表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/44

第二幕 領主邸 ②

〈領主視点〉

 

「……ふむ」


 城塞都市ブルタンクの領主伯爵、ブルクトの鋭い視線を受けて、顔の下半分を覆う般若面に手を添える和装の大男。


 常には軽装に籠手や足具を組み合わせた姿を好むと聞き及んでいるが、仮にもいち領主との面会に当たり、この度は装いを整えてきたのだろう。


 烏の濡れ羽色の黒髪は香油で綺麗に整えられ、身に纏うのは肩衣(かたぎぬ)(はかま)という東方風の正装。胸元には、家紋であるという稲妻を模した紋様が刺繍されていた。


「正直なところを申させていただくなら、拙者、仔細を存じておりませぬ」


 問いかけに対する、

 大男からの返答は鈍い。


 ブルクトは胸中で眉根を寄せた。


(なんだい。いざとなりゃ、我関せずで尻尾切りでもする算段かい)


 眉根を寄せ、訝しむ領主だが、一方で大男の背後に並ぶ少年少女たちの表情に憂いはなかった。


「しかしこの者たちが身内に、引いては恩義あるブルタンク殿に、仇を為すことはないと断言できまする」

 

 当主の言葉に、家臣たちの表情が輝く。


(ふん。ガキどもがまあ、嬉しそうに尻尾を振っちゃって)


 少なくとも最低限、部下の掌握はできているようだと、ブルクトは判断した。


「……ん、そうかい。それは結構。でもまあ、それでもあんまり身内に任せきりというのは、上に立つ者としてどうかとも思うがねえ」


 とはいえ、だ。

 

 たしかに身内に信を置くことは重要だが、信頼し過ぎて放置し過ぎるというのも、上役としては手放しに関心できるものではない。


 定期的に連絡を取り、正確に現状を把握して、ときには手綱を引き締めてでも暴走する部下を諌めることが必要だと、ブルクトは考えている。


「いやはや、これは手痛い」


 領主の忠告に、大男は頭を掻いた。


「とはいえ拙者、戦うことしか能がないゆえ、はかること叶うのは精々が武略のみ。よって戦略知略策略の類は、適材適所に任せておりまする。そうした者たちを信じ、与えられた舞台にて責任を全うすることが、家長である拙者の務めと存じます故」


 つまり何があってもケツは拭くから、好きにしろと。


(はっ。ご大層な信条だが、そんなことを本気で言えるのは――)


 よほど頭がお花畑な世間知らずか。

 いざとなれば損切りをする外道か。

 はたまた絶対的な力を持つ強者か。


(――はてさて、こちらの御仁は、いったいどのタイプなんだろうねえ?)


 自然と、頬が歪む。


 生まれついての貴族が発する圧に、微塵も怯む様子のない大男を前にして、狩人の本能が刺激される。闘争を求める獣人の性が、目の前の強者が発する匂いに反応してしまう。


 そんな女領主の昂りに、水を差したのは……


「……っ」(ソワソワ)


 先ほどから女領主の傍に身を寄せ、身体を揺らす、愛しい伴侶からの視線であった。


(……はあ。まあ、仕方ないねえ。いちおう言質はとったし、腹の探り合いはこの辺にしとくかね)


