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人生とは驚きの連続だ

R15。微エロ?的な表現があります。


「……あぁ……」


 意味を成す言葉が出なかった。


「恐らくだが、虐げられてきた使用人たちが、ずっと機会を窺っていたのだろう。

 元妃やアサマシィ侯爵家に連なる者たちが次々と粛清されて行ったことで、団結して一気に犯行に及んだようだ」


 セシルから聞いた話だと、使用人たちは皆表情が死んでいたそうだ。

 自身でも母親を人質に取られていた経験上、彼らの家族が人質に取られているか、出身の村や町ごと盾に取られているのではないか。あの下種野郎ならやりかねないと言っていた。


「平民が貴族に牙を剥けば、問答無用で極刑だ。

 使用人どもは本懐を遂げたかもしれんが、連座で一族郎党、下手をすれば村ごと処刑だ」


「どうにも……ならない……のですよね?」


 息が苦しい。


「法で定められている。それを無視すればアルステッド王国は無法国家と誹られる」


 じわりと涙が込み上げてきたけど、根性で耐える。耐えるったら堪える。

 そんなわたしをじっと見つめるアメジスト。


「――この数年、ライアー男爵領では、よく人が消えるそうだ。

 領主の邸から他国へ売買されてもいたようだが、それ以外にも消息不明な者が年間百人程はいる。

 刑を執行する憲兵が赴いた時、ある村では水害に遭った如く家が流され無人となっていた。

 またある村では地盤が沈み込んで壊滅状態。避難したのかここも無人だった。

 他の村でも自然災害に遭った如く村と人が消えていたそうだ。

 ライアー男爵は神の怒りに触れたのだと、街で噂になっている」


 ――えっ!? ちょっ、待てよ!!


「……まさか……お兄様?」


「避難先も定かではない、散りじりになった村人を探し出すのは骨が折れるだろう。奴隷として売られた領民を追跡するのも難儀であるし、程々の捜索で手打となる見込みだ」


 えっとぉ、色々……そう色々と物申したい。

 じとっとお兄様を見つめても表情は変わらず。


「王都の男爵邸で犯行に及んだ使用人どもは処罰を免れないが、領地の親族たちは居ない以上どうする事も出来まい。

 ライアー男爵家は爵位剥奪、取り潰しになったが、奴らの罪状は分かっているだけで『密輸』、『人身売買』、『国有財産の横領』、『領主の義務違反』、その他まだ捜査中だ。

 当主一家が既に亡くなっている為こちらは書類のみの処罰だが、一族も連座で処罰を受ける事になる。

 アサマシィ侯爵家の件で、捜査と捕縛に既に人出も時間も取られているのだ。男爵領の方は更に時間がかかるだろうな」


 不正に稼いだお金は、貴族派(王妃派)の活動資金へと流れていたから、元々粛清対象だった。

 でもこれじゃあ、それがなくても処罰できる事案だったな。

 というか、今までよくバレずにいたな。ああ、アサマシィ侯爵家が盾になってたのか。


 それから局地的自然災害? 短期間に重なる事なんてないない。ないよね?

 じゃあ人為的に起こされたものだとして、それを可能にするのは力の強い魔導師か、錬金術師か。


 ちらっとイリヤ氏の顔が浮かんだ。どっちの条件にも当てはまってるのよね。

 うーん、でも理由がないか。お父様かお兄様に依頼されでもしない限り。

 二人がそんな依頼をするか、と言われたらNOだ。

 ましてや、我が家と関係のない、ライアー男爵領の領民を逃してやるなんてねぇ。

 あっ、そうだ! リナさんを助けてくれたという『有志の団体』!

 彼らの規模は分からないけれど、理由も行動力もあるもんね。


 だがしかしお兄様!

 相変わらずもったいつけて話してくれやがりまして、本当に意地悪だな!

 あたふたするわたしの反応を楽しんでるんでしょ! あ、ちょっと口角が上がったわ。絶対そう! 返せ! わたしの涙。



「――それから、ジェラルド殿下が王に退位を迫って、受け入れる方向で調整している。

 王妃の横暴を止めず、王妃派により食い荒らされ、国政と国防が疎かになった責任を取る形だ」


 つい、顔が引きつった。そうなるとは思ってたけど。


「譲位に関わってくる事で懸念材料が一つ。ミカエラ公爵家令嬢が毒を盛られ倒れた」


「え?」


「一命は取りとめたんだが、後遺症が残るらしく、ジェラルド殿下との婚約を辞退された。

 幸いご令嬢は“王家の秘事”に関わる教育をまだ受けていない。だから婚約解消しても、王家に囚われずに済む」


 サーシャ様の控えめな微笑みが脳裏をよぎる。

 誰だよ!? あんないいコ(実は一歳年上)を殺そうとした奴は!


