波瀾の婚姻式①
過去一度会っただけの、東の隣国=カイザール王国の第三王子オルティスは、もちろん元カレではない。
新たな“第三王子”のせいで中断する婚姻式。
ってゆーかさー、大聖堂前には我が家の騎士たちや王宮騎士団も警備に当たっているはずなんだけど、誰か止めろよ!
「公女マリアージェ、そんな身内同士の望まぬ結婚ではなく、どうか俺と結婚してください!」
バージンロードの中ほどで跪き、赤い薔薇の花束を差し伸べる第三王子。
求婚なら事前にしろや! いや、それ以前に何度も断ってるだろうが!
手紙に「一目惚れしました」とかアホな事書いていたけど、どんだけ諦め悪いんだ!
「お・こ・と・わ・りっ・いたしますわ!」
強めに強調して言ってみたら、何故かショックを受ける第三王子。
「そんな……ま、まだ婚姻は成立していないだろう? 公女、その男に脅されているのではないか!? 血も涙もない冷血漢だと評判だ。まだ間に合う! どうか俺の手を取って下さい!!」
えー、何だか無駄にポジティブだな。
まあ、ジルが冷血漢だというのは本当だが、こういう自分の思い込みの激しいタイプは、他人の言うことを聞かないからなぁ。
盛大に、これ見よがしに溜息を吐きたい。
どう言ったもんか考えていると、すっと前に出てくる人影に気づいた。
げっ、ジェラルド!
「オルティス殿、このような場で求婚とは、いささか不躾過ぎるのではないかな」
いささかも何も、非常識だよ。
「しかし、先日まで兄妹として育った者たちが婚姻するには、ずいぶん拙速ではないかと、わたしも疑問に思っている所だ」
ジェラルドの言い分はわたしだって同意したい。だーけーど! もっともらしくおまえに言われたくない!
「ジェラルド殿」
味方が出来たとにわかに笑顔を浮かべる第三王子。
わたしの隣では、ジルがふんと鼻で嗤っている。もう隣っていうか、腰を抱かれてるんだけどさー。
言葉が通じないなら態度で示す作戦か? そんじゃまぁ、わたしもピトリとジルに寄り添い、頭を肩に凭せ掛けてみた。どうよ?
「なななななっ、公女を離せっ! この冷血漢が!!」
第三王子、王族としての品位ある言い回しは出来ないものか。
他国の王族に向かって『冷血漢』って二回も言ったぞ。
オルティス王子って、ジェイソンと同じく金髪碧眼なんだよね。ついあのバカと重ねてしまうわー。
確か年齢は一つ年下だったかしら。お付きの者たちよ、早くこのバカを止めてくれないものか。おろおろするだけなら子供でも出来るぞ!
バカの後ろであわあわしている騎士と従僕の不甲斐なさを余所に、ジェラルドが更にわたし達に近づいて右手を高く掲げた。
「大神官! アルステッド王国王太子、ジェラルド=バスク・アルステッドは、この婚儀に異議を唱える!」
はあ? 今頃か。
横槍が入るだろうとは思ってたけど、誓いの言葉も済んで、誓いのキスという段階でか?
通常なら宣誓が終わった後、婚姻誓約書に二人でサインして、誓いのキスへと移るんだよね。間が抜けていることに気づいていないんか?
「異議は却下しますぞ、ジェラルド王子」
老齢の大神官が、気持ち呆れた感を声に乗せているような?
国教会は独立機関で、王族とは対等な関係にあるから謙るような態度は取らない。
「この二人の婚姻は既に成立されておるのでな。本日は神の御前で宣誓のみの婚儀となっておる」
「「なっ! なにぃ!!」」
ジェラルドとオルティスの言葉が被ったわ。
なんだかなー、ジェラルドもアホっぽく見えてきたぞ。
あれ、もしかして、今まで比較対象がジェイソンの馬鹿だったから、賢く見えていたのかしら。
「し、しかし、準王族の婚姻ならば、国王の承認が「昨日承認した」……え!?」
ひっそりと佇んでいた王様が言葉をかぶせてきた。
退位を迫られていたせいなのか、少し窶れて存在感が消えかけていたのにな。
これを機に自己主張するかと思いきや、後を引き取ったのは大神官様。やっちゃってください!
