6.生き証人を訪ねる
「珍しいわね、ヴィッツ様が私のところに一人で来るなんて」
数日後、私はロジュマン公爵令嬢のカーラ様の元を訪ねていました。
カーラ様とは幼馴染で、兄・カリルの婚約者でもある方です。
仕事のことで質問があると言って手紙を出した私を、彼女は嬉しそうに受け入れてくれました。
「カーラ様…実は今、ヤマカのタウンハウスの件、いろいろ調べていまして…」
「ええ、存じているわ。
カリルも興味あるみたいよ?」
「…お兄様が?」
「ええ、末妹が家を買おうとして、それをあなたに相談するなんて、家族一体で末妹の家の購入に協力してるみたいでうれしいって」
「…(ずいぶん屈折した感情だなぁ)」
「しかも私にまで相談してくれるなんて、一家総出という感じになってきましたね!」
すごくうれしそうにカーラ様が目を輝かせる。
「…ありがとうございます、カーラ様のお力をぜひ貸していただきたく…」
「もちろんよ!
私たち姉妹になるんですもの!
あの家の兄弟は婚約者とばかり付き合って家族同士の付き合いがないの、私も苦々しく思っていたの!
何でも言ってちょうだい!」
最高にハイになっている未来の義姉だが、お願いしたいのは彼女自身ではなく、彼女の親族への口利きだった。
「では遠慮なく…実はロジュマン公爵家の大御所様にお話がお聞きしたく…」
「おばあ様ではなく、大御所様?
なんで?」
ロジュマン公爵家には、先々代公爵の母上である、カーラ様の高祖母様…通称・大御所様(と家族にすら呼ばれているお方)がいらっしゃいます。
御年84歳の大御所様、いまだに頭ははっきりしており、少し耳は遠いものの昔から変わらないはきはきした女性で、いまだに庭の家庭菜園を手入れするなどお元気な方です。
84歳ということは例の事件当時14歳、しかも高位貴族のお嬢様ともなれば現場を見ていた可能性もあると思い、その親族であるカーラ様に相談したわけです。
私は70年前の事件について概要を説明し、84歳の大御所様であれば詳細をご存じなのではないかとカーラ様にお話ししました。
「なるほどね、確かに大御所様なら知っているかもしれないし…84歳にしては頭もはっきりしているから、覚えていれば教えてくださるかもしれないわね…」
カーラ様は「わかった」と言って、まずはカーラ様から父上である公爵様に相談していただくことにしました。
「なるほど、ロジュマン公爵家の大御所様に相談ですか。
確かにもしかすると現場を見ていたかもしれない貴重な存在ですね」
ロジュマン公爵家の大御所様の話をすると、クリーナさんは面白そうに笑いながら答えました。
「…はい。
何しろ、当時を知る方の生の声ですから。
聞かないわけにはいかないかなと…」
「そうですね。
しかし…ロジュマン公爵家の大御所様がご存命で本当に良かった…。
できれば前王太后様がいればもっといろいろわかったかもしれないと思っていたところなんですよ」
前王太后様。
数年前にお亡くなりになった現国王陛下のおばあ様にあたる方で、ロジュマン公爵家の大御所様同様、最後まで頭ははっきりしていた方でした。
確かに前王太后様なら、当時は第二王子の婚約者として、公爵令嬢様とも付き合いがあったでしょうし、もっと深い話が効けたかもしれません。
今回お会いする大御所様よりも、多少皮肉屋であったとはクリーナさんの談です。
「それで、それを僕に言いに来たということは」
「ええ、クリーナさんも一緒にお話をお聞きしませんか、と思いまして」
「是非そうしましょう…大公家として、ロジュマン公爵家に公式に訪問する旨を伝えましょう」
クリーナさんはそう言って笑いました。
ロジュマン公爵様にとっても、王家派とはいえあまりつながりのなかった王弟殿下たっての希望ということで、是非に来てほしいということになりました。
カーラ様は「私がご招待したのよ!しかもヴィッツ嬢を!」と怒っていたといいますが。
こうして私はクリーナさんとともにロジュマン公爵領にある大御所邸に向かうことになりました。
「いやぁ、王弟殿下である大公様に公爵領に来ていただけるなんて、領地の箔になりますわ」
私とクリーナさんが向かった大御所邸では、のちに親戚になる予定の、若干ぽっちゃりしている人の好さそうなロジュマン公爵様がお相手をしてくれました。
「それに、ヴィッツ嬢、カーラとも仲良くしてくれてありがたい話ですな。
今日はよくおいでくださった」
「よく来てくださったわ!王弟殿下にヴィッツ様!」
私に声がかかった段階で、横に控えておいでだったカーラ様も
「いえ、私のほうこそありがとうございます」
カーラ様は公爵令嬢、私は侯爵令嬢で、カーラ様のほうが格上なんですが。
「で…うちの大御所に御用事とか…珍しい話ですな」
「いえ…歴史の研究の一環でして…昔の話を少しお聞きしたくて参上いたしました」
クリーナさんと公爵様が話している後ろでカーラ様はなぜか私に腕を絡ませてきました。