 ブルクトは領主としての顔を引っ込め、

 その視線に、女としての情愛を湛えた。


「そうかい。ならまあ、楽しくもない世間話はこのくらいにしておいて……ほら、アレク。アンタも何か喋りな」


「ご、ご無沙汰しておりますライヤ殿! ご健勝そうで何よりです!」


 待っていましたと声を弾ませるのは、ブルクトにとって最愛の伴侶である只人(ヒューマ)の男性、アレックスだ。


 結婚してはや二十年、今年で齢三十四を迎える領主夫人は、待望の人物を目の前にして、年齢を忘れさせる無邪気な笑みを浮かべていた。可愛い。


 ブルクトより頭三つほど低い身体を、今日のために用意した一張羅で飾り立て、昂る気持ちを抑えるように、ぎゅっと拳を膝上で握り込んでいる。可愛い。


 顔つきは童顔で、日々の手入れもあってその顔は、今日も瑞々しく輝いていた。可愛い。


 つまりは可愛さの化身。

 生きる宝石。


 ブルクトにとっての生き甲斐だ。


「おお、これはご丁寧に。アレックス殿もお変わりないようで、何よりで御座る」


「はい! お陰様で! ライヤ殿こそご健勝そうで、僕、とっても嬉しいです!」


「それはこちらも同様にて。いやはや、気が合いますなあ」


「あっ、う、そうですね! え、えへ、えへへへへへ……」


「……」


 その、キラキラとした星空のような瞳が、今は自分ではない誰かに向けられていることに、愛夫あいふ家で知られる領主の胸中は実のところ、穏やかでない。


 頭ではわかっている。


 相手は同性で、しかもかつての、命の恩人。


 その熱量は憧憬や羨望からくるもので、決して愛欲の類ではない。


 だが理屈ではないのだ。


 此度の面談だって、ようやく流刑罪を終えたあの大男を、立場上気軽に身動きの取れないアレックスがどうしても労いたいのだと珍しく駄々を捏ねたので、客人としてこちらが招いたという経緯がある。


 そうした、普段は見られない愛夫の貴重な一面を拝めた眼福に感謝する一方で、領主の巨大な胸にはざわざわと、蠢くものがある。つい、彼に対する評価が厳しくなりがちなのは、それらが無関係ではないだろう。

 

 つまりは完全なる感情論。


 愛する異性の興味を独占したいというのは、

 生物としての本能だ。


(いや、ガマンだ、耐えるんだオレサマよっ……アレクがどれほどこの日を待ち侘びていたか、知っているだろう……っ!?)


 なにせ四日前に、彼らがこの城塞都市に到着したという報を受けてからというもの、アレックスはずっと心ここに在らずといった有様であった。


 かと思えば日に何度も湯浴びをしたり、お気に入りの服を掘り返したり、髪型を変えてみたり、肌を整えたりと、まるで初恋に浮かれる少年そのものである。


 この可愛いと嫉妬が交錯する光景に、

 ブルクトは脳はかなり焼かれていていた。


 許されるなら衝動の赴くままに寝室に引きずり込んでめちゃくちゃにしてやりたいが、それを愛する者の幸せを見守りたい理性の一心で、抑えつけているのが現状である。


(せめてあと三十分……いや十分……せめて、五分くらいは……っ!)


 とはいえ最早、限界は近い。


 愛夫家の荒ぶる鼻息に気づくことなく、

 伯爵夫人は上機嫌で話を続ける。


「しかし、ライヤ殿とは手紙で交流を続けさせていただいているとはいえ、こうして直接にお顔を拝見させていただくのは、久方ぶりですよね。たしか最後にお会いできたのが、オリガミエの訪問でしたから……もう、二年ほど前ですか。月日の経つのは早いものですね」

  

「しかしアレックス殿などは相変わらず、いつ拝見してもそのお姿は若若しいものですな。とても六人のご息女らがいるようには見えませぬ。いやはや、老けていく一方の拙者とは大違いで御座る」


「そ、そのようなことは! ら、ライヤ殿は、カッコいいですよ! もの凄く! 誰よりも!」


「…… っ!」


 愛夫の口から放たれた掛け値のない称賛に、ぷつんと、ブルクトのなかで何かがブチ切れた。


 ニコニコと表面上は笑みを浮かべた領主が伴侶に身を寄せると同時に、ライヤの背後に控えていた美少年もまた、満面の笑みを浮かべて一歩、前に出る。


「「 …… 」」(コクリ)


 一瞬で両者は意思を疎通。


 話を弾ませる男たちの間に割り込んだ。


「そういえば兄さん。ブルタンク伯爵に、何か提案したいことがあったのではないですか?」


「……おお、そういえばそうであったな。いやさ、すっかり忘れておった」


「え? ライヤ殿が、提案ですか?」


「うむ。というより、頼み事で御座るな」


「ほう、頼み事かい。こちとら大事な伴侶の恩人だ。多少の融通は利かせてやるぜ。話してみな」


 阿吽の呼吸で会話を手繰り寄せ、

 主導権を握る。


「……むう〜」

 

 会話を中断された愛夫は、不満げに口先を尖らせていた。可愛い。

 

「ならばお言葉に甘えて……」


 そうした男女の機微にまるで無頓着な大男が、これ幸いとばかりに『要件』を口にする。

 

「近々執り行われるという、西の森における『魔生樹の討伐』。それに是非、我らも参加させていただきたく候――」


「――ちょっと待つのですわーっ!」


 バンッと、扉が開かれて。


 息を弾ませた小柄な人影がひとつ、

 部屋に飛び込んできた。

 

【作者の呟き】


 領主は巨女、領主夫人はショタ。


 身長差カップリング、好物です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