「昨日付けで、マリアージェ・レネ=リズボーンと、レオナルド・ジル=オルランドとの婚姻は国王の承認と、教会への婚姻誓約書の提出と承認をもって成立しておる。
個人が神に宣誓する本日の婚儀に異議を唱え、神への誓いを妨害するなど、ジェラルド王子は国教会と敵対するつもりか!?」
呆気に取られたジェラルドの秀麗な顔が、王様に向けて一瞬怒りを見せたけどすぐ持ち直した。さすが外面良し男。
大神官に向かって右手を胸に当て、殊勝にも頭を下げる。
「敵対などあり得ません。行き違いがあったようです。大神官様、どうかお許しを」
対する大神官様は渋ぅい顔を崩さない。
「ジェラルド王子よ。更に物申したい。
貴殿はまだ神殿にて『立太子の儀』を執り行ってはおらぬ故、『王太子』を名乗るのは時期尚早ではないか」
立太子しまーす!と神殿で宣誓する儀式を経て、初めて王太子という立場を確立するんだよ。だから貴族議会で決まっただけでは、まだ『王太子候補』なんだな。
王様に退位を迫っているせいか、オラオラ感を出していたけれど、あらぁ、なんだか顔色が悪いわぁ。
まあねぇ、『立太子の儀』を前に神殿を敵に回す訳にはいかないのに、大神官様の心証を相当悪くしたもんねぇ。
「気が逸ってしまったようだ。以後、言葉に気をつけよう」
「分かって頂いて何より」
表面的にはこの問答は終わりのようだ。
あーあ、第三王子ががっくり項垂れているよ。「話が違う」とか呟いているわ。あらあら、誰に何を聞かされたのかしらねぇ。
ジェラルドがちらりと第三王子を一瞥して顔を顰めた。
「オルティス王子よ、我が国の王族の婚儀に乱入した件は、貴国の王に正式に抗議を入れる。
責任ある立場の王子が、他国の王族の婚姻に口を挟むのは、内政干渉とも取られかねないという事、しかと反省して貰いたいものだ」
ジェラルドと位置を代わる様にようやく前に出てきた王様が、王様らしく堂々と糾弾してくれた。まあ、これくらいは言ってもらわないとねぇ。
しょんぼりと項垂れるオルティスは、ちっちゃい声で「申し訳ございません」と謝罪を口にした。が――
「ですが!」
「なんだ?」
じろりと王様に睨まれて、ひくっと引きつった顔をしながらも尚、言葉を継いだ。
「き……義理とはいえ兄妹で婚姻なんて、非常識を許されるのですか!」
「レオナルドはリズボーン公爵の姉の子であり養子である。そして既にリズボーン家の籍を抜け、オルランド伯爵としてリズボーン公爵家令嬢と婚姻したのだ。それの何を非常識と誹るのか!?」
「え……そうなの?」
おい、言葉遣い。
「それに、レオナルドは余の第一子である。不用意な発言は慎まれよ」
うわぁ、言っちゃったよ王様。
「ええっ!? つまり、ジェラルド殿は第一王子ではない、という事ですか!?」
純粋に驚いている天然馬鹿オルティスくん。ジェラルドはこれを余期していたかどうか。
王様は意を得たりと鷹揚に頷いた。
「そうだ。レオナルドこそ「いいえ、ジルは婚外子の為、第一王子には成りえません」
王様の言葉をぶった切ったのはお父様だった。
王家以外の参列者たちに視線を送って頷き合っている。
「ジルベルト、だが……」
ジルベルト・レオ=リズボーン。“第二の王家”と揶揄される筆頭公爵家の当主だが、支持率が低下の一途を辿る現王家よりも発言力が強いとされる。
本人たちが認めているかどうかは知らないけれど、リズボーン家の当主には二つ名があるのよね。
――『影の王』
準王族であり中立派筆頭として、現王家の失策のフォローをしている為、いつの間にかそう呼ばれていたようだ。ちょっと“厨二病”的。
お父様がパンパンと手を叩くと、しゅたたたと突如姿を現す黒装束たち。
忍者みたいだなー。え? 忍者? ってことは、もしかして……『王家の影部隊』?