 しかし何が幸いするか分かんないね。

 まだ王太子妃教育が始まっていなかったし、あの元王妃じゃ、“王家の秘事”を知らない可能性もあったしね。


「誰が毒を盛ったのか、調べは付いたのでしょうか」


「ああ、西の国の第一王女だ」


「はぁ?」


 いけない。つい間抜けな声が出てしまった。


「わたしとの縁談がまとまらず業を煮やしたのか、ジェラルド殿下に縁談を持ち掛けた。

 もちろん婚約者がいるから断られたんだが、生来傲慢で短絡的な性格だからなのか、単なる愚か者なのか、婚約者がいなくなればいいと思ったそうだ。

 あの王女は王妃になりたく、玉座を継ぐ者との婚姻が必要だった訳だ」


 この周辺の国で、適齢期の独身の王位継承者は少ない。

 我が国ではジェラルド殿下とお兄様。東の国では、例の第三王子。この三人だけ。

 北と南では全員婚姻しているし、その子供たちは適齢期に達していない。


 お兄様は玉座に興味がなく、それでなくても国内の安寧の為断っている。

 東の第三王子では玉座に遠い。

 婚約者はいても、()()()()()のジェラルド殿下は理想的という訳ね。


「ミカエラ公爵家令嬢は解毒の魔導具を身に着けて、第一王女との茶会に臨んだ為命拾いをした。

 その茶会のガゼボには、予め【CAMERA】を設置していたそうで、王女付きの侍女がご令嬢のティーカップに毒を仕込む様子が映っていた。

 更に、王女が宿泊している客室の映像に、侍女に毒を盛る事を命令している様子も残されていた」


 監視カメラ大活躍!

 本来なら、他国の王族が宿泊する部屋に【CAMERA】を設置するのは、かなりリスキーだ。外交問題に発展しかねない。

 例え、「防犯の為」と言い訳しても、事前に知らせないなら『盗撮』って事になるしね。


「王女は強制送還された。他国の、王族の祖父を持つ未来の王太子妃を殺害しようとした件で、西の国へ賠償責任を追及している。

 まあこれはいいんだ。この件はミカエラ公爵が推し進めているから、任せておけばいい。

 問題なのは、ジェラルド殿下の婚約者枠が空いた事だ。

 今、王都では未婚の令嬢たちが、一つの席を巡って熾烈な戦いを繰り広げている。

 だが、ジェラルド殿下はおまえに求婚するのではないかと思う」


「えぇ~?」


 なんでやねん!

 全くもう、エセ関西弁が出てしまうやろがっ!


 クスリとお兄様が笑った。


「嫌そうだな」


「当り前ですわ。ご存じかと思いますが、わたくしはあの方が嫌いです」


 普段ならこんなどストレートには言わない。

 でもお兄様に取り繕ったところでバレバレだし、人払いされているし、ここしばらくの別荘暮らしでちょっと自由に振舞っていたから、ついつい。

 母にバレたら叱責ものだ。


「例の茶番劇のシナリオ、それの原作を覚えているか?」


「ええ」


「あの小説の最後では、王太子になった第一王子が、第二王子に婚約破棄された公爵家令嬢と結婚した――そう綴られていたな?

 それを実行しようとしている疑いがある」


 マジか?

 疑いがあるっていう事は確定ではないって話だけど、お兄様がそう言うんなら確率が高いんじゃない?

 眉間に皺が寄っちゃったよ。


「お断り、して下さいますよね?」


 ちょっと上目遣いでおねだりしてみた。


「レネが自分で断っていいんだぞ」


 チっ。


「目の前で跪かれても断固お断りしますよ!

 でも、お父様とお兄様からも断って下さいね!」


「もちろんだ」


 すっと顔が近づいて来て、お兄様から額とほっぺにキスを贈られた。

 これ、ホント、兄妹の距離感じゃないよね!?




