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別荘での療養生活

今回は暴言が多いです。あと、暴力的な表現があります。お気をつけて。


 南の隣国ロンダールは、冬が穏やかで、避寒地として北方の国の人々に人気の観光地でもある。


 昔の富豪の邸を買い上げ改装した別荘で、わたしは命の洗濯中……ではなく、マジで病気療養に突入した。

 張りつめていた気が抜けたのか熱を出したのだ。

 否応なくベッドの住人と化し、一週間経ってもまだ微熱が続いている。


 熱を出して早々、我が家の指示で女医のオリエ先生が派遣されてきた。

 移動はもちろん、わたしたちが利用した『長距離転移魔法陣』でだ。

 オリエ先生の診察に沿ってセシルが治癒魔法を使ってくれて、胃痛は快復した。


 一番の問題はそこだと思ったんだけどなぁ、なんでか微熱が続いているのよねー。


 オリエ先生がいう事には、今までの無理が環境の変化で表に出てきたんだろうって。

 つまり、これまでのきつきつスケジュールで気を抜く暇のない生活は、実は体に相当無理を強いていたって事なのだろう。

 だから、「今はゆっくりお休みすることがお仕事ですよ」と、オリエ先生に優しく言い含められ、暇を持て余している。


 こっちに来たらきたでやりたいことが色々あったのに、事前に父や兄に「面会謝絶。出かけるな」と念を押されてしまってるし、この国の出版社との面談が~と言えば、代理人を用意してくれる始末。


 ぼぉ~としてるうちにうつらうつらと眠れたら良かったのに、寝すぎて睡魔も裸足で逃げだした。

 それで、なんとなくセシル母娘の件に思いを巡らした。




 *****




 セシルの母・リナさんは、対面したとたん深々と頭を下げ、謝罪と感謝を何度も口にした。

 男爵や王子に人質にされていたけれど、どこかに監禁ではなく、いつも通り食堂で働けていたそうだ。

 ただ、複数の監視人が張り付いていて、時々脅されてはいたが。

 (男爵家の監視人は、ウチの手の者が成りすまし、危険から守っていたのだ!)


 心身とも草臥れているようで、ほっそりとした体に艶のなくなった金茶色の髪をただ後ろで一括りにしただけのやつれた姿なのに、それが返ってえもいわれぬ色気となっていた。

 これは男性の庇護欲が掻き立てられそう。


 とりあえず暴行とかは受けていないようで、ほっと一安心。

 セシルと抱き合い泣き出している母娘の姿に、思わずもらい泣きしそうだったのに、情緒もへったくれもなくお兄様が「時間がない」とぶった切って、『転移魔法陣』が設置されている部屋に連れて行かれた。


 冷血公子め!


 と内心悪態を吐いたら、ぎゅっと抱きしめられた。

 この頃お兄様の距離感がおかしい件。


「時期が来たら迎えに行く。気をつけて行け」


 チュッと頭頂部にキスされて動揺している間に、国内南部の別荘へ転移完了していた。翌朝、ここから南の国に旅立つ段取りなのよ。


 わたしとお兄様のやり取りにセシルが目をキラキラさせていて、「禁断の愛」とか「応援している」とか何か寝言言ってたわ。


 アルステッド王国の別荘から、南のロンダール王国の別荘まで馬車で移動。

 その時に時間もあるしで、セシル母娘の事情を聞いたのよ。




 ライアー男爵領のとある村で生まれ育ったリナさんは、美人な事が仇となり、女好きの男爵に目を付けられ手折られた。

 男爵領ではよくある光景で、時々馬車で領内を巡り、気に入った女性たち既婚未婚関係なく連れ去るんだそうだ。

 攫われた女性たちはほぼ無理やり領主家男子の伽の相手をさせられた。

 で、避妊が徹底されておらず、時には妊娠してしまう女性もいた。その一人がリナさんだ。


「あのハゲデブエロオヤジ、マジで死ねやっ!!」


 セシルがそう叫ぶのも頷ける下種野郎だ。

 わたしは直に会ったことはないけれど、資料映像に映っていた男爵は確かに頭頂部の薄い金髪に、不健康そうな白い顔でぶよぶよした体形だったわ。

 しかしセシルは口が悪いなぁ。まぁわたしも心の内の呟きは口汚いけど!