黒装束たちに「首尾は?」とお父様が問うと、「完了しました」とリーダー格が答えた。
「おまえたち……まさか……」
動揺をみせる王様が言葉を紡げない内に、聖堂内に次々と転移魔法陣が複数展開し始める。
そこから続々と現れる礼服を着用した貴族たち。
全員の顔を確認は出来ないが、知っている面子を見ただけで『貴族議会議員』だろうと伺わせた。
つまり、高位貴族家の当主たちだ。
これから何が起こるのか。
単にわたしたちの結婚祝いに駆け付けた訳じゃないだろう。
ちらっとジルを見上げる。
大変冷ややかーに王様を見てたのが、わたしの視線に気づいてか振り返って微笑んだ。そしてさっと顔を近づけてチュッと唇にキスをした。
おおいっ、空気読めや!
「誓いのキスがまだだったからな」
そうだけども!
「レネ、これから起きる事に冷静に対処するように。いいね」
わたしの耳元で囁いたついでにこめかみにも口づけを落すと、にこりと微笑むジル。目茶苦茶イチャついてるように見えるよね!
大神官様のごほんという咳払いに、顔に熱が集まる。
機嫌が良いのか知らんけど、かつてないほどジルの笑顔が多いので、背筋に寒気が走る。
何を企んでいるんだ!?
「ところで、何故、お父様が『王家の影』を従えているのですか」
現状を見つめながら、疑問を隣のジルだけに聞こえるように呟いた。
我が家にだって、優秀な諜報員と工作員がいるのだ。なのに、王家のみに服従する『影』が、準王族とはいえお父様に従うのか。
「レネ、本当に分からないのか」
ジルの声には少々呆れた色がある。
そんなん言われても、知らんから訊いたんだけど!
お父様の側には側近のキンバリー侯爵がいて、集う配下に指示を飛ばしている。
うん? リズボーン家の諜報組織を育成・運営しているのがキンバリー侯爵家。その侯爵が影たちにも指示出ししているとかって……えーと?
ぐるぐる悩んでいるうちにタイムアップしたようだ。
お父様が集った貴族議会メンバーをぐるりと見回し、高らかに宣言したから。
「臨時貴族議会招集に応じてくれて感謝する。本日の議題は『アルステッド王国国主とジェラルド王子の罪の是非について』である!」
拍手が沸き起こる。
突然の招集に王家に関わる案件など、騒動が起こるだろうに誰一人声を上げない。
ということは、これは余定されたものであり、既に根回し済みだという事だ。
だがしかし、他国の王族がここにはいるのに――と振り返ったら、既に武装解除され、我が国の騎士たちに取り囲まれてそこにいた。
顔色の悪いカイザール王国の第三王子と近習たち。巻き込まれ事故だと思っているのかもしれないが、どうやらこれは余定通り。じゃなければ、とっくに大聖堂を退場させられている。
入ってこられたのはジェラルドの仕業かと思ったけど、こうなるとそれも仕組まれていたのかもね。
「ジルベール! これはいったいどういう事なのだ!? 余は聞いておらんぞ!」
憤然とする王様に対し、顔を蒼褪めさせたジェラルド。嵌められたことを察したかな。
リズボーン家の騎士団一小隊と諜報部・工作部隊員に、黒装束の影部隊が王と王子を取り囲む。
「『影』たちよ、ジルベールを捕えよ!」
国王の命令に誰一人動かない。
「もう命令を聞く『影』はおらぬ。隷属していた者たちは粛清したのでな」
お父様が王様に謙らない。いっそ上から目線。
しかし、『隷属』って言った!? それって“奴隷契約”をしてたっていうの!?
違法だからね! 『隷属契約魔法』自体がこの国や近隣国家では禁忌魔法に指定されてるのよ!
