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#2 鏡(2)



強烈なインパクトを脳内に植え付けた、嵐のような女子高生の襲来から早2週間。


漆黒の翼を隠し持つ犯人が起こす、カオスな食い逃げ以外は平和なカフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』に、またも嵐が訪れた。



「おはよっ!」



9時30分に通常開店。ジャズの鳴る開店直後の店内に常連客さながらのフレンドリーさで現れたのは、店長も店員も忘れやしないあの女子高生。今日は私服だ。



「いらっしゃいませ舞花さん」



本日最初のお客様に、店長の清水は営業スマイルでお出迎え。


涼真も普段は同じ行為でもてなすのだが、何となく苦手で天敵のような女。タイミングを逃した。




失礼な店員であるも、いまの舞花に彼は空気同然。


それどころではない一大事とあってわざわざ土曜日の早くに来訪したのだ。


瑞々しいツヤ感の唇を開き、さっそく行動開始である。



「ねえねえ!この間のお姉さんやっぱり見たことあった!清水五月じゃん!動画では綺麗なスーツなのに地味だったから全然わからなかった!」



内心で「相変わらずよくしゃべる」と毒づく涼真をよそに、二階堂舞花はマイペースに語り続ける。



「ってことはセージュンのガチ関係者じゃん!メイクの話とかもっと話せば良かった!ツーショット撮りたかった!教えてよ!」



この好意的リアクションに対し申し訳ないが、先日本人含むあの場にいた全員が『清純化粧品創立者の孫娘&美容アドバイザー』という五月の個人情報を舞花に教えることを避けた。


言動に難アリと見て面倒な騒動になりそうと判断したからだ。



今の舞花の興奮がすべてを物語る。SNSへの書き込みは会社の利益にも繋がるが、炎上のきっかけを生む両刃ともなり得る。


強いてはせっかく静かに暮らしている店長の清水健一も、五月の弟……というより『大企業の親族がカフェ経営』と広く知られ表に出されかねない。


先日の判断は適切だった、と健一も涼真も自身に言い聞かせる。



とはいえこうして会話をしていると普通の女子高生。オープンな性格のお客様を店長以下一名と一匹はぞんざいに追い返したりはしない。



「まずは座って下さい。息切れは会話のせい?それとも走って来たのですか?」


「途中ちょっと。なんか早く来たくて。うわーーっ、今になって暑くなってきた!えーとオレンジにしようかなっ」


「はい、お待ち下さい」



カウンター内でドリンクサーバーの操作を始めた店長。


観葉植物の下でおとなしく座る看板犬の体を撫で撫でしテーブル席に着いた舞花は、作業する背中に話しかけた。



「ねえ清水五月っていつ来る?化粧水のお礼にハンカチ買ったんだよね。安物だけど」


「値段より贈り主の気持ちです。善意のオーラで自然と高価な物に見えてきますよ」


「やった!最高のフォローだね!ま、わたしの金じゃないけど」



最後の言葉に清水は反応した。ドリンクをトレイに置きつつ顔を上げる。



「またご家族の財布から?」


「うん。だってわたし千円しかなかったんだもん。カラオケとか服見たりとか金かかるんだよね。年寄りの学生時代と違って娯楽がたくさん。うちのジジババそれがわかってないんだよね」