 リナさんが領主の邸を脱出できたのは、抵抗して酷く殴られて、きれいな顔が台無しになったと男爵に捨てられたから。

 邸の周辺では、攫われた女性を救いたいと有志の団体が見張っていて、リナさんは彼らに助けられた。


「追い出されて幸いでした。領主に飽きられた女性たちは、解放されることなく娼婦のような扱いをされ、しばらくすると姿を消してました。奴隷として他国に売られたらしいと聞いてます」


「ハゲデブドスケベ下種の極み女衒野郎っ!! 死ねっっ!!!」


 その辺りの事情をセシルも教えてもらってなかったようで、悪態が悪化しているけどわたしも同じような心境だ。

 セシルの口の悪さに、「こほんっ」と咳払いで注意していた専属侍女のアルマだけれど、あまりにも酷い話に、口元を片手で覆った。


「全女性の敵ですわね」


 全くだ。


「大丈夫。奴らは粛清対象だし、もし逃れたとしても我がリズボーン家が潰すわ」


 思わずふっと嗤ってしまったのだけど、悪い顔をしていたらしい。

 辛い話をして顔色の悪かったリナさんと、怖気が走っているのか二の腕をさすっていたセシルが、わたしの顔を見て口を閉ざした。あれ?


「……すごい……悪の女王様って感じです! ステキ!」


「それは褒めているのかしら」


「当然です!」


 またセシルにキラキラした眼差しで見つめられてしまった。


 えーと。とにかくリナさんは村に帰らず、助けてくれた有志の団体の手を借りて王都にやって来た。

 仕事先の食堂の主人夫妻が情に厚い人で、リナさんの出産や育児をも助けてくれたという。おかげで母娘二人、どうにかこうにか暮らしてこれたそうだ。



 セシルは物心つかないくらいの幼い時に、”前世の記憶”を思い出した。

 ある程度成長してからは、リナさんに”前世の記憶”の件を打ち明け、生活を良くしたいと色々案を出したそうだけど、食べるだけで精いっぱいの平民では出来る事はろくになかったという。

 やはり何かをするのにも、先立つモノが必要なんだ。


「お待ちを。『前世の記憶』とは、本気ですか!?」


 セシルが話始めた時、侍女アルマの存在は気になっていた。

 やっぱそこ、引っかかるよねー。うーん。


「稀にだけれど、今の自分ではない、以前別の人間だった頃の記憶を持っている人がいると文献にも残っているの。

 信じるかどうかは貴女次第だけれど、今はそういう物だと聞き流してね」


 文献の件は本当だ。前にちょっと調べたのよ。

 それは公式文書ではなく、民俗学的な民間の書籍だったけど。

 わたしたちだけが特別ではなく、昔からちらほら転生者がいたって訳よね。

 セシルが目を瞬いている。


「へぇ、()()()()()んですねぇ」


 そこ、意味深に呟かない!

 気を取り直して続きを聞く。


 セシルは十歳位から食堂で給仕の仕事を手伝う内に“看板娘”になり、常連客の出版社社長に趣味で書いていた小説を読んでもらった事が切っ掛けで小説家デビューを果たした。

 前世では、ネットに小説を投稿していたんだって。


『可愛い小悪魔と四人の貴公子』は、実は二作目。

 思いがけないヒットに、出版社あたふた・ウハウハで、セシルの生活は金銭的に余裕が出来た。

 それでも給仕の仕事を辞めなかったのは、また同じように小説が売れるか不安だったから。

 一作目は社長の意気込みとは裏腹に、あまり売れなかったそうだ。

 だから不確定な未来を当てにせず、堅実に働くことを選んだ。


 うん、これは応援したくなるよ!


 セシルが男爵家に引き取られた(本人曰く攫われた)のはそんな時。

 詳しい経緯は知らないけど、評判の看板娘を見に来たライアー男爵が、気に入って妾にしようと連れ去ろうとしたら、なんと実は自分の娘だと分かって、母親の命を盾にセシルを無理やり養女にしたそうだ。


 クソがっ!