「こちらですよ、王弟殿下、ヴィッツ嬢」
そうこうするうち、大御所様がお休みになっている一番奥の部屋の部屋に案内されました。
「失礼します、大御所様」
「…いらっしゃい、ようこそ」
私たち四人が部屋に入ると、天蓋付きベッドの上に上品なご婦人がいるのがわかりました。
「初めまして…クリーナ大公の名をいただいているマッド・クリーナと申します」
「ロードン侯爵家の娘、ヴィッツと申します」
「ロジュマン公爵家のメリーアンと申します…王弟殿下に、ヴィッツさんね…よろしく」
大御所様はふわりと微笑みました。
「それで…昔のお話を聞きたいとか?」
「あ、はい…大御所様…」
そういってクリーナさんは今回調べているあの屋敷についての話を枕にして、本題の王太子刺殺事件と、舞台「アベリアのほほえみ」について説明しました。
話を聞き終わると少し険しい顔をされていました。
「…あの事件は…本当に驚いたわ」
そうつぶやいて、大御所様は「懐かしいわね」といいながら見たことを話してくれました。
その話をまとめると以下のようになります。
基本的には「アベリアのほほえみ」のヒロイン視点のショートストーリーの話になっているようでした。
70年前。
大御所様は伯爵令嬢として公爵の嫡男様の婚約者として参加した王城でのとある夜会で、当時の王太子が婚約者が横暴であるという理由で婚約破棄を言い渡し、その直後に公爵令嬢に刺される事件を目撃していました。
そして最近、例の舞台も見たといいます。
「あぁ、あの舞台ね…あれは、ないわね」
「…へ?」
【アベリアのほほえみ】の話になったとたん、大御所様の顔が少し曇りました。
「あの舞台ではサーラ様が疑われてしまうわ…あんな方ではなかったもの」
サーラ様というのは、王太子刺殺事件を起こした公爵令嬢様のお名前でした。
「むしろ、アベリア嬢のほうが美化されすぎね。
あの方は…言い方は悪いけれど、公爵令嬢様がお母さまが亡くなってすぐでサーラ様が落ち込んでおられたときに、あの王太子はアベリア男爵令嬢と…」
「…」
私は言葉を失いました。
【アベリアのほほえみ】の舞台では、先に公爵令嬢様がおかしくなってから王太子様を慰めるために男爵令嬢と仲を深めるという筋でした。
しかし大御所様は「それは違う」と答えました。
「あの男爵令嬢は、王太子に近づき、寵愛を得ることを狙っていたところに、サーラ様のお母さまが亡くなってしばらく学院に出られなかった時期に一気に距離を縮めるという行為をしたのです。
王太子ともあろう方が、婚約者が悲しんでいるときにそれを支えもせず、堂々と不貞を働いたのです」
私は絶句しました。
つまり、舞台の筋である「公爵令嬢の様子がおかしくなった(原因は母の死?)→王太子が男爵令嬢に慰められて距離を縮めた」ではなく、「王太子と男爵令嬢が距離を縮めた→それによって気持ちがすさんでいた公爵令嬢に追い打ちをかけるように母が亡くなった」と、全く話が代わってしまいます。
つまり、公爵令嬢様が代わってしまったのは母上の死ではなく、王太子の不貞が主要因、ということになる可能性があるからです。
「あの王太子は、サーラ様が優秀で聡明なのが気に食わなかったようですよ。
それで、学も品もない男爵令嬢の色香に迷ってあんなことを…あの事件は因果応報なのです」
はっきりそう言い切った大御所様は、凛としてそう答えました。
「…大御所様、ありがとうございます、大変参考になりました」
私はその大御所様の美しさに見とれていると、言いたいことを言い切ったとばかりに微笑んで何も言わなくなった大御所様に、クリーナさんがそういいました。
「…あ、そうそう」
そして部屋を辞そうとしたときでした。
「あのお屋敷の、サーラ様のお部屋ですけどね…あのお部屋、サーラ様がご病気の間、療養されていた部屋だったの」
大御所様は、最初に私たちがお話ししたお屋敷の話をしてくれました。
「公爵夫人を療養させるため、あの部屋から出なくてもいいように、公爵様が気を使って、ドアを取り払ってお手洗いと湯あみ場を作ったらしいですよ。
元々療養のための部屋ということで、王太子の不貞で療養することになったサーラ様があのお部屋に入って療養し始めたとか…」
そういって大御所様は微笑まれました。
「…! ありがとうございます!」
私は感動して大御所様の手を取り、感謝の気持ちをお伝えしました。
「…また、おいでになってね…カーラの義妹ということであれば、私の義理の孫ともいえるのだから」
最後に大御所様からありがたい親戚扱いのお言葉をいただき、私たちは部屋を辞しました。
舞台として想定している19世紀ヨーロッパ(1900年のイギリス)で、平均寿命50歳らしいので、84の大御所様はかなり長生き…まさに「生き証人」。
それ以前の中世(16世紀)になると30~35歳位なので、大御所様化け物レベル。