2.森の手前にある「離れ」
「なるほど、珍しい屋敷の構造に妹さんが引っかかっている、ということですね」
博物館の学術研究員を束ねる主幹研究員である、マッド・クリーナさん。
彼は王弟で、クリーナ大公位を父上である前国王陛下から賜ってはいますが、王立博物館の学術研究員としても大きな成果を残しており、副館長兼主幹研究員という立場で、学術研究員のリーダーとして博物館に勤めている方です。
「ええ…話を聞いて私も、?、と思うことがありまして…。
クリーナさんは、何かこの建物についてご存じではありませんか?」
クリーナさんは建造物史のみが専門の私と違い、元王子だけあって王国全体の国史に詳しい方です。
「…この建物は、没落した公爵家の建物だね」
「…没落、ですか」
その言葉が引っかかりました。
何か大きなミスをしないと、公爵家は没落などしないからです。
何か不祥事を起こしたとしても、侯爵、伯爵、子爵、男爵と下位の爵位があるので降爵されても爵位がなくなることはまずありません。
「そう…70年ほど前に没落した、公爵家の屋敷です…その屋敷が元公爵家というのは王子教育で歴史として教わったんですよ」
そういってクリーナさんは紅茶を一口飲みました。
「…こういう建造物に興味を持つのはさすがの建造物史の研究員ですね。
そうだ、一度見てみましょうか?
売りに出しているのは王家だし、僕から相談すれば建造物史の研究という扱いで見学できると思いますよ」
これは、ありがたい申し出でした。
私は一も二もなくその提案に飛びつき、数日後このタウンハウスを建築物史の研究の一環として見学することになりました。
「…広いですね」
「ああ…まぁ公爵家としては少し手狭かもしれない…裏手に『入らずの森』といううっそうとした森があるからこれ以上広くできなかったそうですよ。
今は木々が枯れていますが、きちんと整備すれば見事な庭園があるいいお屋敷です」
元公爵邸は、王都の外れ、うっそうとした森が西に広がる場所に建てられていました。
その公爵は、もともと最後の一つ前の代ではいろいろあって伯爵から侯爵に昇格、さらに最後の代になって当時隆盛だったとある公爵家の不正を暴いたことで公爵位を賜ったという、いわば新興の公爵家だったようです。
そのため、王都の元伯爵家のタウンハウスが手狭になり、新たに少し郊外にタウンハウスを作ることにしたそうです。
なので、この屋敷は公爵の希望を含めて新築した、ということのようです。
そして私とクリーナさんは、エントランスを通り、先に例の「同じ建屋の中の離れ」という部屋に向かうことにしました。
広い庭を屋敷を横目に二人で歩いていくと、その部屋が見えてきました、
外に向けて横開けドアのある部屋でした。
その先には庭がしばらく続いた後、森の先端が見えました。
「…どうかしたかい、ヴィッツ嬢」
なんとなく嫌な空気が漂うなか、私が森の入り口を見つめると、部屋に入ろうとしたクリーナさんに声をかけられました。
「あ、すいません…すごく大きな森ですね」
「そうですね。
しかし特に人の手が入っている森ではないから危険です…絶対に行かないように」
「…はい」
まるで幼子を諭すように、クリーナさんは私を例の部屋に誘いました。
部屋に入ると、4方のうち、隣に当主の部屋がある壁、その向かいが窓、そして左手が庭への出口になっており、庭への出口の反対側にはベッドや生活に必要な部屋がありました…。
そこには、手洗い場や湯あみ場まで供えられていたのです。
「…トイレや、湯あみ場まで部屋の中にあるんですね。
まるで…この部屋から出なくてもいいように作られているような…。
そして、この二つはおそらく壁の色から、後から追加された設備のように見えます」
「…なるほど」
「それと…この壁」
そういって私は、当主の部屋側にある壁の1/3ほどの壁の色が少し変わっている部分を指さしました。
その部分に壁と同じ石を敷き詰めたようですが、少し色が変わっていました。
「…ここだけ色が変わっています」
「…ああ」
クリーナさんは先を促しました。
「…先ほど、当主様の部屋の前の廊下を見ましたが、ドアは部屋の手前側についています。
そこからこの部屋の、この色が変わった壁の裏側まで、廊下はつながっています」
「…ほう」
クリーナさんも何かに気づいたようです。
「おそらく…もともとドアがあった部分を埋め立ててしまったと思われます…つまり…」
そこで私はクリーナさんに向き直った。
「ここは、何かの要因で『この部屋から出なくても生活できる』ように改築されたのではないでしょうか。」
「…なるほど。
その可能性はありますね…」
クリーナさんはそういうと、観念したような顔をしました。
「…ヴィッツ嬢…君を怖がらせまいと今まで言わなかったのですが…実はこの部屋…。
この公爵家を没落させた公爵令嬢が住んでいた部屋なのです」