「そのバッグも服も高そうですね?」



服の方は知らないが、バッグは清水でも知るブランドの物。


今どきの女子高生はみんな持ってると言われればそれまでだが、清水が問いたいのはこの服やバッグを手に入れるために祖父母の財布から黙って金を抜いたのかという点。


もし定年し年金受給前ならば、祖父母だってやりくりに苦労している可能性がある。


説教するつもりはないので、これ以上は沈黙だが。




一方今まで虚飾なく話していた舞花も、何やら都合が悪くなったらしい。あからさまにごまかした。



「あーこれね……通販で買ったの。ねえ涼真、今度カラオケ一緒に行かない?テーマパークとかさ」


「忙しいので無理です先輩」



店長の側で待機する涼真は、ひとつ年上の女にわざとらしい敬語で返答。


素っ気ないそれに舞花はちょっぴり拗ねた様子。けれどエプロン姿の涼真へ文句どころか羨望の眼差しを向けた。



「つまんねーの。でもバイトいいなあ。わたしんちバイトもダメって。学生は勉強しろってさ。あーやだやだ」


「オレンジドリンクお持ちしました」



店員の立場を貫く形式的な言動で、注文品を運んできた涼真。


置いたら速やかに戻るつもりが、意外な質問に足を止めた。



「ねえ涼真はさ、お父さんお母さんと遊んだ記憶ある?特にお父さん」



意図は不明だが悪意のないことは確か。彼女が知るはずないのだ。涼真の両親が他界していることを。




問われた本人も、話を聞いていた清水店長も真実は胸の内に。


涼真は店員の殻を少し破って、どこにでもいる少年の顔でセピア色となった両親との日々を瞼の裏に映した。



「あるよ。毎年キャンプとスキーに行ってた」


「ふーん、そうだよね。少しはあるよね。まあみんなじゃないんだろうけどさ」



それきり舞花は無言。ストローに口を付け、空になると素早く会計をすませた。




このタイミングを狙っていたのが店長の清水だ。レジ前の舞花に顔を寄せる。



「先日の夜、舞花さんに似た女性を見かけました」


「え、どこで?」


「アーケードの裏手の」



客席も埋まってきた。プライバシー保護のためか先程から清水の声は心もち小さい。


しかし配慮をありがたく思う余裕もなく、舞花は会話を遮った。明らかに焦っている。



「店長、いまその話しないで!定休日水曜でしょ?来るからそのとき。涼真には内緒で」



来客の注文をとる涼真をチラリと見つつ彼女も小声で返答。そして次回訪問の約束を急ぎまとめる。


カウンターに涼真が入ると素早く話題を変えた。バッグからラッピングされた小箱を取り出し清水に差し出す。



「このハンカチ、もし清水五月が来たら渡しといて。化粧水最高って。じゃごちそうさまっ!また来るかも!」



から元気を振り撒いて店を出た舞花。


ドアのカウベル音と重なった男ふたりによる「ありがとうございました」の挨拶にもまるで気づかぬ虚ろな様子であった。





本日はカフェ定休日の水曜日。ということで午前中に週一営業のなんでも屋の仕事をふたりでこなす。


ご近所さんのエアコン掃除とベッド運搬の2件だ。



偶然現場近くを散歩していた黒猫ラッキーが猛スピードで寄ってきて、涼真の側で荷物運びをにゃーにゃー鳴きながら眺めていた。


どうやら声援を送っているらしい。彼のことが大好きなのだ。



そうして正午過ぎに作業は全て終了。ラッキーともお別れをし、店長と店員はカフェに戻って仲良くナポリタンを食す。


ここで涼真は自宅でお留守番の愛犬ゴジラの様子見に帰宅。散歩時間までいったん自宅休憩だ。


再びカフェを訪れたのは夕方。その際に店長より依頼を受けた。



「では涼真君、おつかいお願いします」


「はい。いってきます店長。あ、広瀬さんには気を付けて下さい!ゴジラ行こうか!」


「ぱう!」



このようなやりとりで清水が涼真を店から遠ざけた理由は、女子高生との対面のため。ふたりだけでという彼女の頼みを忠実に遂行した。


ちなみにおつかい内容は牛乳とスイカ1/2とキッチン洗剤2本。


愛犬の散歩を兼ねながら途中のスーパーで買い物の流れだった。




女子高生・舞花との待ち合わせは17時。「5分前だな」と清水は壁掛け時計を眺めて内心呟くと、カフェのドアがカランコロン。


カウベルを鳴らして舞花の登場。下校して直行ゆえの制服姿であった。





話好きの舞花。時間は限られギリギリだというのに予定とは異なる他愛のない話題から入った。


予定の話は重くて、心構え用の時間稼ぎが必要なのだろう、とテーブルを挟んで対面する清水は相手の心情を読む。的中か否かは不明だ。



「ネットでここの電話番号調べた時に見たんだけど、ここ探偵事務所って。なんでも屋って具体的に何するの?」



すると清水はクスと笑って、依頼主に差し出す用紙を舞花にも見せてあげた。



依頼内容の羅列する部分を彼女は読み上げる。



「草刈り。熱帯魚水槽の水交換。家事代行。風呂掃除……。へえ色んなのやるんだ。本当になんでも屋だね。バンドのヘルプ?楽器できんの?」


「ギターとドラムを。あとは中・高と吹奏楽部だったのでフルートとピアノを」



と語るが実はベースもキーボードも演奏する。オーボエも吹く。謙遜というより多くを語るのが面倒だったのだ。



「ほんとに何でもできるんだね」



ぼんやり呟いて、小さな吐息。心を決めたらしい。時間も限られている。本題の開始だ。


先週の来店時に清水から受けた質問への回答である。



「店長が見たの多分わたし。男と腕組んでたでしょ?」


「…………」



沈黙が答え。清水はそのまま正面の舞花を見つめ、彼女は否定のなかったことで確実にバレたと降参した。



「パパ活って知ってる?パパみたいに援助してくれる男を探す活動。金ほしくてさ、それして稼いでるの」



月に3回程度。相手と食事したり買い物したり。先日の来店時のバッグや服はこの活動中に買ってもらったものだ。


貢ぎ物以外で月6~8万稼ぐ。19歳の女子大生と偽って。



「でもエッチはしてないよ?足とか腕とか触られるけどエッチはダメ。だからこの仕事にしたんだけど。信じられないならそれでもいいけどね」


「私の見た男性はパパと呼ぶにはお年が召されているようでしたが」


「それはね、30とか40だとふたりきりになったとき危険でしょ?だからエッチしてこなくて金持ってそうなじじい選ぶの。しわしわと腕組むのもキモいんだけどね。なかには80なのに専用アプリに登録してるのいてさ、欲求不満なのかな。同じ部屋にいるだけで興奮されてくたばったらウケるよね!」



ケラケラ笑う姿はイメージ通りの女子高生そのもの。恐れを知らない我が世の春。



ただし舞花が「それは偏見だ」と憤慨するような女子高生であったなら。


眼前の男の真顔の意味を把握できてさえいれば。


尾行するかのように夜の街に現れたことに疑問を抱きさえすれば、もっと長く青春を……。



いやすでに遅かった。己の信念に正直な清水健一という人間は、初老の男と歩く舞花を見た瞬間から決めていたのだ。



店長はイスから離れてカウンター内へ。誰もが善良と疑わぬ穏和な顔で舞花のために水を用意する。


彼女のためだけに差し上げる、魔界産の特殊な特殊な粉末入りの水を。



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