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#5 シンデレラ(6)



15歳で両親を失い、以来ふたりと過ごした一軒家で一人暮らしの涼真。


半年以上が経過し様々な環境に慣れはしても、寂しさはまだまだ消えず。


愛犬ゴジラや定期的に泊まりに来てくれる祖父母の存在がありがたい。



清水店長との出会いをきっかけにカフェ店員として働き、店長や動物たちと有意義な生活を送っていた。だが半月前に突然現れた石の妖怪が少年の心を苦しめた。


両親を殺害したのも妖怪。そいつはその場で広瀬が退治したが、どんなに姿形が変わろうと存在は涼真の心理に深く関わる。


憎しみと恐怖。決して免疫のつくことのない消えることのない感情は、恐らく影のように永遠に側にあり続けるのだ。



そして以後姿を見せず、もう町から離れたのだろうと油断していた頃。石の化け物が再び涼真の前に現れた。




時は朝8時。場所は自宅。家庭ごみを町内の収集所へ置きに行こうと勝手口を開けた、その眼前に黒髪の人面石は宙に浮いて待ち構えていた。



夜明けまで家を警備してくれていた頼れる蝙蝠3匹も森へ帰ってしまった。いま側にいるのはゴジラだけ。


仔犬でも体は大きいが臆病な性格で、戦力には全くならない。現に飼い主の足元で身を縮め固まっている。



涼真だって気持ちは一緒だ。恐怖に震えた前回は雰囲気作りも完璧な雨降りの夜だった。今回は晴天の明るい朝。


だがその明るさが裏目となり全てがつり上がった化け物の歪んだ顔が鮮明に見える。ホラーは朝晩隔てなく恐ろしいものなのだ。



この家は広瀬の作った四角柱の見えない結界により三次元がガードされている。化け物は敷地内には入れない。


とはいえ勝手口と結界までの距離は50センチもなく、結界のすぐ外にいる化け物とは手を伸ばせば触れることが可能だ。



玄関側に回り、もう少し離れての対面もできたが、涼真は逃げなかった。目立つ場所で騒ぎを起こしたくなかった。


でも……やはり怖いので、今よりは間隔の開く庭へ心を偽らず移動。化け物も横に並んで付いてくる。



到着し生首が浮いているようで気味の悪い化け物と、それでも視線を逸らさず可愛らしい顔を引き締めて向き合った。



「なぜ戻って来た!ボクたちはお前なんか知らない!妖怪なんかいらない!」



家と物置の間の死角を利用して人目を避け、近所迷惑にならない音量で声を荒げる。言葉が通じるかは不明だ。


ゴジラも恐い中にも健気に飼い主の側で状況を見つめていた。




般若の顔した黒髪ロングの人面石は文句をスルーし、前回と同じ行動に移った。


何が目的か、透明な壁に突進し敷地内へ入ろうとする。


人を襲いたいだけならこの家に来る必要はない。なのにわざわざ結界のある家に再来した。


両親のとき蜘蛛男の妖怪と出会い接点がある。涼真に臭いが残っているのか、あるいは復讐か。


疑問に思ったとて異種族の涼真に化け物の思考や目的が判断できるはずないが。




ふと化け物は動きを止めた。宙に浮いたまま少年の方を向き、口を開閉させる。



ガチガチ


ガチガチガチガチ



石作りの歯がぶつかりあい、まるで声のよう。不気味だ。



敷地内へ侵入したいのに高度な力に阻まれ続け、人面石はストレスを抱えていた。


むしゃくしゃして体当たりを決意する。助走のつもりか正面を向いたままバックしかけて、しかし未遂に終わる。それより早く何かが動いた。正確には飛来だ。


冷や汗をかいて一挙一動を凝視していた涼真にも聞こえた。ビュッと風を切る音。




対峙する涼真と人面石の間に突如現れた何か。空から降ってきた物体は両者動くなと言わんばかりにふたりの間に突き刺さった。


アスファルトに刺さる細く長いそれは涼真の記憶にまだ新しい。それでも突然の出現は夢の続きを見ている心情にさせた。



「槍っ!?」



見覚えある黒い槍。先人が武器として用いていた時代も、21世紀の文明をもってしてもこの世界で武器がほいほい出現するはずがない。


ただし少年には予備知識があった。別世界の武器。操る者も人ならぬ……。




槍は3月のあの時と同じく上空から飛来してきた。涼真の背後だ。もしやとただひとりを脳裏に起こし、振り向いた瞳に映ったもの。


芸術品と見紛うほどの黒い翼をすでに隠し着地する瞬間の、予想した者の姿だった。



「広瀬さんっ!?」