 *****




 全く持って急な話だけど、翌日にはロンダール王国の王妃殿下に謁見した。

 衣装などはお兄様が持参して来ていたっていうね。

 言ってよー!


 久しぶりの公の場に緊張しながらも、何とか無事に済ませて帰宅。

 そしたら撤収の準備が整っていた。

 は? わたしの自由時間終わり?

 聞いてないよー!


 あれ、セシルとリナさんは残るの? え、イリヤ氏も?

 やる事が残っていると。そうですか。では、いずれまた。



『長距離転移魔法陣』の到着先は、王都の邸ではなく、領地の城だった。


 お兄様に連れられて、家族用の居間に行くと、両親に出迎えられた。

 母はわたしを見るなり渋い顔をする。あ、髪型ね。

 父は眼差しを和らげて、軽くハグしてくれる。


「レネ、体調はどうだ? 大丈夫なら、これから少し大事な話をしようと思う」


 改まって何だろうと、ちょっとそわそわする。

 テーブルを挟んで、向かいのソファに両親が、わたしの隣にお兄様が座る。

 お茶の用意がされ、側仕えたちが全員退室。まずはお茶を一口啜ってから、唐突にお父様が発言した。


「レネ、ジルは我々の息子ではない」


 爆弾発言きたー!!


「え!?」


「どうもおまえがジルと実の兄妹だと勘違いしていると……その、ジルが言うんでな。その様子だと本当に知らなかったようだな」


 話したと思っていたんだが、とか。

 わたくしもそう思っておりました、とか。

 我が両親の、言った言わないの水掛け論勃発。

 だから【CAMERA】が必要なんだよ。

 てゆーか、改まってそんな説明受けた覚えはない!


 要するに、お父様の亡くなった姉上がお兄様の実母。父親はなんと国王陛下。

 お二人の間に生まれた婚外子。本来ならお兄様が第一王子!?

 わたしから見た関係性は従兄。


 うっそぉ~ん、わたしたち、外見がよく似た、誰から見ても兄妹って思ってたのに。


 ああ、だからお兄様の婚約はなかなか調わなかったんだ。

 立場が難しいもの。


「姉は病弱が理由で、当時の王太子、現在の王と婚約出来なかったが、二人は恋愛関係にあった。

 姉は自分の寿命が少ないことを実感していたと思う。

 だから、想い人との間に子供を設けたいと、自分の生きていた証を残したいと熱望した。

 そして、その思いは叶ったのだが、出産後儚くなってしまった。

 それでジルをわたし達夫婦の養子にしたのだが、この件は王家側とミカエラ公爵は知っている」


 立場上たまに王様に会うけど、お兄様に対してなんか物言いたげな様子を見せていたのは……親子の名乗りを上げられないっていう、そういう事か。


「それで……以前からそのつもりではあったんだが、おまえとジルを婚約させた。外野が口を差し挟む前に来週婚姻式を執り行う」


「え?……はいぃ!?」


 気まずそうなお父様に爆弾発言投下され、気持ちが追いつかない内に、あれよあれよという間にお兄様と二人、夜着に着替えて寝室のベッドに腰掛けていたんだけど、え? 何この状況。


「最近貴族家での婚姻は、身分差や貞操感など緩和される傾向にあるが、未だに王族は古い慣習を守り、特に王家の花嫁には純潔が求められる」


 いきなり何言ってんの?


「本気で嫌なら全力で抗え」


「え? んむぅ……」


 抱き締められ、唇が重なる。

 項と腰をがっちり拘束されているから、全く逃げられないんですけどー!!


 ぬるりと舌が侵入してきて絡め取られると、自分のものではない魔力まで侵入してきた。

 舌と唾液が吸われた時、何かが体から抜けていく感覚があった。それがわたしの魔力だと気づいた時には、頭がくらくらとして体が熱くなっていた。


 あー、これ、お酒飲んで酔ってるみたいな感じだ。

 体液込みの魔力交換って、くらくらっとしてふわふわって……ちょっと気持ちいいかも?


 唇を離したお兄様が、うっとりしたように頬を上気させて、ぺろりと唾液を舐め取る。

 こんな色気のある妖艶な顔、初めて見た。


「魔力の相性が良いと、これほどまで甘美なのか」


 溜息混じりに呟くお兄様のアメジストの瞳が熱に蕩けているみたい。

 もう頭がくらんくらん、魔力がグルグル巡って体に力が入らず、ベッドに倒れこんじゃった。


 本格的にやばい状況だぞわたし!