「我がリズボーン家配下、キンバリー侯爵家で養成している『隠密』を、王家の『影』として派遣しているにも関わらず、我らに断りもなく禁忌の『隷属契約魔法』を使用した、これが現王家の罪の一つである!」
ああ、そういう事かぁ。……て、なんでわたし『王家の影』がウチからの派遣だって知らないの!? ”王家のみに服従する”っていうのも違ってた!? ただの職分に従ってただけ!?
もしかしたら、意外と知らされていない事ってまだあるのかもしれないわね。
「お嬢様、ベールをお預かりいたします」
わぁ、びっくりした!
いつの間にかひっそりとアルマが斜め後ろに立っていた。
ベールを外し、ティアラの位置を微調整するアルマの後ろには、もう一人、茶髪に三つ編みで眼鏡のメイドがベールを抱えている。
変装メイドのセシルじゃん!
わたしの視線に気づいて、パチンとウィンクしたわこのコ。
ああ、もう、何かあるのね。分かったわよ。さも当然という顔で事態を見守ればいいんでしょー!
てか、気が逸れている間に、黒装束たちが拘束具で体も口も縛られている『影』三人を議会中央に引き立てていたわ。
ビチビチ暴れる影たちの側らに何故かいる文官らが居心地悪そうにしている。
どういう状況? と小首を傾げていたら、お父様の声が響いた。
「ご覧あれ。この者たちの契約紋を」
結構乱暴に黒装束の胸元が切り裂かれ、肌を露出させられたら、あら本当、隷属魔法の契約紋が心臓の上辺りにしっかり見て取れた。
ざわつく議会員たち。
「『影』達ばかりではない。こちらに控える文官たちは、ジェラルド王子付きの者だ。彼らにもこの契約紋がある」
「「えっ!?」」
お父様の告発に、当の文官たち三人中二人が驚いている。
どうやら一人はその契約紋の意味を知っていたようだ。望んで隷属されるような人間はいない。強張った表情で、じっと床を睨んでいる。
彼らはジェラルドに取り立てられ、恩義を感じて強い忠誠心を持つ下級貴族。そんな契約などしなくても裏切る真似はしないと思うんだけどなあ。
王様は『影』たちを隷属した。じゃあこの文官たちは? 彼らの上司はジェラルド王子だから、やっぱりヤツかな。
驚いていた文官二人は、茫然と促されるまま胸元をはだけさせ、もう一人は自らのろのろと胸元を開いて見せた。
「このように貴族でさえも隷属させるこの王と王子に、このまま国政を預かる資格はないとわたしは断じるが、貴卿らはどのように判じられるか」
お父様がぐるりと議会員たちに視線を合わせていく中、王様と王子は眉間のシワもきっくりと、憎々し気に睨んでいる。
「待て待て待て! 勝手に話を進めるな! 余が『隷属契約魔法』を使った証拠はあるのか!?」
「わたしもだ!」
二人とも認められないよねー。
契約書があれば一発なんだけどなー。
ここでまた証拠の有無がどうの、いつどうやって契約されたかとか、ごちゃごちゃ言い争いが議会員たちと起きたんだけど、なんでかなー、お父様と目が合ったわー。
「――レネ、この契約魔法、解除してもらえるか」
くっ、言われてしまった。
でも、今の状態では出来かねるわ――と思ってたら、腰に回っていたジルの右手が肩を抱いてきて引き寄せられる。そして耳元に唇を寄せてきた!
「『封印解除』」
ジルの言葉と共に心臓がドクンと大きく跳ね、奥底に閉じ込められていた魔力が解放され、身の内を暴れまわった。
ちょっと余告してよー!!
くっそぉ、魔力が馴染むまでしんどいんだから!