驚きと喜びと、それに安堵。全身を被っていた緊張は解け、涼真の若々しい表情からは久しぶりの笑みがこぼれた。



「涼真君、ゴジ君、危ないからもう少し下がってなよ」



相変わらずの緊張感の薄い声で危険を促す。けれど涼真に脱力感はなかった。いつもの広瀬だからこそ余裕を感じ信頼も生まれた。




涼真の期待にコーヒー好きの庶民派な王子様も応える。



「さて岩男(いわお)君、善良な少年をいじめるとは許せないな。僕が交代してもいいかな?」



直訴した広瀬がまず実行したのは、結界を解いて化け物を内部へ導くこと。


手招きに応じて化け物はスーッと前進。涼真が驚くなか苦もなく敷地内に侵入した。


そうして広瀬、他に気づかれぬよう再び結界を作る。これで化け物は檻の中も同然の形となった。




向き合う広瀬めがけて人面石は突進。直撃をくらえば骨折や内臓破裂も覚悟の事態だが、イケメン王子はひよいとかわす。


どこから出したのか手には剣が握られ、典雅とも思える動作で石の側面に両手で持った剣を叩きつけた。ガツンと鈍い大きな音。



重量感のある音に涼真は顔をしかめるも、洋画ファンタジーを観賞しているような錯覚と、広瀬の凛々しさに知らず拳を握りしめていた。


だが興奮もそこまで。広瀬はやはり広瀬だった。



「ふぁ硬いっ!うう手が痺れた。ビリビリする!痛みはないのかい?手強いな岩男君。う、ビリビリがっ」



痺れの残る両手を軽く振って、正常に戻るのを待つ。



勝敗を忘れてポカンと様子を眺めるのは涼真だ。


カッコいい広瀬は蜃気楼より貴重で、やはり本性は間の抜けた空気の読めないマイペース性質なのだ。




一方の化け物。攻撃にもびくともせず、むしろ反撃チャンスだというのにプカプカ浮いたままの無防備状態。


再起不能に陥ったなんてまさかのオチはなく、カッと開いた瞳に突如として鋭さを加える。口は激しく動き、そこから意外な音を吐き出した。



「ねえ魔族っ岩男ってわたしのこと!?」


「おおう、しゃべった!?……ん?あれ?岩男じゃない?レディだったの?なら岩子?」



話しかけてきた声は女性のもの。ビックリして身をのけ反らせたまま広瀬は悠然と小首を傾げる。


涼真には解読不可能だった言語も悪魔のプリンスにはすんなり理解できた。



妖怪は無言。少し前の涼真と似た心情らしい。それでも特別な感情が込み上げて来たようで。



「……呆れたい場面だけど一言言わせて。あーーっ!やっと話し相手が見つかったー!」



たいそうご機嫌らしく、でも万年『怒』の般若ヅラではテンションの抑揚も読み取りづらい。



しかしこの化け物からは初めから邪気を感じなかった。結界に触れても広瀬や蝙蝠たちが感知しないはずだ。敷地内にも警戒なく入ってきた。敵対者との自覚がないためだろう。


害はなさそうと考えを改め、平和主義者らしく広瀬は対話に切り替えた。



「どうしてあの少年を追い回してるんだい?」


「追ってたんじゃないの。同じ方向に用があっただけ。妖気を感じて。それがこの家だったの」


「なるほど。涼真君の家を目指していたなら確かに目的地は一緒だ」


「それでここに着いたら結界があって、作ったのはあの子か屋内にいる誰かだと思って。結界を作れるほどの能力者ならわたしの硬い体も粉砕できるんじゃないかって」



結界に妖怪を呼び寄せるような、涼真にとってリスクとなる付加はない。この石の妖怪は何の気配を感じたのか。


「うーん」と広瀬は頭を悩ませ、もしやと可愛がっている『レディ』の姿を思い浮かべた。つまり松原家に時々遊びに来る座敷童子だ。


曖昧であるも実は正解。大好きなゴジラの帰宅が近いと察した座敷童子は一足先に家の中に姿を現し、その妖気を石の妖怪が感じ取ったのだった。




そこに深い執着は見せず、広瀬は次なる疑問へ。彼女が提供してくれた話題だ。



「色んな理由は判明したけど、どうして自分の体を粉々に?」



人面石は広瀬のすぐ近くへ。ゴジラを抱っこした涼真はハラハラと双方を見つめる。



「わたし……この間まで人間だったの。結婚詐欺にあって財産を奪われたあとトンズラされて、それで生きてく気力をなくして山奥の橋から川に飛び込んだの。その時に顔を石にぶつけて気づいたら」


「そうか、川にダイブして石に顔面をぐちゃっと強打した時にその瞬間の怖い顔が石に印刷されて怖い顔がそのまま。たぶん未練や怨恨が残っていたから現世に出てきてしまったんだろう。そんな怖い顔で可哀想に。せめて垂れ目ならまだ愛嬌があるのに」