「ちょっと待ってぇ」


「待たない」


 圧し掛かってきたお兄様にまたキスされて、あれよあれよという間に夜着も下着も脱がされたー!って蕩けた頭の片隅で状況分析はしてたのに、するりと体を掌で撫でられたら嫌などころか気持ちいいってどういう事だこら!

 チョロいのか? わたしチョロかったのか!

 気持ちが追いつかないまま流されて致してしまいましたよ、わぁどうしよう。

 前日まで実の兄だと思っていた人と“朝チュン”とかありえないやろ!?

 なんて思ってたら朝どころかもう昼で、なんなら翌日じゃなくてさらに次の日の昼だった。うわーん、何回致しているんだよ記憶ねーよ!

 わたしの気持ちとか置き去りに既成事実作られて結婚とか、政略ならまだしも家族だったんだぞ! 鬼畜仕様か! でも「全力で抗え」とか言われたのに気持ちよく喘いで抵抗らしい抵抗しなかった時点でOUTだわたし。どうしてか嫌悪感がないっていうのにも驚きだわ。『冷血公子』のお嫁さんは大変だわね~なんて思っていた過去のわたし! 自分やぞ!

 えーと、今頃気づいたけどこれってもしかしてジェラルド対策!? あと東の第三王子とかも。

 あ、でも、この後どういう顔して家族に会うの!? 家族構成変わらないのにわたしとお兄様の関係だけ変わったって……恥ずか死ぬ!

 いつの間にか食事の用意はされているし、お兄様に抱きかかえられてお風呂に入って出てきたらシーツが取り換えられているし、使用人の皆もこの状況知ってるって訳で……恥ずか死ぬ!!


 ……て、わたし、この部屋からいつ出られるの? もう何日経った?

 え、やだ、お兄様ったら監禁系?


「どうしたレネ。今更顔を隠して」


 わたしが知るお兄様史上、一番優しい声だ。


「……いつまでこうしているんでしょう」


「ん? 婚姻式までだな」


 言いながらもチュッチュと肩にキスを落すお兄様の顔が見れない。

 冷静になると、もんのすっごく恥ずかしいというか照れる。つーか、お兄様って絶り……げふん。

 いやまて。花嫁には準備というものが必要なんだぞ?

 そんな事を考えてたら侍女のアルマと侍従のシオンが突撃してきた。


「もういい加減お嬢様を解放してください! 体のケアと明日の準備に時間がかかるのです!」


 いつになくアルマが強気だ! イケイケー!

 ――ん? ちょっと待て! 婚姻式が明日!? え、帰ってきた夜からだから……足かけ五日も寝室に籠ってったって訳!?

 閨事初心者になんつーハードな事してくれてんの!? という恨みを込めて、じろりと指の隙間から鬼畜様を見上げる。

 そしたらちょっと不機嫌な感じで息を吐いた鬼畜様。


「仕方ない」


 仕方なくないよ。ただ、わたし立てるかな?

 落ち着いて魔力を練れなかったから、回復魔法も掛けられなかったんだから!


 ベッドは天蓋から紗幕が下りてて、わたし達の姿はうっすらとしか分からないだろうけど、アルマはまだしもシオンはちょっと遠慮して欲しかった。


 ガウンを羽織ったお兄様が寝台から出ていくと、シオンから何か受け取ってすぐ戻って来る。

 あらぁ、お盆に契約書が乗ってるー。婚姻誓約書だってー。へー。


「先にこれにサインを。()()()()()()()()()()だろうから、今日の内に提出する」


 こんなヘロヘロで裸のままベッドに横たわるわたしにサインしろと。

 婚姻誓約書ってもっと厳かな雰囲気の神殿で神官の元サインするんじゃないんですかねー。

 分かってる。もう今更だって言うんでしょ。既に両親とお兄様のサインがされているし。

 あれ? お兄様の名前が『レオナルド・ジル=オルランド』となっているわ。

『オルランド』って、我が家の予備爵で伯爵位。貴族学院を卒業した後、お兄様はオルランド伯爵を継承していたのだけど……リズボーン姓がなくなっていた。


「いつの間に除籍なさっていたの?」


 お兄様に手を貸してもらい上体を起こしガウンを羽織っても、ぐにゃりとお兄様にもたれ掛かってしまう。

 あー、これ、多分立てねーわ。


「大体二月前だな。それでリズボーン公爵とオルランド伯爵で婚約契約を交わした」


 えっ? お兄様は公爵位を継がないの?

