文字数制限ダイエット
ダイエット作品です。
「済まない、君との婚約を、無かった事にしたい。」
付き合って二年、婚約して半年のこと。
婚約者から唐突に言われたのは、ちょっと小洒落たカフェの中で。
ランチタイムには少し遅いけれど、と、少し空いた店内に案内されて、やわらかな席に着いた。
ランチセットのデザートも終わり、コーヒーでも、と、お互いにブラックを頼み、少し間が空いたタイミングだった。
「……どういう事ですか?」
私の口角はゆるやかに笑みを描いていたから、きっと傍目には、穏やかに会話する恋人同士に、見えていた、と思う。
「君と結婚するにあたって、条件があった。覚えているね?」
婚約者は……やがて元を付けたいのだろうから、現時点では婚約者で合ってるかしら? と、ぼんやりしながら、私は条件、と薄くつぶやく。
「文字数制限ダイエットだよ。」
少しうつむいて、くぐもった声で、聞こえたのは。
たしかに、婚約した時に結んだもので。
「以前よりは、良くなっている。だがね、合格が、出なかった。……長過ぎ、だそうだ。」
あゝ……。
そういうことね、と、理解した。
モノローグ。或いは、独白。
私の頭の中に流れる、思い、考え、わたしそのもの。行間を埋め尽くすように、空白をなくすように、言葉が駆け巡る、思念の取り留めのない奔流。
「済まない、どうしても、受け入れられないそうだ。我が家にはもっと、ライトセンテンスのひとが相応しい。」
婚約者だった男は、ここは支払うよと言って席を立つ。
私は、ぼんやりしたまま、私の思いが重いってこと? 駄洒落ね、と思い付いて立ち上がれない。
思いの深さは、そのまま、重さとなってしまう。
やわらかな席に沈み込み、深くのめり込みながら、あゝ……文字数制限ダイエットをしなくちゃ、明日から……。そう、明日から……。明日からでいいわね……。
と、その時だった。
「失礼、お嬢さん。お話は聞かせてもらいました。」
スーツの男性が、スッと婚約者が居た席に着き、名刺を差し出す。
『文字数制限ダイエット顧問
和佐 久源 』
それからの日々はあっという間だった。
毎日、少しずつ、文字数を削減する。
簡単なようで、意外と難しい。
「一日、一文字でいいんだ。」
和佐顧問が言う。
文字数を絞りに絞った体をして。
でも、なかなか身に付かない。
私は俳句を学んだ。
和の心 五七五への 季語と抒情 (無季定型)
難しい。
限界を感じる私は、リバウンドしてしまった。
爆字爆数。
私の今まで文字数制限で頑張って抑えてきたありとあらゆる感情が爆発したのか、無闇矢鱈に突っ込むかのように、猪突猛進五里霧中、食う寝るところの住むところ、これは感情なのかどうかしら? はてさて? いやさか? いささか先生の話でしたっけ、それはサザエさん、などといった雑学も脳内を駆け巡り、気付けば私は和佐顧問に顔を覗き込まれていたのであった……。続く。いえ、続かないわ。
「大丈夫か? 無理させすぎてしまったな。」
「全然」
大丈夫。
「ここは、文字数制限解除の病院だ。リハビリに時間がかかるかも知れないが、君を取り戻せるよう、付き合っていくつもりだ。」
「なぜ?」
和佐顧問が?
「君の頑張りを見ていたら、好きになってしまった。一生を支えさせてもらえないだろうか?」
「了承。」
やったわ!
顧問、好み!!
「文字数制限などしなくても、君は魅力的だよ……。」
「愛」
重なる唇。
暗転。
病院。
ベッド。
以下略。
……と言ったわけでもなく、ここからすったもんだの末、久源さんと結婚して二年後に第一子が産まれ、その一年後に離婚、さらに二年後に復縁して第二子をもうけるのでした。
「文字数制限ダイエットは、ほどほどにするわ。」
「それがいい。人生がダイエットされてしまうからね。」
(完)
もう少し絞りたかったです。