序幕 とある辺境領地の日常 ①
お久しぶりの方もそうでない方も、新作です。
よろしくお願いします。
〈冒険者視点〉
「にゃあにゃあセンパイ。実はにゃー、この戦いが終わったら、にゃーは処女を捨てるのにゃ」
パチパチと爆ぜる、焚き火を前にした、
武器の手入れ中である。
「……はあ」
顔を寄せ、猫耳をヒクつかせながら、脈絡なくそんな妄想を口にする猫人の少女に、先日冒険者ギルドで知り合ったばかりの只人の女性、ノリスは、呆れて肩をすくめた。
「はいはい、そりゃよかったね。まあ依頼で稼いだ金を男娼に貢ぐってのは、冒険者のあるあるだし? 悪くないんじゃないの?」
「馬鹿言っちゃあいけにゃいにゃ! にゃーは純愛派なのにゃ! そいうのはもっとこう……経験を積んでからのお楽しみなのにゃ!」
いや娼館には行くんかーい、と心の中でツッコミながらも、その楽しさを知ってる先達者として否定はしない。
アルメリア王国内に幾つか存在する辺境領地のひとつ、オリガミエ領。その一端。とある開拓村の片隅にて。まだ夜の帳も拭い切らぬ早朝に、焚き火を囲んで武器の手入れをする、冒険者たちの姿があった。
猫人と只人の会話もまた、そうした灯火のひとつである。
「でもやっぱり、ハジメテは両思いがいいのにゃ。お金じゃなく愛なのにゃ。処女的にそこは譲れないのにゃ」
「だけどさ、ニャッコ。アンタたしか、こないだ他領からうちにやってきたばかりだって言ってたじゃないか。アテはあるのかい?」
「ふふ、センパイ。よくぞ聞いてくれたのにゃ!」
嬉しそうに猫尾を揺らして、ニャッコと呼ばれた少女が意味ありげな視線を背後に向ける。
ノリスが胡散臭げに確認すると、そこに集まっていたのは、この開拓村の住人で形成された自警団。そのなかに年若い男たちの集団があり、中心には、栗毛色の長髪をシュシュでまとめて肩から垂らす、見目麗しい美青年の姿があった。村にたった一つしかない酒場で働く、看板息子のナーレである。
「あ゛っ!? アンタいつの間に、ナーレくんにコナかけたのよ!?」
「ふふん。にゃーはそんにゃ、はしたないマネはしないにゃ。ただ男からのアプローチにのらにゃいにゃんて、女としてありえないのにゃ」
ドヤ顔で語る少女曰く、昨日彼の働く酒場で飲んでいた段階で、兆候はあったのだという。
やたらと目が合う。自分の近くを往復する。配給の際に笑顔を浮かべる。声をかけると嬉しそうに目を細める。会計の際などは自分の手を包み込んで「またきてくださいね」などとまで言われてしまった。
「そして何より、この依頼にゃ。あんな可憐な男が自警団に志願してまで、危険な戦場に顔を出すなんて、それはもう、愛する女を想ってのことに違いにゃいにゃ! つまりにゃーのためなのにゃ! もう完全ににゃーにメロメロなのにゃ! いやーモテる女は罪なのにゃ!」
「……」
そういえばこいつ、先ほどナーレに「村の防衛に加わってくださり、ありがとうございます」「一緒に村を守りましょう」なんて声をかけられていたな、と半眼となったノリスは思い出した。
しかし似たような遣り取りは自分や他の冒険者とも交わされており、つまりは典型的な社交辞令。間違いなくそこに、ニャッコが邪推している感情などは一欠片も含まれてはない。完全に処女特有の暴走思考である。
ふと、ノリスの頭に鈍痛が生じた。
「……うっ」
「にゃにゃっ? ど、どうしたのにゃ、急に蹲って。ポンポン痛いのにゃ?」
「い、いや、気にしないでおくれ……」
過去の黒歴史が疼いただけだ。
「……それよりもニャッコ、冷静になりなよ。落ち着いて、よく考えるんだ。いいかい、確かにアタシらは冒険者だけど、無謀な冒険は冒険じゃない、博打だ。それを履き違えちゃいけないよ。いいね? わかるかい? どんなに悔いようとも、過去は変えられないんだよ?」
「なんか急にめっちゃ喋り出したにゃ!?」
早口で捲し立てられる先達の忠告に、
獣人特有の瞳孔を見開くニャッコだが……
直後に『ゾゾゾッ』と、頭部の猫耳が怖気立った。
「にゃっ、来たにゃ!」
「ちっ、もうかい。想定よりずいぶんと早いじゃないか!」
じきに日の出を迎える、世界において。
なおも濃い闇夜を纏った、森の奥から。
ざわざわと、風に揺れる葉擦れに混じって、獣たちの息遣いが漂ってくる。
開拓村の東に位置する森の異変に、他の冒険者たちも気付き始めた。愛用の片手剣を手にノリスが立ち上がると、背後の野営幕から少女たち姿を現した。棘棍棒を担いだショートヘアの鬼人と、眠そうに欠伸を漏らす精人である。
焚き火の前で待ち構えていたニャッコが、両名に檄を飛ばした。
「遅いのにゃ、お前ら! やる気あるのにゃ!?」
「うっせえよ、クソ猫お。こちとら寝不足なんだ。ニャーニャー騒ぐなよ鬱陶しい」
「……うう……ようやく、眠れそうだったのに……」