わたし、普段はある属性とか多すぎる魔力を封印しているのよ。後天的に発現したものだから教会には内緒にしてた。
全国民が、生まれた時に教会で調べる『適正検査』は、確かにこの両親の子供だと証明するのと、基本属性と魔力があるかどうかを調べるもの。
貴族は改めて五歳時に『属性検査』を受ける。これはその名の通り、どんな属性魔法を扱えるかを調べるもの。
教会で調べているから記録が残る。住民基本台帳みたいなものに情報がまとめられているの。
ただ、後発で新たな魔法属性を発現する人もいて、それらの申告は義務付けられていない。
わたしがそう。
わたしは産まれてから二度の検査で、王族なら大抵持っているはずの『光属性』が発現しなかった。持っていたのは『火』と『風』。
元王女の母の失望は大きくて、五歳の『属性検査』以降、教育が格段に厳しくなったのよね。
なんだけど、六歳の頃、命の危険に晒された時、回復魔法を無意識に使ったの。つまり、『光属性』が発現した訳よ。
教会じゃなくても道具があれば属性と魔力量は調べられるから、秘密裏に確認したら本当に『光属性』に反応があって、更に魔力量も爆上がりしてたのよー!
これなら別に秘密にする必要はなかったんだけど、なんとここしばらく誰も持っていなかった『聖属性』をも発現してしまったのだ。
やべぇ、教会に知られたら監禁されるかもしれないってんで秘密に。
だいたいさぁ、この世界には魔王や魔物はいないんだ。魔素溜まりに悪影響された魔獣はいるけど、騎士が討伐してくれるし、光属性の回復魔法と水属性の治癒魔法で治療は出来るし、ポーションだってあるのよ。
『聖属性』の出番ってないと思わない?
実際使い道は思いつかず、古い文献とか引っ張り出して、どういうことが出来るか魔導師と研究してるくらいだったわ。
とにかく多すぎる魔力は幼い身体には毒だからと、『聖属性』と共に封印された。
その封印の魔導具が左耳に付けているイヤーカフ。
成長と共に何度か作り替えられているこの魔導具、ちっちゃいのに魔石が付いてて、実に繊細で見た目も美しい逸品。
自分では封印を解除出来なくて、ジルが魔導具に触れて呪文を唱える仕様に設定されたの。ジルの依頼で!
子供の時は耳にキスされるような方法でも微笑ましかったのに。大人になってから、イヤーカフに口づけしながら、魅惑の低音ボイスで呪文を囁かれる身にもなってみろ!
鳥肌が立つわ、このエロ鬼畜め!!
はぁぁ、そろそろ落ち着いてきたのでやりますか。
聖堂に集う面々をぐるりと見回すと、驚愕の表情と共に、ちょっと身を引かれた。
え、なんかドン引きされてる? まぁちょっとばかり魔力が多くて威圧感あるかもだけれど。
気を取り直してジルを伴い、中央に進んで淑女の礼をする。
「大神官様ならびに貴族議会員の皆様、わたくし、マリアージェ・レネ=リズボーンがこれから『隷属契約魔法』を強制解除いたします。第三者に強制解除された魔法は、契約主に返ります事をご承知くださいませ」
まずはまだビチビチしている『影』の三人に対して、「『完全解除』」と唱える。
『影』たちの全身が光に包まれ胸の契約紋が消えると、がっくりと脱力する。途端に胸を押さえて蹲る王様。
「――どうやら契約主は国王陛下のようですわね」
その隣で蒼褪めるジェラルドは、じりじりと後退するも、背後にいる黒装束たちに捕まった。
「離せ! 無礼もの!!」
ジェラルドの抗議なんて全員スルー。
わたしは戸惑う文官たちに近づき、再び「『完全解除』」と唱えると、先ほどと同じ現象が起き、今度はジェラルドが胸を押さえ込み、ぐぅと呻いた。
「ご覧の通り、文官たちの契約主はジェラルド王子ですわ。第三者に強制的に返された魔法は、契約主の身を苛むと言われておりますもの」
王と王子、二人が脂汗を浮かべ、呻きながら床に蹲っている様は、裁かれた罪人のようね。
どうせならこの機会に、洗いざらいぶちまけてもらいましょうか。
「『審判の檻・改』」
王と王子のいる床に魔法陣が展開され、一人ずつ円柱状の光に囲まれる。
光属性と聖属性の合わせ技で、罪人の罪を暴くこの魔法は、聖属性を持つ王族がいた頃の古~い文献に載ってたから再現してみたら出来ちゃったのよね。
お父様に頼まれて実行したのは、これで何度目だったかなぁ。
――て今回は頼まれる前にやってるけど、目が合うと頷かれたので問題ない、というか多分思惑通りなんでしょう。
「『審判の檻』とは! 聖属性を持つ者しか扱えない最上位魔法ではないか!」
大神官様、黙っててごめんねぇ。
「後天的に発現しましたの」
にこりと微笑んで多くは語らず。おほほほ。
感激したみたいに祈りの聖印を胸の前で切っている神官さんたち。
久々に表に出てきた聖属性持ちだからね。こんなことがなければ、わたしだってまだ秘密にしていたと思う。
「『審判の檻』とは、罪を問う魔法。別名『真実の檻』。檻に囚われた者へ問い、囚われ人は答えなければならない。虚偽を申告すればその身に罰が下る。
国教会の大聖堂、大神官様の立会いの下、『審判』を行うのにこれ以上の場があるでしょうか。
さあ、国王陛下、ジェラルド王子、まずはあなた方のフルネームを答えてもらいましょう」
「くっ……マリアージェ! こんなことをして、おまえ……っっっ!!」
顔を歪めたジェラルドがわたしに食って掛かろうとしたけれど、バチンと小さな電撃に見舞われ、せっかく立ちあがったのにまた蹲った。
だから言ったのに。ねぇ?