 男爵家で最低限のマナーを教えられた後、「高位貴族の息子を落としてこい」と有無を言わせず貴族学院に放り込まれたそうだ。この間一か月。

 道理で学院で見かけるセシルのマナーが悪いはずだ。

 マナーが悪い、教養がないのは当然。そんな貴族の教育を全く受けてなかったんだからね。


「自分の血を引いた娘だっていうのに、アイツ、人の体を舐め回すように見て、ほんと気持ち悪いったら! もげればいいのに!」


 何が? とは聞かずにおこう。

 腕をさすりながら、小刻みに震えていたセシル。



 ライアー男爵は相当やらかしている。

 それを単に斬首刑でお終いにしたら、領民の恨みは行き場を失うのではないか――そう思った。




 *****




 リズボーン家お抱えの魔導具師で、錬金術師のイリヤ氏がやって来た。

 イリヤ氏はわたしより一回り年上なんだけど、研究バカで魔導具の事になると寝食を忘れる。

 今回は新たな魔導具の実証実験の為、訪れたという。


「凄いですよね~。魔法で【テレビ電話】が出来るなんて!」


 わたしが寝ている間に実験は終わっていて、その時部屋に控えていたセシルが、その様子を興奮気味に話している。


 監視カメラとして作られた【CAMERA】は、あくまでも録画した映像を見る事しか出来ない。

 今現在のライブ映像で状況を確認出来たら、何かあった時の対処も早く出来るのに……とイリヤ氏に言ったら頑張ってくれた。

 前世にあった、留守時の子供やペットの様子を確認できる【見守りカメラ】的なイメージで伝えたつもりが、予想を上回って【テレビ電話】になっていた。


 まだこの魔導具を持った者同士の双方向通信しか出来ないが、これからきっと進化していくだろう。

 なんて丸投げ気分でいたら、何かしらアイデアとか閃きはないかと訊ねてくる。

 わたし寝込んでるんだけど?


「お嬢様の何気ない言葉は神秘に包まれ、神の託宣の如く!

 この数年の魔導具の発展はお嬢様の功績です!

 魔導師団の技研の連中など、『リズボーン家の至宝』とお嬢様を讃えております!」


 片膝を付いて熱く語っているけど、淑女の寝室に入って来るなよ!

 ついでに言うなら、あんたが天才なだけだぞ? 子供の思い付きと大雑把な説明で道具を完成させるんだから。


 アルマと騎士に引きずられてイリヤ氏は退場したけど、あれはまだ居座る気だな。

 与えられた客間が工房化する予感しかしないから、好きなようにやらせておいてと許可を出しておいたら、あっという間に道具を運び入れてしまった。

 自身で開発した長距離転移魔法陣が大活躍している模様。

 でもね、密入国になるんじゃない?


「邸から邸への移動だけで外に出ませんから大丈夫です」


 うーん、そういうものかしらねぇ? まぁバレなきゃいっか。(※駄目です)




 やっと床上げ出来たら、これまでにお見舞いと称して訪ねてきた人物リストを渡された。おや?