 オルランド伯爵になっても、リズボーン公爵位をいずれ継ぐと思っていたわ。

 怒涛の展開で流してたけど、義理の兄妹が婚姻するなら、一度どっちかの籍を抜かないといけない。

 養子だったお兄様が抜けるのが順当っていやーそうなんだけどさー。


「もしや、わたくしが女公爵になるのですか?」


「さあ? どうだろうな」


 さあってなによ。


「それとも『お兄様』が王位をお継ぎになる、とか」


 これはない、と以前も確認している。でも事情が変わったとか?


「レネ、『ジル』と呼べと言っただろう? 『お兄様』呼びは背徳感があってそれはそれでよかったがな。次に『お兄様』呼びをしたらお仕置きだ」


 お仕置きって。


「むぅ、急に切り替えは難しいのです」


「それから、“泥船”の船頭役になる気はない」


「一体どういう……んん」


 曖昧にはぐらかしやがってー! しかもキスで誤魔化すとは!


 結局答えてもらえず、抱き上げられて浴室に連れて行かれた。




 *****




 体内魔力を整えて“回復魔法”を全身に掛けると、あちこちの鈍い痛みと全身至る所にあった鬱血痕(キスマーク)が消えた。

 あー恥ずかしー。


「お嬢様、髪を伸ばしてくださいませ」


「え、何故?」


 きょとんとアルマに訊き返すも、凄みのある微笑みに弾き返された。


「明日はぜひとも美しい長い髪が必要です。以前魔法で髪を伸ばせるとおっしゃっていらっしゃいましたね? 今がその時です」


「……ハイ」


 髪を切った時アルマには散々泣かれた弱みがあるし、公式行事(婚姻式)なら仕方がないかな。

 という事で、髪に回復魔法をかけた。

 ああ、また頭が重い。と同時に身が引き締まる。


 明日着る予定の花嫁衣裳は、母が降嫁してきた時のドレスを手直ししたものだ。

 最終調整で試着していると、その母がやって来てしまった。

 ううっ、顔! 視線が泳ぐぅ。


「あら、髪は着け毛かしら」


 注目ポイントはそこか。


「いえ、魔法で伸ばしましたの」


「まぁ、便利な事ね」


 何かどうでもいいような声音であっさりと会話が終わって、沈黙が訪れた。

 一時、わたしと母の関係は冷え込んでいた。今は関係修復……途中かな。


「……本来なら、伝統デザインでも、一から新しく作るはずだったのに……間に合わなかったわ。ごめんなさいね。

 本当に、こんなに慌ただしく、否応なく計画を推し進める事は、わたくしは反対したのよ」


 微かに顔を顰め、花嫁のベールにそっと手を滑らせていく母は、自身の婚姻式当時を思い出しているのか、少し感傷的に感じた。


「ジルは……貴女を大切に思っている。それは間違いないわ。

 子供の頃から、自分の置かれている立場と、王家との関わりを理解して、その上で貴女を支える夫になりたいと言っていたのよ」


「……は? 子供の頃……?」


 思い出を辿ってみて、それらしい言葉や態度を示された事はないな、と改めて認識。

 だってさ、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた教育に、熱出して寝込んだわたしへのお見舞いの言葉が、「要領が悪い」だったのよ!

 厳しい言葉と態度しか思い出せないわ。

 ただ、それらの根底にあるのは、わたしを想っての事で、大変分かり難い優しさである。

 でも……お兄様がわたしを支える? 逆じゃなくて?