「問に正しく答えなければ罰が下る、そう申し上げましたが?」
息子のざまを見て、王様は素直になった。顔色は悪いけどね。
「余の名はジェイミー=バスク・アルステッド」
「…………ジェラルド=バスク・アルステッド」
反応のない檻に、王と王子はほっとしたようだ。
「このように問いに正しく答えれば罰は発動しませんわ。今後の質問にも正しく答えて下さいませ。
それでは次の問です。あなた方二人は、禁忌とされる『隷属契約魔法』を人間相手に使用しましたか」
ははは、これは進退窮まる質問だよ。
否、と答えれば電撃を食らうし、是、と答えればそれで罪が確定。国内法に違反するだけでなく、国際法違反にもなる。周辺国から避難され、国として色んなペナルティを受ける。
やだぁ、とばっちりよぉ。
「し、知らん!」
バチバチっ
「問に正しく答えなければ罰が下る、先ほどもそう申し上げました。つまり、陛下は虚偽を申告しているのですわ」
よっぽど痛いんでしょうねぇ。蹲った王様が顔を上げた時、ちょっと涙目になってるわ。
ジェラルドなんか、口を引き結んで答えを拒否する姿勢。
ふふふ、そういう事も想定して時間制限を付け加えたの。元々の魔法にはなかったからねぇ。
「三分以内に正しい答えがなければ自動的に罰が発動しますので、お気をつけて」
ぎょっとした二人にすんごい睨まれた!
「隷属などしていない!」
バチバチっ
「使ってない!!」
バチバチっ
言葉を変えて否と答えてるけど、それ、意味ないよね。バカが。
「時間切れですわね」
バチバチバチっ
あらあら、気のせいか、体から煙が立ち上っているみたい。どこか焦げたのね。
聖堂内がとっても静かになったわ。
「さきほど魔法解除した時、返されましたでしょう? 既に明らかになっている問に、無駄にあがくと余計に苦しみますわ。では、新たな問いを致しましょう」
「やめろっ!!」
ジェラルドが叫んでるけど聞く訳ないし。
「国王陛下への質問です。貴方は元王妃が公金横領、権限無しの人事異動など、数々の不正を行っていた事を知っていたにも拘らず、それを正そうとせず放置しましたね?」
のろのろと顔を上げた王様の目が恨めしそうに見てくる。知らん。
「…………そうだ」
無反応の檻。
「国王陛下に次の質問です。元第二王子ジェイソンが、陛下の実子ではない事を以前から知っていましたか?」
全く王家の色も属性も持っていなかったジェイソン。ちょっとくらい疑ってもおかしくないんじゃないかなーって。
「……知っていた」
無反応の檻。ざわつく観衆。
次の質問を繰り出そうとした時、お父様から待ったがかかった。そして質問内容を耳打ちされる。
えー、ここからわたしはオウムになります。
「国王陛下に質問です。第一王子ジェラルドの実母は、元王妃ではありませんね?」
この問いには貴族たちの反応が半々だった。驚きに目を瞠る者と、顔を顰める者とで。
当の本人は無表情。て、あれ? 知ってるの?