「前に破談になった東の隣国の自称第三王子って……詳しく訊きたいわ」


 この別荘での執事シュヴァルツが言うには、先触れなしの突撃訪問だったそうだ。


 お忍びの体で、王家の家紋入りのペンダントを見せながら身分を明かしたが、本物であるかどうか、また王子ご本人であるかどうか判断できない事。

 お見舞いも面会も全て断っている事。

 更に、病に臥せっている未婚の公女殿下の住まいに、未婚の男性が訪問するのは非常識である事。

 それらを迂遠に伝えて帰ってもらったそうだ。自称第三王子のお付きの者たちはまだ常識を持っていたらしく、頭を下げて帰って行ったと。

 それを既にお父様に報告済みだというから、正式に苦情を入れているだろう。


 新たな馬鹿王子登場ってか。自分とこの王族だけでお腹いっぱいだぞ。

 破談にはなったけど、どうも諦めていないとかいう噂を聞いたのよね。

 西の隣国の王女も諦め悪いしなー。

 まさか、ここのロンダール王国の王族まで来ていないだろうな!? と思ってリストを確認したけどなくてほっとした。

 なのに――


「ロンダール王国の王妃殿下より、お見舞いの品と書簡を頂いております」


 あー、書簡ね。ふつーはそうだよね。

 でも、あれぇ? わたしからはここで療養してますーてお手紙書いてないわー。


「旦那様が前もって、お嬢様が来国予定であることを、ロンダール王家に伝えております。ですが――」


「わたくしから王妃殿下にお礼をしなくてはね」


「御意」


 例えお見舞いが形式的なものであっても、こちらは礼を尽くさなければならない。それからはもう、お見舞いのお礼状を書いたり品物選んだりで忙しくしていた。

 この間にも、あの手この手で接触を図ろうとする者たちがいた事をわたしは知らない。


 当主命令でわたしへの面会謝絶。手紙も検閲され、わたしの所にくるのは、身分が高く、身元の確かな方のものに厳選されていた。

 護衛騎士も追加投入されて現在十名体制。

 邸には元々防御結界が張られている。


 わたしに会うのって、めっちゃハードル高い仕様になってるじゃん。

 すげーな、何様だよ!?




 一通りやる事が済むとまた暇で、それならと、セシルの第一作目の小説を読ませてもらった。


「異世界転生して魔法があるんだし『オレTueee!』的な事をしたかったのに自分じゃ出来なくて、だから小説にしたんです。でもぉ……まだこの世界で『異世界』が受け入れられないみたいで……」


 売れなかったと。

 わたしは普通に面白く読めた。これは下地に、前世日本でいわゆる『異世界転生モノ』ジャンルに馴染んでいたからかもね。


「貴女の色んな作品がもっとたくさん世に出てから、改めて再版してみてはどうかしら。

 貴女がお世話になっている出版社で無理だったら、わたくしが持っている出版社からでもいいわ」


 わたしがオーナーをしている出版社からは、ファッション雑誌を季刊誌として販売している。

 季節ごとの流行を捉え、ドレスや小物、それを着用している女性の姿をイラストにして載せているのが主なもの。

 “今更聞けないマナーの事”を連載し、他にファッションリーダー的なご婦人のインタビュー記事も掲載していて、「次はわたくしを取材して」と依頼されてもいる。

 雑誌のターゲットは若い世代のご令嬢なんだけど、幅広い年代の貴婦人に売れていた。


「そうだわ! 雑誌にあなたの小説を連載形式で載せるのはどう? あちらの世界ではファッション誌にコラムや小説が連載されていたもの。

 女性向けだから、『悪役令嬢モノ』もいいけど、『平凡なヒロインがスパダリに溺愛される』という物語がいいかもしれないわ」


 ぽけらっとしたセシルは何故か顔を俯けた。


「やっぱり身分と資金力がないと無双出来ないんですよね。既に実業家とか、マリアージェ様、『チート』じゃん」


 ううん、自分と比較して落ち込んでるのか、僻んでるのか、両方か。


「自分で言うのもなんですけれど、確かに魔力は国のトップレベルですし、複数の属性魔法が使えますわ。でもそれは、そういう血筋に生まれたからです。

 わたくしの兄なんて、まさに『チート』ですわ。前世の知識という底上げがあってさえ、彼には何一つ敵わないんですから」


 そのかわり、ヤツは血の色みどりの冷血漢だけどな!

 まだぐちぐち呟いているセシルに言ってやる。


「身分が高い生まれだと、危険な目に遭いやすいですし、刺客も送られてきます。普段の生活でも油断していると、命を落しかねないのです。

 貴族に理不尽に踏みにじられる平民と比べるものではありませんが、それぞれにメリットデメリットがあると思いますの。

 だいたいにして、わたくし小説は書けませんし、治癒魔法も使えませんわ。

 貴女のおかげでずっと患っていた胃痛が治りました。感謝感激です!」


「……うん」


「資金力と言ってましたが、わたくしがスポンサーになります。

 それに、この国でも貴女の小説を売り込みたいの。良いペンネームを考えておいてね。

 それからここにいる間、しっかりマナーを身に着けてもらいますからね?」


「げっ」


「言葉遣い」


「かしこまりました」


「よろしい。美しい所作は他人に信頼を与えます。覚えて損はありませんわ。

 わたくし、ここでは暇なので、毎日二時間ほど、貴女にマナーとロンダール王国語の授業をしようと思います」


「うう……宜しくお願い致します」


 セシルの気持ちがこれで納得するかと言えば違うだろうけど、とにかく色々やらせて気を紛らわそう。

 わたしもやる事が出来て暇つぶ……げふん、有意義に過ごせそうだわ。


 ホントに今まで自由時間がなさ過ぎた。

 無駄な妃教育がなくなったら、別の事に時間が割り振られただけだし。

 あーあ、わたしって何になりたかったんだろう。『職業選択の自由』はないからなぁ。

 雑誌を作ったのは、学友たちの話を聞いて思いついて、なければ作ればいいじゃん精神で突っ走ってしまっただけで、それなりに手応えはあったけど、メインの活動は編集長に移っているし。