「ちょっとあなた言い方!怖い顔って何回言った!?デリカシーのない、顔だけ男ね!恋人いないでしょ!?」


「そんなことはない。綺麗で優しい妻がいるよ。髪は」


「妻ぁっ!?信じられない!どこの慈悲深い女神よ!きっと可哀想だから義理で結婚してあげたんだ」


「妻は天使だよ?それより、怒鳴ると子供がわんわん泣き出すくらい怖い顔がますます怖い。僕もとても怖い」


「言い方!あな…ん、もういいわ」



もはや化け物と呼ぶのも哀れな元人間は、短時間で広瀬の困った性格を見抜いたようだ。長い黒髪が逆立ちそうなほどの不満を鎮めて深追いは避ける。


結婚詐欺もこうして見抜ければ良かったが、相手はプロ。30歳手前の心理を巧みに利用されズルズル泥沼にはまってしまった。




事の経緯は概ね把握した。残るはエンディング。彼女の望みを叶えてあげる時間だ。



「結界を作ったのは僕だ。そして僕なら君を砕ける。この世に未練はない?」


「うん。こんな姿だしみんなを怖がらせるだけ。成仏したい。自殺では成仏できないって聞いたことあるけど」



死後の世界は悪魔だろうと管轄外。広瀬にも未知の領域だ。


よって知ったような口を利いたり慰めはせず、すべき用件に集中だ。まず少年へ手招きをする。




側には妖怪。安易に呼ばれ涼真は戸惑うも、広瀬と妖怪の雰囲気は和解したのかフレンドリー。


恐る恐る足を踏み出し隣に佇むと、20倍は年上の年長者よりこれまでの経緯を説明された。



涼真には全てが驚きだった。そしてもっと早く事実を知りたかったと数週間を顧み、為す術は他にあったはずと悔いを残した。


会話できずすれ違いが続いたことを残念に思い、彼女の望む結末に切なさも感じた。



幾つかの会話をカフェ店員と常連客は交わし、やがて広瀬は変わらぬ怖い顔に視線を移した。



「君も純粋なレディだけどこの少年もとても純粋な性格をしていて、君を憂いているよ」



初めは怖かったこと、今は後悔していること。涼真の気持ちを広瀬は伝え、人面石は静かに傾聴する。



こんな醜い化け物だ。恐怖心を抱くのは当然。なのに話を信じ悲しんでくれ、後悔してくれ。優しい少年に謝意しか浮かばない。



「怖がらせてごめんね?色々ありがとう」



謝辞を広瀬が通訳。彼女の吊りあがった瞳の周辺が変色を始め、灰色が濃くなる。濡れている。泣いているのだ。



「ん?どうしたのゴジラ」



涼真の腕の中でパグ犬がモゾモゾ体を動かす。地面に下りたいのかな、と飼い主は腰を屈めた。


そうしてゴジラは黒髪のそよぐ人面石の真下までてくてく歩き、彼女を見上げて「ぱうぅ」と鳴いた。



屋外で鳴くことの少ない利口な犬だ。珍しい振る舞いに何だろうと迷うも、さすが飼い主。的確に汲み取った。