「そうだ」
檻が無反応ということで、ざわめきが大きくなる。
「元王妃と婚約関係にあった王太子時代、ある男爵家令嬢と深い仲になり子を設けた。それがジェラルド王子ですか?」
「……そうだ」
「生まれた王子を元王妃が産んだ事として隠蔽工作をしましたね?」
じろりと睨まれた。でもわたしじゃなくて、隣のお父様の方。
「そうだ。その通りだ! おまえに頼んだんだジルベルト! だが、おまえは断った! 前リズボーン公爵にも断られた。だから『影』に処理させようとしたのに、あ奴らも公爵の承諾がなければ出来ぬとほざいたのだ! だから隷属させたのだ!!」
檻は無反応だから、真実を話している。
ざわめきは大きくなる一方で騒がしいのに、隣からギリっと歯ぎしりの音が微かに聞こえた。
お父様が王様側の檻の間近に迫る。
「王太子時代、我が姉と恋人関係にあったな。病弱な姉は未来の王妃には不適格とされたが、あの時期は実に仲睦まじい様子だった。
姉が一生の願いだと貴様との子を熱望し、不承不承ながらもそれを承諾しただろう。もし、子が産まれたなら、我がリズボーン家の者として育てると契約もした。
だが、実際妊娠が発覚したとたん、貴様は一切姉に会おうとせず、連絡も絶った。政略とはいえ婚約が調ったばかりだからとこちらは矛を収めたのに、貴様はあろうことか他の女に現を抜かしていたのだ!
姉はずっと貴様が会いに来てくれるのを、最期まで待っていたんだぞ!」
げっ、三股かよ!? とんだ下種野郎だ!
王子たちと違って、王様はちょっとは常識人だと思ったんだけどなぁ。あーあ、わたし、人を見る目がないわぁ。
離れた場所にいるお祖父様とお祖母様は憤怒の表情だ。
お父様の顔は見えないけれど、声に怒りが込められているから似たような顔をしていることだろう。
――彼らは復讐者だったのだ。
大切な娘を、姉を蔑ろにされ、失意のまま死なせてしまった後悔と怒り。
二十数年間、恨みを隠し、水面下で打倒バスク家を掲げて根回しをしていたんだろう。
「姉を捨て、アサマシィ侯爵家令嬢と婚姻した時には、男爵家令嬢は懐妊していた。
レオナルドが産まれた半年後、ジェラルド王子が誕生したが、王子を産んだその男爵家令嬢と王太子妃は、ずっと同じ離宮に閉じ込められていたと聞いた。出産偽装の為とはいえ、納得できる訳がない。
元王妃が王座簒奪を企てたのは、貴様の心無い仕打ちが遠因となったのではないか!?」
うわっ、サイテー!
妻と愛人を同居させるとかありえない!!
しかも元恋人と愛人は夫の子を産んでるんだもの、嫉妬が過ぎて憎悪してても不思議じゃないわよね。
でもさ、その愛人だって貴族令嬢でしょ? 側室妃には身分が足りない(※伯爵位以上)けど、愛妾に据えて置くとかしなかったのかな? しなかったんだよね。存在知らないもん。
「――国王陛下に質問です。おと、いえ、リズボーン公爵が今述べたことは事実ですか?」
「レネ……」
振り返ったお父様は不満顔。まだ言い足りてない? ごめんなさい。でも、わたしが質問しないと檻が反応しないんだもん。
王様の答えはなく、三分後電撃が走った。
「質問を変えましょう。ジェラルド王子の実母である男爵家令嬢は死んだのですか?」
「……そうだ」
「産褥死ですか」
「違う」
「病死ですか」
「違う」
「……殺したのですか」
「余ではないない! エミリアが殺したのだ!!」
エミリア――元王妃の名前。
王の整った顔はもはや見る影もなく歪んでいる。
対してジェラルドが未だに無表情なのが不気味だわ。
檻は無反応だった。
長い文章、お読みいただきありがとうございます。
まだ続くよー!