 やりたいこと……かぁ。


 ――と、いうことで。


 ばっさり髪を切ってしまった! わははは。

 少なくともアルステッド王国では、女性は髪が長いものとされている。髪が短いのは出家した修道女くらい。だからアルマが泣いている。


「お嬢様ぁ」


 顎のラインで切り揃えられたボブカット。前髪もぱっつんしてやったわ。

 直毛なので頭を振ると、しゃらしゃらと揺れる。ふふふ。

 はぁ、頭が軽い。肩が軽い。思わず両腕を上げて思いっきり伸びをした。


「似合わないかしら」


「お似合いですわ。でも……」


「心配しなくても、切った髪は保護魔法を掛けて保存しているし、緊急な場合は魔法で髪を伸ばせるもの」


 十数年ぶりに何の予定もない自由時間がある生活で、身も心も軽くなり、胃痛もなくなった。

 バンザーイ!

 日々、やる事と言ったら、手紙の返事を書く、各出版社への問い合わせ(しかも代理人)、セシルへのマナー講座に、ロンダール王国語の復習を兼ねた授業。

 少ないわ。おかげで睡眠時間をたっぷりとれて、お肌の調子も良い。


 懸念事項と言えば、一度ロンダールの王妃殿下への表敬訪問しないと筋が通らないから、スケジュールを調整中で、わたし一人ではなくお兄様が来てくれることになっている。


 で、やってきました冷血公子。


 この別荘に来てから三か月近く経ったけれど、【テレビ電話】で時々連絡を取り合っていたの。相手は両親だったり兄だったり。

 全員に髪を切ったことを叱られたわぁ。いいじゃん、伸びるんだから。


 転移して来て早々、グイグイ来られた。すっごい眉間に皺を寄せて。

 頬に添えられた手が耳から項と移動していく。後頭部を固定されて、逃げようもない。


「本当に、ただの気分転換か?」


 え? 再会第一声が髪型の事!?


「そうですわ」


 ここにきて、なんでこんなに気にしているのかに気が付いた。

 まだ子供だった頃、とある事件で死にかけたついでに髪が無造作に切られてしまい、仕方なく肩口辺りで髪を切り揃えた事があったの。

 今と同じようなボブヘア。あれか。あれが兄のトラウマになっていたのか。


「子供の頃と違って、わたくしに危害を加えられる者はそうはおりませんわ」


 にっこりと笑顔を見せると、ふぅと溜息を吐いたお兄様は、わたしの頭頂部にチュッと唇を落してから、腰に手を添えてエスコートをする。

 いや、立ち位置近いんだけど!