ぬいぐるみやボール等おもちゃを欲しがる時の声。妖怪を呼んでいる。近くに来てほしがっている。



「広瀬さん、通訳お願いします。えと、岩子さんへ地面に下りるよう伝えてください」



広瀬は頷きすぐに実行。彼女もその通りに動いた。




あんなに怖がっていたゴジラが彼女の側に近寄り、目尻の辺りをペロペロ舐めた。涙を拭い慰めているのだ。


自分が泣いている時には黒猫ラッキーが撫でたり舐めたりしてくれる。落ち着ける。泣き止める。だから自分も同じ行為をしてあげたかった。


周囲のなかで最年少なので、お兄さんぶりたかったのかもしれない。元人間の方が明らかに年上だが。



「ありがとう。わたし来世は犬になりたいな?」



仔犬の優しさに感動したのか、人外だろうと来世であろうと生きる気力を見出だしたようだ。




そろそろクライマックスの時。大きな石の前にしゃがみこんだ広瀬は、黒い瞳に穏和を宿して見下ろした。



「君の名前は何ていうんだい?」


「彩菜」


「ミス彩菜、さよならの時間にしようか」


「はい」



スッと立ち上がり振り向くと、広瀬は涼真たちへ忠告。最後の大仕事であることを覚らせた。



「涼真君、ゴジ君、危ないから家の中で待機しててよ」



素直に従い彼らは玄関へ。ドアが開きゴジラは彩菜へ「ばう」と別れのご挨拶。


視線を交えて彼女も、言葉が通じない相手へ照れ臭そうに挨拶。


手があれば頭を撫で撫でしてあげるのに。腕があれば暖かそうな毛の体を抱きしめてあげるのに、と残念に思いながら。



「ありがとうワンちゃん。来世ではお嫁さんにしてね?」



涼真たちの避難を認めると、広瀬は空を見上げた。日の出からまだ二時間の青く澄みわたった空。


それから目標物の確認。落下地点の半径1メートルまでは多少の被害も出るだろう。最小限を心がけ行動を優先させた。



瞳を閉じる。魔法を学んでいた幼少以来久しぶりに使う呪文だ。当時も今も優等生。失敗はゼロに等しいが美しい顔は真剣だ。



「天の怒りよ、黄金(こがね)の槍よ、地上に巨大な力を誇示せよ!」



誰に聞かせるものでもない。呟くように唱えた直後、天から地へ縦に光が走った。落雷だ。


光は石を直撃。地域全体に轟いた家を揺るがす雷鳴と、石の粉砕された音はほぼ同時。


一瞬で砕けた石は大小異なる大きさとなって庭のあちこちへ飛散した。


因みにこの晴天下での雷、気象庁もノーマークの現象は今日一日様々なメディアで怪奇として取り上げられたのだった。




夕刻、カフェ勤務を終えて帰宅した涼真は、石を拾い集めて庭の隅に供養。穏やかな表情で手を合わせ成仏を祈る。


石から人面は消えていた。きっと大丈夫と、星の瞬く空を澄んだ瞳に映した。



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