「何でも一度で理解出来て、すぐに自分のものにする天賦の才に恵まれているのに、とてもつまらなそうだったわ。

 それが貴女が産まれた後、変わって来たのよ。良い情操教育になっていると思っていたのだけれど……七歳にして『レネと結婚したい』と言い出した時には頭を抱えてしまったわ。

 ジルならば、他国の王族とも婚姻出来るのに、何故身内、義理の妹を選ぶのかしらって訊いたのよ。なんて言ったと思う?」


 母は、わたしには超厳しいのに、兄には少々甘い顔をする。

 その母からの兄語り。気まずさがどこかに消えて、スンと感情が凪いだ。


 わたしの返事を待たずに、母は思い出し笑いを浮かべて答えを告げる。


「『面白いから』ですって! 世間を知らない子供らしさに、ほっとしたものだわ。

 それなのに、着々と足場を固めて、レオ(レネの父)と一緒に水面下で計画を推し進めていたの。

 わたくしは蚊帳の外。それに当事者である貴女もね」


 面白い――はぁ、そうですか。

 わたしはお兄様の、『おもしれー女』枠に入っていた模様。


 なんとなく母は疎外感に拗ねているようだけど、当事者なのに今まで何も知らなかったわたしはどうなのよ!ってムカついてきた。

 それでもその感情をぶつける事はしない。ええ、しませんとも! そういう教育を骨身に染みるほど受けてきたからね!


 母とはなかなか相互理解が進まない。

 王家の古き慣習を引きずっている母と、前世日本人の感覚が抜けきらないわたしだもん。

 それでも少しずつ、こういう会話が出来ているんだから、以前よりはマシだ。


「わたくし、本当はジルに王になって欲しかったのよ。資質は誰よりも、ジェラルドよりあると思うの。あの凡庸な兄の子とは思えないわ。でも、本人は全くその気がないんですもの、ままならないわね」


 確かにね。でもそれなら――


「例えば、法を改正し、降嫁した元王女に王位継承権の復権が認められたなら、お母様は女王になられますか?」


 王位継承権を持つ王子が臣籍降下して子供が生まれても、そのまま継承権を維持するのに対し、王女は降嫁した後、子供が生まれたら継承権を失う。

 女性にも継承権があるのはいいけれど、実際王子と王女がいたなら、よほど王子の出来が悪くない限り王子の方が王位を継ぐのだ。


 因みになんで母になった元王女の継承権が無くなるかというと、「子育てに重点をおく母親には国政は重荷になるだろう」という理由らしい。

 は? バカ言ってんじゃないよ! 王侯貴族の女性は大抵自分で子育てしないだろうが!!

 男女平等は遠いな。


 まあちょっとした好奇心で訊いたんだけど、思いの外真剣な眼差しを向けられた。


「確かにわたくしは兄を差し置いて女王になりたかったわ。若気の至りね。

 もし、法が改正されたとしても、わたくしはもう女王になろうとは思わないわ。貴女がなりなさい」


 母には例え話をした。それの回答、ただそれだけの例え話。


 ……だよね?




 *****




 翌日――王都の大聖堂にて厳かに執り行われる筆頭公爵家の婚姻式。

 本来なら、国中の重鎮や、他国の王族も参列するだろう式典なのだが、今回は身内だけでこじんまりと行われる。


 新郎新婦の家族とリズボーン家の重鎮、国王と第一王子、先代王弟のミカエラ前公爵とその家族。

 がらんとした聖堂内を、父にエスコートされ、新郎のおに……げふん、ジルの元へと歩く。

 ウェディングドレスの後ろ側の裾は長く引き、被ったレースのベールもこれまた長いが“末広がり”の八メートルはない。それは前世の風習だったわね。


 式を執り行うのは神官の頂点である大神官。その手前で艶然と微笑む我が兄改め夫。

 こうして改めて眺めると、確かに美しい男ではある。

 わたしが家族ではなく赤の他人だったなら、芸能人をきゃあきゃあ応援する感覚を持てたんだろうな。

 兄ではなく、夫。わたしの男。……まだ気持ちの整理がつかない。


 はぁ、それにしても、絶対横やりが入ると思ったのに、わたしがジルとずっと領地の城の奥深く、寝室から出てこなかったから、というか、接触を回避するために籠らされていたみたいで、実はなんやかやがあったらしいのを、両親がシャットアウトしてたらしい。

 王家側を見ないようにしよう。


 大神官の発声の下、粛々と進む婚儀。誓いの言葉を述べ、ベールを上げて、誓いのキスを――


「その婚儀、ちょっと待ったーーー!!!」


 する一秒前に聖堂内に響き渡るお邪魔虫の声。

 扉を乱暴に開けて侵入してきたのは、東の第三王子殿下と側近たちであった。


 はぁ? 結婚式で花嫁を奪還しようとするのは元カレと相場は決まってるぞ?



主人公はチョロインでした(;;;´Д`)


***


長い話をお読み下さいまして、どうもありがとうございます!

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