「はは、まあ眠れるときに眠るのも冒険者の仕事だ。勉強になったな、新米ども。あとニャッコはマジでうるさい。少し落ち着きな」
「にゃっ!?」
名指しで叱られて目を見開く少女と、半眼で目を擦る鬼人と精人の少女たちは、種族こそ違えど、およそ十代後半の同年代である。
先輩風を吹かせる二十代半ばの只人は、内心で小さく嘆息した。
(まっ、このメンツでの初陣なんだ。眠れないのも無理ないねえ)
なんせ彼女らは一昨日に、今回の依頼を受けるにため、最寄り街の冒険者ギルドで組んだばかりの即席チーム。
初めての実戦を前にして、緊張した少女たちは、なかなか寝付けなかったらしい。一方で自分と夜の見張りを担当していた猫人の軽い躁状態も、戦いを前にした緊張の現れだろう。何にせよ、この中でもっとも冒険者歴が長い自分が上手く引っ張らないと。ノリスは心を引き締めた。
「よー、ノリス。新人どものお守りは大変そうだね。替わらないけど」
「じゃあアタイもアンタらのピンチはスルーさせてもらうからね。精々気張りなよ」
「こらこらアンタたち、みっともない真似はおよしなよ。……ほら、お坊ちゃまがたが心配するじゃないか」
そうして焚き火に砂をかけ、戦いの準備を済ました各々の冒険者チームが集合していると、村の自警団も戦いの気配を察したようだ。悲壮な顔をする女たちに混じる、年若い男たちの集団につい目が向いてしまうのは、女としては致し方のないことだろう。
「……き、きたっ!」「お、おち、おちふひまひょう、みなしゃん!」「いや、噛み噛みじゃん!」「あざとすぎない?」「こんなときに媚び売るなよなー」「し、深呼吸だ……すー……はあー……」
戦闘を生業とする冒険者の女たちとは異なり、普段は畑を耕す彼らの装備は貧相なもの。防具は急所を守るだけの簡素なもので、その手にするのも剣や弓ではなく鍬や鋤、鎌といった、武器とは言い難い農具である。
「ノリスさん」
それでも彼らの瞳には、闘志があった。
誇りがあった。矜持があった。
戦う覚悟があった。
自警団を代表して進み出た優男が、
眉目を寄せて問いかけてくる。
「僕たちは、何をすればいいですか? なんでもやります。教えてください」
一般的に男とは家庭を守り、
家で女の帰りを待つものだ。
但しこの近辺では『とある存在』の影響が著しく、そうした世間の常識が当てはまらない。
現にこうしてノリスに指示を仰ぐ青年、ナーレの瞳には、どこか熱に浮かされた輝きがあった。それは彼だけでなく、この場に自警団として集まった他の男たちも同様であり、本来は守るべき対象が放つ熱量に、この領地での経験が長い冒険者は、つい苦笑いを浮かべてしまう。
「……まあ、無理だけはしないでください。アンタらはとにかく柵の内側で防衛に徹して、アタイらが討ち漏らした魔獣が村に近づかないよう、時間を稼いでくれればいい。それを仕留めるのは冒険者らの役目だ」
「そう、通り!」「そういう危ないことは、にゃーたちにお任せなのにゃ!」「そうだぜ可愛らしいお坊ちゃまがた!」「そのお手手は物騒なものじゃなくて、あとでウチらに酌するのに使ってくれよな!」「……ついでに、戦いで疲れた体を揉みほぐしてもらえれば、最高なんですけどねー。ちらり」「自分いま、フリーなんで!」「アタイもアタイも! そこんとこヨロシク!」
戦闘前の高揚もあって、普段にも増して下品な物言いをする冒険者たち。
それでも男たちは笑みを崩れさず、どころか「考えておきます」「かっこいいところを見せてくださいね!」などと発破をかけて「「「 うおおおおお !」」」と、戦意向上に一役買ってくれた。
「にゃああああやってやるにゃ! 絶対にヤッてやるのにゃ!」
「盛るのは早いよ、ニャッコ。そういうのはちゃんとやることやってからにしな」
とはいえ男にここまで煽られて、奮起しない女はいない。
鼻息を荒くする冒険者たちに呼応するように、じきに獣臭が濃くなり、森の奥から無数の影が躍り出てきた。
通常の狼よりも一回りは大きな体躯に、闇色の体毛。鋭利な牙と爪。それに額に魔獣の証である角型の魔石を生やしたそれらは、斥候からの報告通り、狼型魔獣『ホーンウルフ』の群れに間違いない。
『ウオオオオオオン!』『ガルルルルッ!』『ガウッ!』『ガウッ!』
しきりに唸り、咆えながら、
開拓村へと迫る闇色の群狼。
「「「 うおおおおおおっ! 」」」
負けじと武器を携えた冒険者たちが、
開拓村を囲う防護柵から飛び出していった。
【作者の呟き】
というわけで、作者の好きなものを詰め込んだ作品です。クセが強いとは思いますが、読者様の癖に刺さってくだされば幸いです。
第一部までは書き上げていますので、第一幕までは一気に投稿して、あとは一日二話程度投稿していく予定です。また続きが気になる読者様には、登録や評価、コメントなどをいただけると有り難いです。
m(_ _)m