次!」「急げ急げ急げ!」「増援が来る前に手早く済ませろ!」「でも体力はちゃんと残しとけよ! いいな!?」


 経験豊富なリーダーらの指示によって、

 冒険者チームはまたもこれを撃退。


「……はっ! 余裕余裕! どうしたヒョロ耳、もう口数減ってんぞ!」


「……あーしは元々、クールが売りなの。騒がしい猫と一緒にしないで」


「にゃはっ、気弱な犬ほどよく吠えるのにゃ! バーチャンが言ってたから間違いないのにゃ!」

 

 この時点ではまだ口喧嘩するほどの余裕がみられた新米冒険者たちであるが、こうした襲撃が三回、四回、五回……と続くにつれて、徐々にその顔に、疲弊の色を滲ませ始めた。


「……にゃ、にゃあセンパイ、この戦い、あと何回ぐらい続くのにゃ?」


「流石にそろそろ、打ち止めなんじゃ……」


 まだ経験の浅い獣人ライカンの少女が弱音を口にすると、同年代の鬼人オーガンがそれに追随する。


『『『 ウオオオオオオオオーーーーーンッ!!! 』』』


「「 ………… 」」


 はたしてその期待は、森の奥から響く新たな獣声によって打ち破られた。


 矢を回収していた精人アルヴが嘆息する。


「……馬鹿鬼が、余計なこと言うから」


「う、ウチの所為じゃねえし! っていうか馬鹿って言うな、ヒョロ耳!」


「はいはい、休憩は終わり。次に備えな。男たちにイイとこ見せるんだろ? ん?」


「……にゃ」「……うす」「……はーい」


 リーダーに諭されて、渋々と次の戦いに備える新米冒険者たち。しかしその意気も襲撃が六回、七回、八回と繰り返されるごとに目減りしていき、十回を超えた頃には、終わりが見えない戦いへの恐怖を覚え始めていた。


「……アンタたち、魔獣暴走オーバーランの鎮圧はこれが初めてだろ? どうだい感想は?」


 チームの中で唯一、翳りを見せないノリスが、

 新米冒険者たちに問いかける。


「……さ、サイアクにゃ。もうおうちに帰ってねむねむしたいにゃー」


「……ウチは酒だな。浴びるほど酒飲んでから男を抱くんだ」


「……うう、水浴びしたい。せっかくの一張羅が、台無しですー」


「ははっ、堪能しているようで何より。でもここいらで冒険者を続けるつもりなら、慣れな。他領じゃ魔獣暴走オーバーランなんて数年に一回とかなんだろうけど、オリガミエ領(ここ)じゃ日常茶飯事だからね。この程度で根を上げてるようじゃ、冒険者家業なんてやってらんないよ」


「「「 ……  」」」


 少女たちの顔から血の気が引くが、

 それは紛れもない事実である。

 

 なにせこのボトルニア大陸に七つ確認されている、魔王が支配する最古の魔樹迷宮ダンジョン。そのひとつに隣接したオリガミエ領では、通常では考えられない頻度や規模で、魔獣暴走をはじめとする魔力災害が発生している。


 そうした危機への対処は、冒険者たちにとって名を挙げる絶好の機会であると同時に、相応のリスクを伴うギャンブルだ。報酬に見合う実力がなければ、待っているのは悲惨な末路。このオリガミエ領の冒険者ギルドが、彼女たち冒険者にとっての登竜門とされる所以である。


「威勢がいいだけあって、地元じゃあそれなりに腕自慢だったんだろうね。新人にしちゃあ上出来だよ。でもこの程度でへばってるようじゃ、ここじゃまだまだヒヨッコだ。取り返しのつかないケガするまえに、地元に戻ってパパの胸に抱かれてな」


「……っ、ば、馬鹿にするにゃ!」


「そうだぜパイセン! 鬼が男に、情けない姿見せられるかってーの!」


「……危険は、覚悟のうえ。むしろ望むところですよーっ!」


「よし、心はまだ折れていないようだね。それでこそ冒険者だ」


 意地の悪い笑みを浮かべる只人の冒険者に、

 乗せられたのだと気づいた少女たちは、

 バツの悪そうな表情を浮かべた。


「はい次が来たー!」「ワンコワンセット、おかわりでーす!」「おいおい、楽しくなってきたじゃねえか、ええっ!?」「はい休憩は終わり、死にたくなければちゃきちゃき動くっ!」


 だがそれも、魔獣の襲撃が知らされるまで。


「ほら、アンタらも気合い入れな! 怠けるヤツは犬っころのエサだよ!」

 

「「「 うへえ…… 」」」

 

 疲弊を訴える身体を叱咤して、冒険者たちは各々の武器と意地を手に、守るべきものたちを背にして戦う。


「う、うにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃーっ!」


「っしゃあコラッ、やってんやんよ! かかってこいやあー!」


「……熱血とかマジありえないんですけど、今日だけは特別ですよー!」


 覚悟を決めた冒険者たちの抗戦によって、

 ホーンウルフによる襲撃と殲滅は、

 十五を超えるに至った。


(ん、悪くないペースだ)

 

 今のところ、これまで冒険者からの負傷者は出ているものの、防衛対象である開拓村への被害は、ほとんど抑えられている。周囲もだいぶ明るくなり、じきに、夜が明ける。そうすれば戦場の見通しも良くなり、夜行性である魔獣の特性も相まって、趨勢はこちらの有利へと傾くはずだ。追い風が、ないわけではない。


(……それまでなんとか、持ち堪えておくれよっ!)


 それでも、だ。


 幾つもの戦場を経験してきた只人ヒュームは、

 背筋に感じる粘ついた不安を拭えなかった。


「……うにゃあ」


「……ぜえ、ぜえ」


「……ふうううう」


 光明があるとはいえ、すでにこちらは底が見え始めている。とくに新米冒険者たちの限界が近い。今はまだ事前の備えもあり善戦しているが、あと少し、ほんの少しのキッカケでこの危うい戦線が崩壊してしまうことを、戦場の空気に敏い古株の冒険者たちほど、肌で感じ取っていた。


「うにゃっ!?」


 そして――その一歩を。


 経験不足の新米冒険者が、

 踏み出してしまった。

【作者の呟き】


次回、シリアスさんvsコメディさん ファイッ!


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