 気を取り直して居間に案内し、上座の一人掛けソファに案内したのに、わたしの隣に着席した。近い。なんで。


「まずは例の茶番劇後の顛末を知らせておこう」


 【テレビ電話】はまだ長時間通信出来ないから当然だけど、手紙でもそれらの事は詳しく書かれていなかったから、わたしには知られたくないのかと思っていた。

 お兄様がまとめて報告ですか。そうですか。合理的ですね。



<ジェイソン元第二王子>

 王族籍剥奪後、『北の離宮』に幽閉。

 実は王の子ではないことが発覚。しかしそれを表沙汰にするにはリスクが大きいため、元妃と同じく幽閉措置となった。間もなく毒杯を賜る。

 罪状:王子費予算の内、婚約者予算など、本来使われるべき所に使わず流用した『公金横領罪』。

 第二王子の職分を越えた不当な命令を下した『職権乱用罪』。

 王の子ではなく、立太子もされていないにも関わらず、次期国王を僭称し王位簒奪を望んだ『叛乱罪』。


「えっ!? ちょっと待ってください! ジェイソンが王の子じゃなかったって……今頃分かったのですか!?」


「レネ、話の腰を折るなというのに。

 元妃の実家から連れてきた護衛騎士が父親だった。

 その男の髪はブルネットで瞳は紫紺。ジェイソンは元妃と同じく金髪に碧眼。どちらに似るにしても王家の色を全く持っていない。

 王族は誕生時に魔力適合検査があるが、その当時の検査官を買収していたらしい」


 その護衛騎士は王族を謀った罪で斬首刑に処されたとの事。


 どうりで。

 ジェイソンは王家の色を一切持っていなくて、容姿も似る所がない。更に光属性もなく、魔力も少なかった。

 王の子ではない、王家の血を引いていないと聞いて、すとんと腑に落ちた。

 そのジェイソンを玉座に据えようと画策したから、問答無用で元王妃は『北の離宮』に飛ばされたのか。


 卒業パーティでは、騎士たちに囲まれて馬車で護送されたと言ったけど、実は王宮の奥深くに『北の離宮』へと繋がる転移魔法陣あり、とっくに送られていたのだ。

 馬車は囮で、変装した女性騎士が乗っていたんだって。


「その護衛騎士はどちらにしろアサマシィ侯爵家の一門だ。一族郎党処刑と決まったのだから、ヤツの家族も処刑される。

 元妃もジェイソンと同じく毒杯を賜るが、恐らく一族の処刑が済んだ最後になるだろう」


 アサマシィ侯爵家は爵位剥奪の上お取り潰し、領地は没収され王領となる。



<バカディ公爵家の元次男シューサイ>

 バカディ公爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。

 平民でありながら、公女に対し無実の罪を着せた『叛逆罪』、侮辱発言を繰り返した『不敬罪』。

 一般牢に収監後、厳しい取調べに遭い身体欠損。魔力封じと断種処置の後、採掘場の労役に着いた。


「……身体欠損?」


 話の腰を折るなと言われたけど、つい訊き返した。

 だけどお兄様はただうっそりと微笑みを浮かべただけ……コワイ。



<ダイク侯爵家の元次男ノーキング>

 ダイク侯爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。

 貴族学院と王宮に許可もなく武器を携行、公女に対し刃を向けた『叛逆罪』。

 斬首刑に処された。



<アフォネン伯爵家の元次男ナルシス>

 アフォネン伯爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。

 公の場で公女を侮辱し冤罪を着せた『不敬罪』と『叛逆罪』。

 断種処置の後、魔力制御装置を着け、北の国境砦の防御魔法陣に魔力を捧げる労役に着いた。

 無駄に多い魔力を有効活用する為の処置である。



「バカディ公爵は宰相を辞任、補佐官をしていた嫡男も辞職。ミカエラ公爵が後任に就くことに決まった。

 ダイク侯爵も王宮騎士団長を辞任。ただ、自害しようとしたのを止められ、国境防衛団の一隊長として務めるよう王命が下された。

 騎士団も王妃派に浸食されていたからな。処罰を受けた騎士・衛兵・兵士がずいぶん多かった。

 後任は中立派の副騎士団長だ」


 ノーキングの件はとにかく後味が悪く、どうしても父親であるダイク侯爵に申し訳ない気持ちが湧く。


「アフォネン伯爵も魔導師団長を辞任した。後任はこちらも副師団長が就くが、暫定措置だな。伯爵の嫡男が適任だと言われているが、弟の不祥事と若すぎるという事で、ある程度経験を積んでからの就任になる見込みだ」


 少し俯きかけていたら、お兄様の指がわたしの頬をかすめ、髪を耳に掛けて横顔を顕わにされた。

 やっぱり近すぎる距離感に身を捩ろうとすると、肩に腕を回され引き寄せられてしまった。


「――っ、お兄様!」


 何するねん! と文句を言おうとしたんだけど。

 振り返って目が合ったアメジストは、とても強い光が宿っていた。……ような気がするので、口を噤んでしまった。


「おまえは優しすぎる。今回の処分はずいぶん甘い方だぞ」


 それは、まあ、分かってる。


「その優しいおまえが同情しているセシルの父親であったライアー男爵の件だが、不本意な結果になった」


「……どうしたのですか」


 微かに眉を顰めたお兄様に、この人にも手落ちがあったのかとじっと言葉を待つ。


「男爵一家が、使用人たちに嬲り殺された」


お兄様のお話は続くのです。

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